男、ユニク○で購入したというサイズの合わないカーディガンの袖口を振り回しながら、通路の中央を進んで近付いてくる様子。
通り過ぎる人々の視線が痛いほど伝わり、思わず目をそむけてしまう。
「知ってました?」
何が? いつもながら話が唐突だな。いいから、袖から手を出せ。
「寒いんですよ」
じゃあさ、両手はポケットに突っ込むとかにしろって。
「嫌ですよ」
何で? 絵的に気にしてるわけでもないだろ。
「転んで両の前歯を折ったことがあるからですよ」
あー、きれーな挿し歯やねえ。挿し歯折ったら難儀だしな。
「知ってました?」
あ、話戻してる。
「駅前におしゃれなバーができたんですよ」
駅前のどの辺?
「スーパーの横」
おされか?
「いや、もう、スタンディングって感じで、木目調で、ヒノキのあれで」
全然分からん。考えてからしゃべれ。
「とにかく、行きましょうよ。はい、今から、コート着て、はい、立って」
あー、もう鬱陶しいな、腕痛いから、ひとりで歩けるから、離して。
2分後。
「ここです」
あ、おされかも。内装凝ってんな。
「お、メニューに、牛モツとキムチの鍋がありますね」
あれ? おされは?
「何か、鍋を注文した人は奥の座敷に行くらしいですよ」
え? 頼んだの? 座敷? おされは?
5分後、目の前には鉄鍋がぐらぐらぐらぐら。
「いやー、冬はやっぱり鍋ですねえ」
いや、そらまあ否定しませんけどね、当初の目的とすりかわってやしませんかと、煮えた鍋をつつくのだった。
(了)
投稿者 yoshimori : January 18, 2008 11:59 PM