「聴いてるか? 山内が家業を継ぐそうだ」
「いや。奴の家は呉服屋だったな」
「若旦那だ」
「呼ばれたいね」
山内には双子の妹がいる。
整った顔立ちをしていて世間的には美人と評される子だったが、一卵性である為、兄を知る我々としては「山内と同じ顔をした女」という不当な評価でしかなかった。
今はアラモにいるという。テキサス州だ。何故そんなところに。
「お前はどうするんだ?」
「どうもしないさ」
私は用意していない答えに窮したが、Sは沈黙を回答とし、話題を変えた。
マルセイユのマクドナルドにはケチャップは置いてないこと、チリのサッカーリーグプレイヤーが高山病に罹らない理由、戦時中の大蔵省官僚が考案した都市改造計画の欠陥、出来損ないのクリーチャーのごとき深海魚のグロテスクさを表現する国際単位等・・・。
締めの意味で口にしたビールが、次なる酒を誘発する。
Sと酒を飲み交わすのは初めてだと気付くのに数時間を要した。
その間、Sは隣に座ったヨーロッパ系の女に話し掛けられ、女の現地語で返している。
背もプライドも高そうなその女は、不自然な座り方をしている東洋人に興味があるようだ。
Sは座っているように見えるが、背中は反り返るほど直線的に伸びている。
止まり木で猫背にもカウンターに向かう私に対し、Sの背筋はほぼ直角だ。
上半身は安定していて、顎は鋭角に引いている。
「お前、姿勢いいな。軍人みたいだ」
「曲がらないんだ」
Sは正面を向いたまま、読み取れない表情のままグラスを口へと運んだ。
(續く)