June 09, 2011

『偽善と呼ばれる為に求められる九つの条件』 (第37回)

<霧深キ湖面ニ映ユル焔>
理由無き投獄の果ての釈放後、野に放たれてから数日が経過し、西方にある港町にて豪邸を購入。
所有物件二軒目である。
其の値僅か伍千金は例によって追い剥ぎ紛いの行為にて資金を捻出し、一括で支払う。
当館、地上二階地下二階の構造にて豪奢極まりないのだが、相場に対して格安なのは薔薇に棘の例え同様に、当然の如く「わけあり」物件なのである。
家具一式は各部屋に一通り揃っており新調の必要も無いのだが、只厄介なのは夜な夜な寝床に現れて冷たい吐息を浴びせかけて来る半透明な人人と、地下二階の最も奥に妙な紋様が描かれた開かずの間が在るという現実だろうか。
其れさえ我慢すれば済む話ではなかろうと、売り付けた業者を呼び出して問い詰める。
「君には悪いと思ったんだが、僕にも都合があってね」
いやいやいや、ていうか開き直り過ぎ。
「此の屋敷は祖父の持ち物だったんだ」
あんた、業者じゃないのね。
「祖父は少し変わり者でね」
少しって。
「深夜に墓地で死体を掘り起こしたりしてたんだ」
・・・さらっと云うなよ、身内の恥を。
「それを理由に倫理観とやらを掲げた住民らの手によって祖父は自宅で殺されてしまったんだけど、その死体は・・・消えていたんだ」
・・・まァ気の毒な話なんだろうけど、事件の現場は此処じゃんか!
「例の閉ざされた地下の部屋は僕にしか開けられないみたいなんだ」
・・・その奥にはきっとあんたの爺様の遺体と、縁も縁(ゆかり)も無い人の遺骨があるんだろうな。
「僕が扉を開けたら、後の始末は頼んだよ!」

館所有者のは開かずの間だった扉を開けると脱兎の如く駆け出して外へと出てゆく。
入れ替わりに中に足を踏み入れると、夥しい人骨と蝋燭の存在が禍禍しい程に荒んだ感を演出している。
爺の墓荒らし癖の結果なのだろうが、近隣住民が怯えるのも無理はなかろう。
中央に据えられた祭壇らしき台に近寄ると、ホネホネした方が寝てらっしゃる様子。
孫が云う殺害された祖父の成れの果ての姿に相違あるまい。
あの、お孫さんに連れられて来たんですけど。
「・・・儂の手首は何処にあるかのう」
手首? 手の骨だったら一階の床に落ちてました、一応お持ちしましたけど。
「・・・それをくっ付けてくれれば、儂ゃァ浮かばれるんぢゃ」
じゃァ付けますよ、いいですか、お爺さん、痛くないですかぁ。

老人介護の心持ちで労わりながら手首の骨を繋いでやると、死骸だった老人は我が意を得たりとばかりに襲い掛かって来た。
何さ、恩知らず!
多少少少梃子摺(てこず)ったものの、裏切り爺を返り討ちにしてやる。
一度死んで甦った死骸を再び葬っただけとは云え、血縁者である孫野郎に報告しておこうと彼の滞在する宿へと向かう。
「やあ、君なら何とかしてくれると思ってたよ、サンキューだ」
誠意も根拠も見えない形で軽く賞賛感謝され、除霊済みの家を手に入れたのだった。

(續く)

投稿者 yoshimori : June 9, 2011 11:59 PM
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