December 06, 2007

『終わらない画伯』

近所の小料理屋で毎回見かける72歳の老婆、実は南画の大家という。
夫は若い女に夢中らしく、ひとりで酒をあおっているが、飲んだ数を数えられない為、頼むたびに数量を店主に確認している。

「あたし、こう見えても絵描きなのよ」
何度も聴きましたよ、それ。

「この辺は物騒でねー」
若造がやべえですか?

「違うわよ、変態がいるのよ」
ヘンタイって露出系ですかね。

「そうよ! 10年前にそこの坂で見たのよ」
最近の話じゃないんですか。

「そうね、あれは昭和39年だったかしらねー」
いやいや先生、おもしろトークもいいんですけど、話がさっぱり進みませんから。

「今度ね、六本木に移転するの。あのほら、黒川紀章の」
国立新美術館ですか。先生、これまたえらいところに移りますねー。

「そう、たぶん
たぶんて。

「あたし、ホームレスを10年飼ってたことあるわよ」
えー? 慈善事業か何かですか?

「そうかもしれないわね。でも、あいつ今頃何やってるのかしら」
追い出したんですか。

「違うわよ、出てったのよ。あんなの勤まるのかしらねえ」

先生、気付けば何も話してませんよ。
大変楽しかったのですが、先生を置いて店を出ます。
次にお会いできるのは、次に来た時でしょうか。(先生は毎日いるけどな)

(了)


seikogani.jpg
画伯に黙って食すセイコガニ

投稿者 yoshimori : December 6, 2007 11:59 PM
コメント
コメントする









名前、アドレスを登録しますか?