ドイツ帰りという知人に呼ばれ、密輸したミュンヒナー・ヴァイスヴルスト(たぶん)をこれまた密輸のドイツワインで頂く。
ムスリム文化研究の為にシリアに留学していたという女子、実家からの引越しを熱望するという。
「このままだと親が子離れしないんですよ」
それで子から去るわけやね。
「ええ、白神の件がきっかけでしたね」
何すか、白神て。弘前の世界遺産?
「ああ、ごめんなさい。初対面なんで一から話しますけど、実は先月の記録的豪雨で白神山地の中州に取り残されたんですよ」
ええー!?
「家族が警察に連絡して、県警のヘリで救助されました」
えー!? 登山クライマックスじゃん。
「まあそうですね。同僚と一緒だったから、白神行ってるのは会社の人も知ってて、もちろん我々は当日出勤してないから緊急会議みたいなことになってましたね」
えー? それは社として何ができるか、みたいな。遺族への対応とかそういう。
「たぶん。あと、発見時に県警から母に電話が入って、『身元確認お願いします』とかそういう言い方してたらしくて、家族には無言の帰宅だと思われてたみたいです」
ええー? おかあさん倒れちゃう。
「記者会見も開きました。わたしは出てないですけど、リーダーが」
フラッシュたかれながら報道陣に囲まれるのか。
「そんな派手でもないですけどね。で、県警の人から『不本意だろうけど、ここはひとつ遭難ってことにして、形だけでも謝罪しといた方がいいよ。ここで会見やっとかないと東京まで追っかけてくるよ』って言われ、とりあえず型通りの台詞を仕込まれるみたいですね」
ていうか遭難だってば。
「あ、そうでした。遭難の第一報があった時、リーダーの実家にまで報道陣が詰めかけてたみたいですよ」
情報早いなー。ていうか県警がリークしてるのか。
「まあ全員無事でよかったですよ。ニュースに名前出ましたけど」
カッコ付きで歳も出るよね。
「(29)って。で、それで、県警に救助されたじゃないですか。礼状を書いたんですよ」
ご迷惑をお掛け致しました、世界遺産を大切に。
「そう、大切に。そしたら地元新聞社から取材依頼があって、全文掲載ですよ。もちろんフルネームで」
何処までさらしもんにしてくれるのかと。
「ほんとですよ。やっぱ地方は事件とかあんまりなくて暇みたいですね」
なるほど。
「で、引越しを決意しました」
ん? タイミングとしては最悪じゃないのか。
(了)
※本人からは第三者への伝達に関して了承を得ておりますが、
「話す」と「書く」は大違いなので先に「ごめんね」と言っておきます。