女、一度帰ると言ったものの、何に引かれたか結局は酒を飲んでいる。
やや大蒜の効いた焼き蜆は気に召さなかったのか、ひとつきりで終いにしている。
店に置いていた焼酎を手酌で飲み干し、終電を気にしている様子もない、はずもなく財布をいそいそと取り出す。
「じゃあそろそろ」
男は改札まで女を見送り、馴染みとなるにはまだ早い店でひとりビールを飲んでいる。
「先日はすいませんでした」
何だっけ?
「折角来て頂いたのに」
ああ、全然。気にしないで。
「いや、そう言って頂けると」
男は柱の陰に隠れる酒瓶の銘柄を伝えてもらい、飲み方すらも任せている。
「どうぞ」
ありがとう。
煙草を吸い終わると同時にグラスを飲み干し、支払いを済ませ扉へと向かう。
「ありがとうございました。またご贔屓に」
ごちそうさま。
やや痺れた前頭葉をなるべく動かさない歩きで家路を急ぐ。
眠い、とベッドに倒れる。
眠りに落ちる瞬間、男は思う。
蜆、旨いのにな。
(了)
投稿者 yoshimori : September 6, 2006 11:59 PM | トラックバック