世田谷区は商店街の一角にある麺専門店に来ている。
昭和34年創業の老舗という。
暖簾をくぐって中を眺めると、昼時ながらに客はまばらである。
L字型カウンター奥の隅に座ると、小学生らしき男児が水の入ったグラスを運んできた。
カウンター越しの厨房には、親子と思しき老婆と中年女性のふたりが居るだけである。
メニューには「50周年記念」との手書き文字が見える。
記念と銘打ち、一部の品目が低価格に設定されている。
昨年がそうなのだろう、今年も続いているようだ。
初めて訪れた店なのだが、何処か懐かしい佇まいと、初対面とは思えないほどにフランクな従業員らの存在が客を旅気分へと誘(いざな)う。
もう、持ち上げ方が地方色濃厚なのである。
「も、もしかして、げ、芸能人の方ですか?」
え? いや、一般人です。
これで「いやぁ、わかっちゃいましたぁ?」とかいいかげんに答えていたら、奥から色紙とサインペンを持ってきたのだろうか。
それが壁に飾られるという絵面は大変面白いのだが、要らぬ詮索されて会話が長くなるのは必至なので、そういう悪戯心は留めおいた。
味? 味はまァ普通でしたよ。
(了)
塩わんたんめん