August 24, 2010

『八月下席~風誘ふ花よりもなを我はまた春の名残を如何にとかせむ』

大人は走らない、いやむしろ走るという行為自体を法的に規制すべきだというのが持論である。

例えば、ひとりの警官が全力疾走しているとすると、それは尋常ならざる事態であり、実際に警官の向かう先がトイレの個室だろうが、人々は凶悪犯を追跡中だったり凄惨な現場だったりと想像し、個々のイマジネーションの力によっては、軽度の野次馬根性が沸いてみたり、動けなくなるほどの恐怖心が芽生えたりするものだ。
あるいは、スーツを着込んだ会社員然とした中年男性が街中を真顔で走り続けている、それだけで事件性を帯びてくるから容認できない。
また、皇居周辺を走るジョガーも例外ではない。
彼らの身元を誰が保証するのだろうか。
確かに桜田門は目の前だが、それが何の気休めになるのだろうか。
ジョガーとはそもそも「ふらふらする人」の意味でしかない。
そういう危険な存在を放置している行政に憤りすら覚える。

急いでいるとは言い訳にはならない。
リアルに急いでいる大人とは第三者の視点からは、「パニクった人」でしかない。
それは果たして日常だろうか。
穏やかな日々だろうか。

大人は失態を解決、事態を収拾する方法を「急ぐ」以外で知っているものだ。
身内の容態が悪化しているから何をともあれ駆け付けたいという動機以外は断固として罰してゆきたい。
(いや、それさえも許容ならざる案件と考えている)

改札より山手線のホームに入ると、電車は扉を閉じた状態で停車している、午前7時半
嗚呼人身事故かしら車内点検かしらお客様の線路立ち入りかしら何時から止まっているのかしら何時に発車するのかしら時間に間に合うのかしら等々と悶々としていたら、駅員によるアナウンスが流れ始めたので、まずは状況を把握しようと立ち止まって聴く。

「・・・JRからお客様へのお願いです。駆け込み乗車は大変危険ですのでおやめください。お客様ご自身がドアに身体が挟まれお怪我をされたり、また、他のお客様のご迷惑となります。・・・ご覧の通り、たったひとりの身勝手な振る舞いの為に、大勢のお客様が多大な迷惑を被りますので、絶対に、絶対に、駆け込み乗車はおやめください。たったひとりの為に電車の運行が止まってしまい、大勢の方が犠牲になりますので、駆け込み乗車はおやめください。・・・間もなく発車致します」

ほぼほぼ名指しで怒られてるに等しいたったひとりの乗客にはひとッ欠片の同情なんざ皆無だが、特定車両内で無言の糾弾をそのたったひとりの乗客に向けつつも、その車両に座る無関係な各位ですらただそこに居るだけで責任が連帯しているみたいで何だか居たたまれない。

長くなった、結論を云おう。
何度も云う。
大人は走っちゃァいけねぇ。

(了)

投稿者 yoshimori : August 24, 2010 11:59 PM
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