弁天橋を渡りながら、
近づいてくる向こう側の景色のなかに
二見館がすっかり無くなっていることに気が付いて
軽く動揺した。
この島ですら、
こんなふうに変わっていってしまうのか。
思春期のころから、
なにかというと
この島に向かってこの橋を渡っていた。
夏にさえ来なくなってしまった今でも、
かならず年にいちど
体が求めるように
この島を訪れる。
去年も、今年も、五月らしくない
五月の空の下だった。
同じように群青の波を見た。
同じ道を戻る。
辺津宮の前で
ふと魔が差したように
これまで一度も足を踏み入れたことのない
生活道路へと道をそれた。
この島で久しぶりの冒険だ。
曲がりくねった狭い路地。狭い玄関。
できるだけ迷いたくて、息が急いた。
『ここは地獄の一丁目。』
玄関のゼラニウムの鉢を足で倒した女の子がそう言っていた。
昔読んだ小説のなかで。