(『短歌という爆弾―今すぐ歌人になりたいあなたのために』穂村弘著 小学館刊 より引用)
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砂浜に二人で埋めた飛行機の折れた翼を忘れないでね 俵万智
永遠にまろぶことになき佳き独楽をわれ作らむと大木を伐る 石川啄木
大海にうかべる白き水鳥の一羽は死なず幾億年も 石川啄木
白鳥は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ 若山牧水
人皆の箱根伊香保と遊ぶ日を庵にこもりて蠅殺すわれは 正岡子規
吉原の太鼓聞こえて更くる夜にひとり俳句を分類すわれは 正岡子規
富士を蹈みて帰りし人の物語聞きつつ細い足さするわれは 正岡子規
われもウェイトトレーニングする日曜日はるかなる氷河に遺体がねむる 渡辺松男
我を生みし母の骨片冷えをらむとほき一墓下一壺中にて 高野公彦
翼の根に赤チン塗りてやりしのみ雲の寄り合う辺りに消えつ 柴善之助
その川の赤や青その川の既視感そのことを考えていて死にそこなった 早坂類
サラダより温野菜がよいということがよみがえりよみがえりする道だろう 早坂類
青空のほか撃ちしことなき拳銃を地図に向ければまた海の青 斎藤昇
脱糞ののち出でてくる戸外にはすざまじきかな夕あかね充ち 村木道彦
おお! そらの晴れとねぐせのその髪のうしろあたまのおとこともだち 村木道彦
つばくらめ一羽のこりて昼深し畳におつる糞のけはひも 明石海人
わが指の頂きにきて金花虫のけはひはやがて羽根ひらきたり 明石海人
あさあけに川ありてながすうすざくらすなはち微量の銀をながす川 葛原妙子
殺虫剤すこし掛かりし祖母の顔仄かなる銀となりゐつ 葛原妙子
水浴ののちなる鳥がととのふる羽根のあはひにふと銀貨見ゆ 水原紫苑
卵のひみつ、といへる書抱きねむりたる十二の少女にふるるなかれよ 葛原妙子
ガレージへトラックひとつ入らむとす少しためらひ入りて行きたり 斎藤茂吉
街上に轢かれし猫はぼろ切か何かのごとく平たくなりぬ 斎藤茂吉
春あさき郵便局に来てみれば液体糊がすきとおり立つ 大滝和子
カーテンのすきまから射す光線を手紙かとおもって拾おうとした 早坂類
さみだれにみだるるみどり原子力発電所は首都の中心に置け 塚本邦雄
馬を洗はば馬のたましひ冴ゆるまで人恋はば人あやむるこころ 塚本邦雄
好きだった世界をみんな連れてゆくあなたのカヌー燃えるみずうみ 東直子
なにゆゑに室は四角でならぬかときちがひのやうに室を見まはす 前川佐美雄
三本の足があったらどんなふうに歩くものかといつも思ふなり 前川佐美雄
牛馬が若し笑うものであつたなら生かしおくべきではないかも知れぬ 前川佐美雄
壁面にかけられてある世界地図の青き海の上に蝶とまりゐる 前川佐美雄
限りなくつらなる吊輪びちびちと鳴りだすだれもだれもぎんいろ 加藤治郎
荒川の水門に来て見ゆるもの聞こゆるものを吾は楽しむ 斎藤茂吉
手をひいて登る階段なかばにて抱き上げたり夏雲の下 加藤治郎
駅前のゆうぐれまつり ふくらはぎに小さいひとのぬくもりがある 東直子
「ロッカーを蹴るなら人の顔を蹴れ」と生徒にさとす「ロッカーは蹴るな」 奥村晃作
不思議なり千の音符のただ一つ弾きちがへてもへんな音がす 奥村晃作
次々に走り過ぎ行く自動車の運転する人みな前を向く 奥村晃作
運転手一人の判断でバスはいま追越車線に入りて行くなり 奥村晃作
端的に言ふなら犬はぬかるみの水を飲みわれはその水を飲まぬ 奥村晃作
太束の滝水落つる傍へにてビーズの如く岩伝ふ水 奥村晃作
枕木の数ほどの日を生きてきて愛する人に出会わぬ不思議 大村陽子
出奔せし夫が住みゐるてふ四国目とづれば不思議に美しき島よ 中城ふみ子
眠らむとしてひとすじの涙落つ きょうという無名交響曲 大滝和子
白鳥は水上の唖者わがかつて白鳥の声を聴きしことなし 葛原妙子
草上昼餐はるかなりにき若者ら不時着陸の機体のごとく 葛原妙子
一匹の蛾を塗りこめし痕とも油彩のひとところ毳だちてをり 葛原妙子
ぐろてすく ぐろてすく とぞ煮つまりぬ深鍋にしてタンシチウは 葛原妙子
まだ発見されない法則かんじつつ深ぶかと吸う秋の酸素を 大滝和子
めざめれば又もや大滝和子にてハーブの鉢に水ふかくやる 大滝和子
きょう我が口に出したる言葉よりはるかに多く鳩いる駅頭 大滝和子
「潮騒」のページナンバーいずれかが我の死の年あらわしており 大滝和子
白鯨が2マイル泳いでゆくあいだふかく抱きあうことのできたら 大滝和子
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