2007年06月11日

終着駅のS駅を降り

南口へ出た。

途中、車窓を雨粒が濡らしたこともあったが

いま、空はいい天気だ。

青空も白い雲も、淡々と、弱々しい色なのに

照らす射光の紫外線だけは

やけにぎらぎらと強い。

そんな天気だ。

この駅は、はじめてじゃない。

おおよその道順はわかっているつもりだ。

のどかな小さな通りを南へ。

T橋をまたいだら左折。

いままたいだ川の流れに沿うように

曲がった道を歩いていく。

すぐに左にC屋という店が見えてくる。

閉ざされた入り口のガラス戸越しに、

『6月は休みです』

と描かれた小さな黒板が見えた。

この道をただ歩いてゆけば

海に出るはずなのだ。

いつしか、道の両側には

家々が並ぶ。

はるかに緑の小山をのぞむ。

こんなところに棲む生活を想像してみる。

昔からこの土地に暮らしている、古い家がある。

すこし昔に、有り余る金を使って建てた、広く凝ったつくりの家もある。

かと思えば、

このあたりの土地にあこがれて

小さくても、どうしてもここに、という執着心で建てた、小さな家もある。

交通量の多い

N橋交差点に出た。

Dという店に入り、昼飯を食う。

案内された奥の席からは海が見えた。

老年夫婦、壮年夫婦、

と言うのだろうか。

そんな人たちばかり、入れ替わり立ち代わり、何組か。

妻ばかりがまくし立てるように喋る熟年夫婦がいる。

また別の老年夫婦は

夫がテラス席に移ろうかと言うと

妻は落ち着かないからいやと言った。

海から遠い席には、幼な子を連れた大家族。

一人でレモンティーを注文した女性。

向こうのテラス席には、日焼けした女性たち。

若い人たちか、それとも主婦の集まりか。

頼んだものだけを食べると店を出た。

再び歩く。

古くから残る、昭和三、四十年代から

さらりと残ってきた町並みと

今になって、この地にあこがれてやってきた

ぴかぴかしたマンションらや

てかてかした研修施設らが

乱暴に、並び立っている。

たぶん、だれも何も考えずに、このまま

徐々に浸蝕され、

錆びるように、

昔の風景は失われていくのだろう

(そうしてこの地の価値が失われてしまうことに、Z市やH町やK市は気づいたほうがいい。)

巨大な車がすれ違う狭い道の傍らで

老婆がひとり、背中を伸ばして体操している。

緑光る山を背負って、

開け放たれた

R山S寺の門。

途中、H郵便局で涼みがてら通帳記入した。

ずいぶん歩いたけど

どこまで行ったら海に出るんだ。

さっきから、海側の小さな角を覗くたびに

海がちらちらと見えるのだけど。

と思っていたら、

私は行き過ぎていたようだ。

気がついたときには、

M海岸のいちばん端ちかくまで

やってきてしまったのだ。

さっきから海が見えていた

どの角を曲がってもよかったのだ。

砂浜へずんずん侵入する。

すぐそこの岬の突端あたりに、緑に覆われたM神社が

鎮座ましましている。

M神社の境内を散歩してから、

波打ち際の砂浜を

元来たほうへ戻るように歩いていく。

この海岸には、はじめて来た。

静かな海だ。

建てかけの木材の骨組みは、どれももうすぐ海の家になるんだろう。

浜へ降りてくる人のための石段に腰をおろし、

海をながめた。

あ、と思った。沖に小さな鳥居が見えたのだ。


MORITO coast 森戸海岸.JPG


いま私が腰をおろしている石段には

鉄の手すりがついている。

その中ほどが錆び、朽ち果てて、つながっていない。

これは、昭和何年からここにあるんだろう。

石段の左右の壁は、コンクリートと石積みだ。

割れ目から生えた、雑草たちの緑がうつくしい。

壁には枯れた蔦。

指でなぞる。

石段の隅からは枯れた猫じゃらしが生えている。

おまえは去年の秋からここにいるのか。

目の前には、焼けたようなこげ茶の木の電柱。

外灯の細長いランプがおじぎをしている。

これらすべては、昭和何年からここにあるんだろう。

白昼の日射しに照らされて。

何十年にもわたり、昼夜問わず、青い波の音を聞きながら。

これらすべてを

いま写真に撮ることに

どんな意味があるのだろう。

私が見た、

いまこのときを

そのまま誰かに伝えられるなんて

そんなことが本当にできるのだろうか。

この目の前の雑草のうつくしさを

七掛け、八掛けで

写真にしてまで

誰かに伝えようとは思えない。

そして、そんなエネルギーも義務感も

沸いてこない。

・・・

その日は

そのまま来た道をS駅まで戻ったあと、

くねくねと細い道をK市までバスに乗った。

バスを途中下車したあとは、また

はじめて歩く路地。

そしてまた海。

顔がすこし焼けたようだ。

H駅から、E電鉄に乗り、E駅まで。

海岸でハンバーガーとビールを飲もうと

砂浜に腰をおろしたら、

手にしたハンバーガーをトンビにさらわれた。

手に、

人工ではないものと接触した、強い感覚が残った。

投稿者 vacant : 2007年06月11日 21:29 | トラックバック
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