いつの日かは忘れてしまったが、
おそらくは最後に日記を書いた前後であろう。
風の強い日で、たしか月曜日だった。
紺色の空を見上げ
風に向かってそぞろ歩きながら
秋の宵もまた、佳いものだと
峻はつくづくと思っていた。
新大橋のてっぺんから吹き下ろしてきた風は、
はるかに直線道路をこちらに向かって吹き抜けて
汗ばみはじめた彼のからだを
すみやかに冷却していく。
その加減が、まさに絶妙というほど丁度良く、
徒歩で火照った分の熱を
ちょうど秋の宵風が吹き冷ましてゆく。
プラス・マイナス・ゼロの勘定なのである。
歩いても歩いても、熱が生まれると同時に涼やかに取り去られる。
峻の脳髄は、これまで味わったこともないその快感に
恍惚としながら、それを貪りつづけた。
時刻は丁度、サラリーマンたちが退ける頃だ。
町には、沢山の背広姿の勤め人たちが
まだ半日ほど残った今日と云う一日をどう過ごしたものか
思案するような面持で、家路を急いでいる。
無表情な顔、寂しげな顔、不機嫌な顔、
何かを何処かに落としてきてしまったような顔。
それらのどのひとつの顔も、
秋の宵の月に照らされて、
神妙に輝ける半顔となって、
ビルの谷間をどこかへと急いでいく。