えェ、久方振りの落語会で御座ィます。
てんで無沙汰しておりまして、持病の腰痛も相俟って、長丁場の聴講に耐えられるか否かが勝負の分かれ目で御座ンす。
『第九十九回中目黒落語会』
にんげんで云やァ、百に一ツ足りねぇ白寿ですな。
次で百を迎えるてんですから、地域寄席にしては奇跡に近いんですなァ。
これもひとえに、地域密着型住民の方々と酔狂を超えて神憑りな主催者のお蔭で御座ィましょう。
ぞんざいなCD音源たる出囃子が場内に鳴りまして、まずはさらくちで御座ィます。
春風亭正太郎◆金明竹
「春風亭正朝の一番弟子です。一番って云ってもひとりしか居ないンですけどね」
「目黒区民です。ここから三つ横浜方面に向かった都立大学駅にある柿の木坂に住んでます」
「北海道の山に行った時のことですけれど、友達は重装備なんですけど、私は軽装でした。『熊出没注意』なんてぇ立て札を見た友達は重装備のリュックを下ろして登山靴からスニーカーに履き替えてました。馬鹿だなお前さほんとに熊に会っちゃったらそんなスニーカーに履き替えたところで逃げ切れるわけないだろうって云ったら友達の返した言葉が凄かったですねぇ。『お前より速く走る為だ!』」
「関西の方は芸人に限らず、素人の方でも大変面白いですね。私が夏の甲子園でしたか、高校野球を観に行ったことがありまして、神戸までたどり着いたのはいいんですが、球場までの道に迷ってしまい、その辺を歩いてる方に尋ねたんですよ、すいませーん、甲子園に行くにはどうしたらいいですか?って。そしたらその方が一言、『にいちゃんなァ、地道に練習せなあかんで』なんて」
むかし家今松◆竈幽霊(へっついゆうれい)
「メキシコ湾、凄いことになってますねぇ。流出した原油はどうなっちゃうんですか、再利用とかするんでしょうか」
今松師匠、まくらで一度絶句してまして、大変不安になったんですがねぇ、噺のほうはてぇと澱みなく流れる心地好いめろでぃでござんす。
「皆さんお揃いなんで、テラだけでもと思いまして」
お仲入りで御座ィます。
春風亭正太郎◆野晒し
「幽ちゃん? テキかぃ? へっついから出るの?」
三代目春風亭柳好をふぉーまっととした流れでしたな。
「あのひと、針無しで釣ってるよ。野晒しで御座ィます」
むかし家今松◆蓮台奇縁 (藤田本草堂:作)
今松師匠がトリの大根多、こりゃァ落とし噺じゃァござんせん。
地味な語り口ながらに、聞き込んでしまぃました。
「箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川」
かつての駿河国、現在の静岡県中部に御座ィます島田、此処ァかつては東海道の難所として悪名高ぇ大井川東岸の宿場町で御座ィました。
この大井川を自然の要害とし、神君家康公が隠居先としました駿府城の外堀と定めた為に、架橋も渡し舟も禁じられまして、士農工商問わず馬人足を雇い、蓮台を引かせましての川越(かわごし)と相成りました。
増水時には川留めとなりまして、身動きのできねぇ客の足下を見た旅籠なんぞは不当に木賃を吊り上げたなんてぇ話も残っております。
島田宿、田島屋隠居は川留めとなった逗留者の中から一芸に秀でているなんてぇ者だけを番頭に選ばせまして、自邸へ招いてのささやかな宴を何よりの愉しみとしております。
招いた四名の江戸者は、医師の夫婦、絵師、そして俳諧師でした。
やがて隠居は四名の前で、江戸は蔵前札差の放蕩息子が如何にして島田宿田島屋の主に納まったかを語りまして、奇縁の起こす妙技を知るので御座ィます。
追い出しの太鼓こそァ鳴りゃァしやせんが、見送りに出ております主催者が帰ろうとするひとりの客の耳元に向け、口の前で盃を手前に傾ける仕草が見えまして、それが何とも可笑しかったですな。
まァあの方達は師匠らと近所に飲みィ行くンでしょうがねぇ、あたしの打ち上げはてぇと、目黒川沿いで夜空ァ眺めながら串もんを喰れぇつつ、一献また一献と飲るのが関の山なんでしょうなァ。
・・・いけやせんねぇ、外は。
冷えますぜ、腰ィ痛ぇのに。
(了)
目黒馬頭観音(目黒銀座観音)