京都御苑、九条邸池、11時57分。
四羽の烏と建礼門脇の築地塀
男、ジャージ上下で色は黒。
スキップのような動きで軽快に歩く。
もはや背嚢と呼んでも差し支えが無いくらいな装いの背負い袋。
「あのー、すいません」
はい?
「僕、ボクシングやってまして」
はあ。
「今、トレーニングに協力してくれる相手を探しているんですよ」
ええ。
「腹筋を鍛える為に五分だけでいいんで、お腹の上に乗ってもらえませんか?」
・・・えー、そういうのやってないんで・・・。
どういうつもりで白昼堂々とこのアフロ未満な髪型の男にそういう接触度の高い話を持ちかけるんだろう。
二分前だって建春門前に座ってただけで、皇宮警察と刻まれた車両に徐行以下の速度でにじり寄られ、何か不審な点でも?とナーバスになったばかりだというのに。
平日の御所は閑散としていて、大宮御所正門から数人の皇宮所属の警察官から見送られた蕎麦屋の出前持ちが敷き詰められた砂利の中、カブで駆け抜けてゆく。
烏の多さに辟易しながら蛤御門を抜けて烏丸通りへと戻る。
長州藩が御所を急襲したときの弾痕がいくつも残っている。
幕末の遺産に触れつつも、黒ジャージの発言の意図を考えている。
①本気でボクサーを目指している。
→ 何もこんなところで相手を求めなくても。
②大方の予想通りゲイ。
→ 何もこんなところで相手を求めなくても。
③腹筋を鍛える為の方法を根本的に間違えている。
→ そうだね。
④やんごとなき場所だけに軽く公序良俗を乱したい。
→ 巻き込まないでくれ!
黒ジャージのせいで旅の記憶が奴のことばっかりだ!