2008年05月13日

池澤夏樹のメールマガジン 『異国の客』

その78より引用


  喩えてみれば、十五歳までは人生の質感は粘土だった。
  まだ形はない。
  手でひねればいくらでも変形する。
  しかし一つのまとまったものとして、重さと体積のある塊として、自分の手の中にある。
  それがそこにあることでとりあえずは安心していられた。
  今の生活は仮のものだけれど、いずれは正式のものが送られてくる。
  自分が何者かになることは決まっていて、今はまだそれが知らされていないだけ。
  運命の台帳を信頼してただ待っていればいい。

  しかし、十五歳を過ぎると、その信頼感が揺らぎはじめた。

2008年05月02日

 ミッシェル・セールは、<内部>を皮膚という表層の効果としてとらえたひとだ。皮膚と皮膚が接触するところに<魂>が生まれると考えた。唇を噛みしめる、額に手を当てる、手を合わせる、括約筋を締める、するとそこに<魂>が生まれる、と。だから、他人との皮膚の接触も「魂のパスゲーム」という意味をもつことになる。そういう<魂>をさらしたゲームのなかで。ひとはじぶんの存在に触れる。(後略)

(『ことばの顔』鷲田清一著 中央公論新社刊 より)


注釈によると、
セールは、1930年生まれのフランスの哲学者。『五感』(法政大学出版局)は85年の作で、副題は「混合体の哲学」。
とのこと。