2010年12月26日

『酒呑みの自己弁護』山口瞳(ちくま文庫) より引用


真面目な話(10)


 酒場の勘定がなぜ高いか、どうやって酒場が駄目になったかを書き続け、思わず長くなり、とりとめがなくなった。
 これは真面目な話である。
 私には、以下に書くような提案がある。それは酒場をよくするためのものである。日本の酒呑みをもっと男らしくするためのものである。
 (1)第一は社用接待費のことである。こういうものが一刻も早く消えて無くなることを強く希望する。
 そうかといって、実は、私には具体案がないのである。どうしたらいいのだろうか。
 社内旅行というのも、税制上、やらなければ損だという仕組になっている。これが観光ブームを生み、過密ダイヤの因となった。温泉地に風情がなくなり、マンモス旅館が生ずることになる。自動車公害反対と言ったって、バスで社内旅行に行く人がは公害のお先棒をかついでいるのである。これも税制上のことである。
 社用接待費をなくすにはどうしたらいいか、社用接待という習慣がなくればいい。
そこまではわかるけど、その方策と後のことがわからない。私は、これを叫びつづけるよりほかにない。諸君も参加してくれないだろうか。これは若い人のほうがいい。課長以上の社員は社用接待の毒におかされているかもしれないから。
 私は、社用接待によって高級酒場の味を知り、身を誤って馘首された会社員の名前を即座に五人まであげることができる。全国的にいえば、その数は数万人に及ぶのではないか。
 (2)ウイスキーはストレートで飲もうではないか。医者も健康上の理由で水割りをすすめることがある。しかし、ストレートのときはチェーサー(追い水)を飲むのが常識であり、健康上にそれほどの差があるとは思われない。
 水割りなんかを飲むから女どもに馬鹿にされるのである。バーテンダーにはウイスキーの量をごまかされる。
 私は、酒場で、水割りですかときかれたときには「酒を水で割って飲むほど貧乏しちゃいねえや」と叫ぶことにしている。(内心は勘定のことでビクビクしているのであるが)
 どうですか、諸君、一緒に大声で叫んでみようじゃないか。
「ウイスキーを水で割って飲むほど貧乏しちゃいねえや!」
 (3)どうしてもストレートが飲めない人はハイボールをオーダーしてください。
 水割りがうまいと思うのは錯覚であるにすぎない。強い酒は強い度数で飲むほうがうまいにきまっている。
 ハイボールは別物である。私はハイボールこそバーテンダーの腕のみせどころだと信じて疑わない。簡単なものほど難しいのである。このごろのバーテンダーは不勉強なのであり、従って店のほうでも「酒場のなかで酒を扱う人」を蔑ろにする傾向がある。みんなが水割りばかり注文するので、バーテンダーの権威が地に堕ちたのである。
 (4)前項の続きになるが、ときにはカクテルをオーダーしよう。私はジン・ベースが好きであるが、とくに、マルチニとギムレットを好む。
 銀座の高級酒場へ行ってギムレットをオーダーし、ライムは生でしょうねと言ってみよう。もし、ライムが無いと言ったら、大いに笑ってやろうじゃないか。高級酒場の看板をおろしてもらおうじゃないか。
 そうして、ここは、やっぱり、酒を売るところじゃなくて女を売るところなんですね、社用族という税金のオコボレで飲んでいるアサマシイ連中の来るところなんですねと言ってやろうじゃないか。


投稿者 vacant : 2010年12月26日 01:52 | トラックバック
Share |
コメント