西新宿、こむら返り、25時32分。
「初対面の人間に向かってパンチは無いなあ」
酔った女の放った右拳を細い身体ながら受け止める男の掌からは、冷たい体温が伝わってくる。
女は黙ったまま男の手を振りほどいた。
手元のグラスを一気に空けると、注がれたばかりのウォッカを男の手から奪い取り口をつけるが瞬間、その液体が放つアルコール臭の濃さに顔をしかめる。
「あんた、元ソフト部でしょ。ソフト部っぽいのよ、すごく」
男の外見上、「明らかに体育会系でないにも関わらず無理に部活動をやっていた人間」と設定する為に女は「ソフト部」を割り当てている。
立位体前屈が得意な女だったが、茶道部に入部するも、慣れない正座の無理がたたり、僅か三日で退部していた。
二ヶ月後、当時「軟式硬球部」と呼ばれていた、硬いのかそうでないのか判別のつきにくい部に所属することになるが、後に王道「ソフトボール部」に併合され、差別的に「ソフト部」と呼称される競技の前身となる団体だった。
それは、「ちくわ」と「ちくわぶ」の関係性にも似て、呼称の類似性から存在の優劣は付けられないものの、潜在的に誰しもが「選んでいる」という無意識の差別そのものだった。
男は病的に白い顔に含み笑いを浮かべ、「備品を持ち帰るなって、怒られてばかりいたな」と節目がちに遠くを見た。
ここで言う「備品」とはバットやボールではなく、マネージャーのことだと気付くのに女は数日を要したと後に述懐する。