物凄い筋肉痛だ。
今世紀最大、未曾有の、自分史上初としても過言ではない。
連休最終日を横臥のまま過ごすのは遣る瀬無しと、死者に鞭打つが如く、生ける屍は緩慢な動きで立ち上がるのだ。
用向きさえなければ、保守的に籠るのは容易なのだが、今日中にそこに行かなければ、未来永劫とは云わないまでも、数日間それを失いかねないというやや緊迫した状況。
何のことはない、クリーニング店に出したスーツを受け取りに行くというだけのミッションである。
が、何点も所持していないが為に、明日着用すべきそれがないのも実情が故に事態は深刻なのだ。
深夜から夜明けにかけて蛹が成虫へと孵化するが如くじんわりと着替え、原生生物の繊毛運動のように這いながら玄関を目指し、草木が花を咲かせるまでの過程を少しだけ早送りにし映像を観ているかのように履物を履いて、全身の全体重を扉に預けながらゆっくりとドアを開け、ようやく通路へと出る。
施錠もする。
もちろん、階段を下るなどという愚行は冒さず、エレベータホールまで身体を引き摺り、呼び出して開いた扉が閉まらないようにあらかじめ両手で押さえ、中へと潜るように入り込み、二階から遥か階下の一階を目指すのだった。
嗚呼、陽射しが眩しい。
手を翳す動作すらもどかしい。
ていうか、挙がらない。
今ここで武装強盗より"Put your hands!"と銃口を突き付けられても、指示に従えるか自信がない。
全ての行動は、ハイチにて自らの意思とは無関係に労働に従事している「彼ら」の動きに等しい。
下り階段では手摺をフル活用する。
過重に晒されている腕が新たな痛みを呼ぶ気もするが、移動手段はこれしかないのだ。
今なら老人の気持ちがよく分かる。
あいつら、すげぇよ、半端ねぇよ、ぱねぇよ、まじで。
坂だ。
下り坂である。
・・・これは・・・無理だ。
斜面に向けて足が対応できない。
痛みこそないが、足そのものに力が入らない為、足が身体を支えられないのだ。
このままでは、何処にもたどり着けない。
後ろ向きになって四つん這いで下るしか手段がない。
それは人としてあれだ、何だ、尊厳か、もういいじゃんそんなの。
(省略)
遠い。
広大、無限とも思える距離をぐらぐらと歩く。
それでも無事に物を受け取り、同じ行程を逆に繰り返す。
使い古されて棄てられた雑巾として帰宅。
何かを成し遂げたような気もしたが、それはその日いちにちだけの軽ーい拷問に耐えた、しょーもない犯罪組織の下っ端構成員としての的外れで矮小な思い違いであって、人として幾つかの何かを同時に失ったに過ぎない。
このまま幾日過ごせばよいのだろう。
更に酷くならないことを祈るしかないのだ。
(了)
投稿者 yoshimori : July 19, 2010 11:59 PM