2005年06月24日

長尺-2

曲名: 富原ナークニー~はんた原
収録: 美ら弾き 沖縄島唄6 登川誠仁
尺数: 4:11

1998年5月。
日付はとっくにかわっていたが空気は蒸していた。
愛すべき巨漢のマスターが
私と同僚Nのために何杯目かのグラスを運んできてくれた。

もともと今夜泊まる場所なんて無い。
この店で夜を明かすか、
だめなら別の店に移ってもいい。
去年きたときは近くの墓場で寝たのだ。
墓のかたちが本土と違うので、朝まで気づかなかったけれど。

ビニール張りのソファーは、
芋虫のような鮮やかな緑色だった。
いやそれとも、淫靡な赤い色だったか。

『なんた浜』の店内のステージでは、
酔払ったオヤジ客が唄いはじめていた。

ここでは夜が更けるほど、老人たちが店に繰り出してくる。
こっちもひどく酔払っているから気にもならない。

「うるま」を貰いに席を立つと、
カウンターの隅に、さっきまでステージにいたオヤジが座っている。

見れば華奢なじいさんだったが、いかにも頑固そうな顔だ。

にこにこしたマスターがとりもつうちに
いつのまにかそのじいさんと会話になっていた。

訛りが、きつい。

言語の違いで会話が噛み合わないうちに、
いつのまにかお説教になり、
しかもまったく誤解されていた。
「民謡やりたくて、軽はずみに仕事辞めて家飛び出してきたのか。
これだから最近の若い者は・・・」
なんて言ってるようだ。

そして
「どうせ行くあては無いんだろう。困ったら私を訪ねて来なさい。」
と、名刺を差し出してきた。

スツールにちょこんと腰をかけ、
「バイオレット」をくゆらせながら、真っ直ぐこっちを見ている。

名刺に並んだ四つの漢字を見て、
「あ、この人。」と思った。

明くる日、
私と同僚Nは、
マスターに紹介してもらった楽器店で三線を手に入れた。
『ちんだみ工芸』の主人はわれわれを見るやとニヤリとして
「きのうの夜、あの店にいただろう。あの人の演奏を見ただろう。」

食堂で
手に取った地元誌の表紙には、
シャッポをかぶったあの小さなじいさんが
三線を抱えてニッコリ笑っていた。

・・・

2005年4月。
世田谷パブリックホール。
大観衆のなかの一人として、
偉大な小さなじいさん
誠小(せいぐぁー)に、久しぶりに、会った。

投稿者 vacant : 2005年06月24日 20:34 | トラックバック
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