昨年傘寿(八十歳)を迎えたという古老が二十五年よりも以前に著した書籍を読んでいる。
江東区常盤生まれの古老が半生を振り返る際に欠かせないのは、屋台から漂う香ばしくも芳しいウスターソースの焦げる匂いであったという。
古老流ソース焼きそばの特異点は、天かすにある。
市井の食料品店等で販売されている袋詰めの揚げ玉は使用せず、天麩羅や掻き揚げの余り、つまりリアルな意味での天かすを使えという。
何故なら、料亭や天麩羅屋から出る天かすには、海産物や野菜のエキスが染みており、それが焼きそばの仕上がりを左右するからと説明が付く。
そりゃァ無理だぜ、爺さんよ。
まァ自流に堕ちるには、それなりに理由はあるものだと理解する。
一、買い出し
◆焼きそば(蒸し麺)
・・・ 「生麺」は不可である。古老の放つ理由は「大変なことになる」から。
◆キャベツ
・・・ 品質は問わない、腐れてさえなければ。
◆天かす
・・・ 上記の理由によりリアル志向は諦め、市販の揚げ玉を使用。
とはいえ、商品名は「天かす」である。
せめてもの海産物エキスとして、「海老入り」を買い求める。
◆紅生姜
・・・ 赤くて結構。
◆ウスターソース
・・・ さらさらでなければならない。古老曰く「とんかつソースは却下」。
二、仕込み
何のことはない、キャベツを1センチ片にざく切るだけである。
三、点火
フライパンをがんがん熱する。鉄板使用でも同様。
四、油
ここが最大の難関で山場で正念場である。
かく云う小生、ここでしくじる。
何と、古老はあえて油を用いない。
「熱したフライパンに天かすを敷き詰める」という。
「自然と油がにじみ出てくる」とある。
市販の揚げ玉は、きゅうきゅうと哀しい悲鳴を上げながら焦げゆくのみである。
何度も云おう、やはり市販の揚げ玉では代用にならないのだ。
・・・説明を続けよう。
五、具材のせ
1センチ片となったキャベツを天かすの上に敷き詰め、蒸し麺を載せる。
そして、水を注ぐ。
六、味付け
塩、胡椒を適量振る。ウスターソースはまだ早い。
七、仕上げ
水気がなくなるかなくならないかというタイミングで、ウスターソースを投入。
香ばしいソースの香りを愉しみつつ、具材を混ぜ合わせる。
麺が千切れるといけないので、箆(へら)は用いず、菜箸をしっかりと持ってソースと麺を絡めてゆく。
八、出来上がり
皿に盛り付け、紅生姜を添えて完成。
全てが茶色である。
紅の色だけが異彩を放つ。
九、いただきます
・・・少しダシ風味が足りないのは、天かす品質の差だろう。
改善の余地は大いにある。
食感はかなり好みである。
ほどよく溶けてソースに絡められた揚げ玉とキャベツのしなり具合が中太の麺によく合う。
十、いってきます
さて間食も済んだところで仇討ちに出掛けよう。
江戸の仇を長崎で討つてんだ。
あ、ってことはちゃんぽんかな?
今宵はこの辺で。
(了)