通勤時に利用する最寄り駅には、改札がひとつしかない。
各駅停車しか止まらない名もなき私鉄の駅ではあるが、出入口は無駄に三箇所もある。
(上りのみのエスカレータを含むと四箇所)
当然、全ての出入口、上下線のプラットホームより改札に向けて利用客は殺到するのだが、朝の混み合う時間帯でさえも圧し合うほどの客数もなく、毎朝穏やかな一日が始まっては過ぎてゆくのだ。
改札の脇で靴紐を結ぶような仕草で屈み込んでいる女子が見える。
傍らで立ち尽くす、もうひとりの女子は連れだろうか。
屈む女子には視線もくれず、ただ佇んで遠くを見ている。
自動改札より中に入る過程で目にした風景、それは屈んだ女子の手の先には靴紐なんぞ何処にもなく、地下足袋を履き直している姿に相違なかった。
鳶? 土方?
ガテン系女子の通勤風景かとも思ったが、地下足袋以外は地味めではあるが普通なのだ。
連れと思しき女子も同様に地味で普通だ。
そう、彼女の履物だけが異彩を放っている。
あの遠い目をしていた女子は、彼女の履物に違和感を覚え、他人の振りをしていたのだろうか。
あんた間違ってるよ何か履き違えてるよあたしゃ同じ女子として恥ずかしいよという無言の突っ込みだったろうか。
通り過ぎるだけの改札前で目撃しただけの出来事、今となっては何も分からない。
後で聞けば、巷間ではおしゃれ地下足袋というカテゴリーも存在するようだが、あの子の履いていたそれは確実に現場にてリアルに薄汚れた汚泥と塗料のコラボレーションだったと記しておきたい。
(了)
投稿者 yoshimori : August 20, 2010 11:59 PM