蝦夷、シガークラブ、12時08分。
価格破壊を通り越して崩壊を起こしつつある酒類販売店。
店内を物色し、インスタントな味噌汁を選びレジの前に立つ。
刹那、ブレーキ音が激しく響き、自転車に跨った老婆が店頭から店員を呼ぶ。
「ここで会計いい?」
いいわけないだろ!
婆ァ!自転車から降りもせずに何だ!
股からサドルが生えてんのか!
店員も従うな! 札持ち帰って釣りを持って行って渡すな!
誰もいないレジの前でぼんやりと「あさげ・ゆうげ」を持ってる俺は何だ!
柳家小さんかっ!?
四代目柳家小さん門下生、五代目柳家小さんが前座名「栗之助」だった時代のエピソード。
1936(昭和11)年、二・二六事件、当日。
小さんは反乱部隊屯所に一兵卒として配属されており、酔狂か現実からの逃避か、直属上官から「落語をやれ」との命令。
「子ほめ」なる演目を一席打ったが、反乱の最中という現実からは逃れられず、張り詰めた糸ギリギリな兵士達が笑う筈も無い。
「オイ噺家ッ、面白くないぞッ!」との罵声に、「そりゃそうです。演っているほうだって、ちっとも面白くないんだから」と返した。
婆ァ、いや、お婆さん、もう帰って下さい。
さくっと話を切り上げて店員を解放して下さい。
私に会計をさせて下さい。
いつまで経っても、小さんの味噌汁が飲めません。
涙無しでは飲めません。
ちっとも面白くありません。