村上春樹を読み終えてからすぐに、
読み止しだった『姜尚中の政治学入門』(姜尚中 集英社新書 ISBN4-08-72033-1)
の残りを読み終えると、
拾い物の
『センセイの鞄』(川上弘美 平凡社 ISBN4-582-82961-9)
を読み始め、数日後、読み終えた。
やはり初体験の川上弘美である。
以前ある女の人が
「川上弘美は『センセイの鞄』だけ読めばよし。」
と言っていたので
ちょうど良い。
いい本だった。
のんびりと、何事も起こらない毎日の、
小さな風流をめでるような、
俳諧めいた、
そしてエッセイやコラムのように読みやすい、
そんな展開に
途中までは、
「なんだか、けっこう好きな本」
と思いながら、反面、
アタマのなかからこんな意地悪な声もきこえてきた。
「現代の生活のなかに、懐石料理のような、
ちんまりした風流や季節をめでるような
このような小説を、たしかにお前は好きだろうが、
村上龍や、阿部和重を読んだとき
現代の小説に
母語の美しさや季節を愛でる繊細な感覚は無いのか、
なんて
ひとこと言いたそうだったお前が求めていた
現代の美しさ
なんてのは
こういうことをいうのか?
こういう盆栽のようなものが欲しかったのか。」
いやいや、私が求めているものにくらべれば
たしかにちんまりしているけど、さ。
しかし、
後半をすぎ
最後まで読み終えると、
この本は
そんな盆栽のような本ではなく、
恋愛小説だった。
登場するのは
四十手前の女性と
老人なのに
ラスト前の章では、青春恋愛小説を読んでいるかのような気持ちになった。
むしろ、少年少女恋愛小説、か。
1989年に読んだ『十六歳のマリンブルー』(本城美智子 集英社文庫 ISBN:4087494209)
を思い出して
あの本以来だなあ、こんな気持ち、なんて思ったりした。
(なんだそりゃ。)
(恋愛小説なんて、ふだん読む機会ないからさ。)
そして、最終章で、
青春小説と匂いは似ていても、
絶対的に
青春とは異なる
年齢という
もうひとつの切なさが
心に残った。