六本木でタクシーを拾う。
同行の男、タクシードライヴァーに行き先を告げてこう続ける。
「運転手さん、この間テレビで観たんですけど、怖いですねタクシー業って、密室の恐怖っていうんですかね、何か恐い目に遭ったとかあります?」
「んー、事故が怖いかな」
「事故は怖いですね、でもやっぱ客も怖いですよね、絡まれたとか脅されたとか無いんですか?」
「あー、そういや二度ほどあったかな。上野からひとり乗せたんだけど、明らかにシャブ、んー、覚醒剤っていうの? そういうのをやってるんだよね、その人。怯え方が普通じゃないの、道歩いてる人、みんな警官に見えるって。で、軽いパニック状態になったみたいで、こう後ろからね、髪つかまれちゃったからさ、本郷三丁目の交差点にある交番前に車止めたらさ、五千円を放り投げてそのまま走って逃げちゃった」
「おー、凄いですね。もうひとつは?」
「もうひとつはね、何処で乗せたかは忘れたけど、二人組みだった。やっぱりシャブ中っぽくてね、しかもふたりとも。もう言ってることがさっぱり分からなくてね、怯え気味で小刻みに揺れてたね」
「何を喋ってるんですか、ふたりは」
「んー、何だったかな、『25℃までは耐えられるけどな、26℃はもう駄目だ耐えられない、25℃はいいんだけどな、26℃だと無理だ』って意味の分からない気温の話してるの、しかもずーっと。もう早く降りてくれって祈ったね」
「へえー、他には?」
「そうだなあ、あ、ここ左でいい?」
ああ、いいっすよ、もうガンガン曲がってください、好きなだけ曲がってください、って降りる時間も延長しタクシーは走るのだった。
(續ク)
投稿者 yoshimori : May 14, 2008 11:59 PM