ベオグラード、やまいだれ、15時37分。
職場における上司の脚の一部が放つ刺激臭についての考察。
「あー、靴脱いでる脱いでる。サンダル出てきた。ってどっから出したんだ、それ。で、それに履き替える」
常に同じ苗床で雑菌を繁殖させてる。ていうか養殖。
「まず、目がやられるね」
そうとうな刺激臭だ。
「瞳孔がきゅーってなる」
それ化学式が違ってくるから。
「事務の女の子、可哀想だったなあ。途中、何度も席立ってたもん、用も無く」
真隣はキツイね。
「俺の席さー、ふたつも向こうなのに目にクるってことは、相当な破壊力だよ」
まあねえ、夏の風物詩みたいなもんだから。
「今は冬だろ」
はい、脱臭。
ドナ・サマー、議事堂、20時58分。
交通機動隊員、通称白バイ隊員を法定速度で静かに追い抜いた先で信号待ちしている。
何かさっきからTシャツの右袖、いわゆる腋の下がちくちくするなと思って、左手人差し指と親指で生地の上から探っていると、存在感のある異物を指先で確認してしまう。
・・・厭だ、何かしら。
シャブ中特有の「肌を虫が這っている!」如きリアクションを、白バイ隊員に悟られないよう速やかに異物を追い出そうとするが、信号が変わり追い払えたか否かはまったくもって不明なまま直進。
不安材料を抱えながら走る青山通り。
近所の公園付近、一方通行の交差点。
人参を持つ制服の男。
よく見ると赤いライトセイバーを持つ警官が三名。
「安全の為、飲酒かどうか確認します。息ふーってして」
ふー。
「甘い匂いがするね。はい、いいですよ」
何? どれ? 何が甘いの? 誘ってるの?
・・・異物は帰宅後も発見されませんでした。
京都御苑、九条邸池、11時57分。
四羽の烏と建礼門脇の築地塀
男、ジャージ上下で色は黒。
スキップのような動きで軽快に歩く。
もはや背嚢と呼んでも差し支えが無いくらいな装いの背負い袋。
「あのー、すいません」
はい?
「僕、ボクシングやってまして」
はあ。
「今、トレーニングに協力してくれる相手を探しているんですよ」
ええ。
「腹筋を鍛える為に五分だけでいいんで、お腹の上に乗ってもらえませんか?」
・・・えー、そういうのやってないんで・・・。
どういうつもりで白昼堂々とこのアフロ未満な髪型の男にそういう接触度の高い話を持ちかけるんだろう。
二分前だって建春門前に座ってただけで、皇宮警察と刻まれた車両に徐行以下の速度でにじり寄られ、何か不審な点でも?とナーバスになったばかりだというのに。
平日の御所は閑散としていて、大宮御所正門から数人の皇宮所属の警察官から見送られた蕎麦屋の出前持ちが敷き詰められた砂利の中、カブで駆け抜けてゆく。
烏の多さに辟易しながら蛤御門を抜けて烏丸通りへと戻る。
長州藩が御所を急襲したときの弾痕がいくつも残っている。
幕末の遺産に触れつつも、黒ジャージの発言の意図を考えている。
①本気でボクサーを目指している。
→ 何もこんなところで相手を求めなくても。
②大方の予想通りゲイ。
→ 何もこんなところで相手を求めなくても。
③腹筋を鍛える為の方法を根本的に間違えている。
→ そうだね。
④やんごとなき場所だけに軽く公序良俗を乱したい。
→ 巻き込まないでくれ!
黒ジャージのせいで旅の記憶が奴のことばっかりだ!
青葉台、ヴァイオレンス、23時43分。
「OLに胸倉掴まれましたよ」
何で?
「自分、『はじめの一歩』読んでたんですよ。で、鷹村すげーな鷹村すげーって喜んでたら、前にいたOLが本が背中に当たるって言うんですよ」
一歩がね。
「で、まあそれなりに気をつけてたんですけど、そいつがいきなり『大人のクセに漫画なんか読んでんじゃねえよ』ってこう胸倉を掴むわけですよ」
デンプシーロールも鷹村の良さも分からないと。
「そうなんですよ。で、降り際に蹴り出してやりましたね」
OLに蹴りですか。素敵です。
等々力、釣堀、12時38分。
よく日に灼けた老人が、知人の愚痴だか世の中の不満だかを合槌も打たない老人相手に一方的に言い放ち、
「でーっかい地震がくるね、間違い無く」と締める。
それは、天罰とか天誅とかそういうベクトルで話しているだろうか。
前後の話は全く聴いてはなかったが、もしかしたら膨大なデータを元に研究している高名な地震学者で在らせられるのか。
後者は無いにしても、地震はいつか起こるものだから、言ってることに間違いは無い。
何かを言っているようで何も言っていないということが往々にしてあるということだ。
深川、ネジ工場、22時58分。
いろいろありまして、最終退出者。
都合三フロアの施錠を確認後、セキュリティをセットし、階下へ。
消灯、・・・あれ? 消灯、えー、消灯・・・。
内階段の電灯は煌々と、帰る気満々で着込んだ緑色のレインコートを照らす。
かつての同僚に電話し、スイッチの在り処を尋ねる。
「思い出してもみろ、向かいの居酒屋で飲んでた時、店から見た階段は真っ暗だったか? いや、点いていた。そうだろう?」
口調はやや気になるが、頼もしい返事を頂く。
やれやれ、点きっぱでいいのかと、最後の施錠を行う。
金属と金属の擦れ合う不快な音が、鍵穴と鍵から発せられ、キーシリンダーの回る気配は一向に無い。
? 事態がよく飲み込めない。
カギを間違えた?
いやいやいや、以前にも最終退出者として施錠確認はしてるですよ。
しかも、このキーシリンダー、押すとミリ単位で入り、引くと扉から浮いている。
回らないんですね。
いやもう、憤りよりもファンタジーですよ。
軽くパニくって、同フロアの至るところ全ての鍵穴に挿してみる。
まあそりゃ挿さりはしますよ、同一メーカーだし。
暑い!レインコートを脱ぎ捨て、諸事情により装着していた肋骨固定のリブバンドも毟り取るようにはずす。
表は雨。
学生らのはしゃぐ声が聴こえる。
軽く殺意が湧く。
自らのひとりごとに気付かず、声が聴こえたと戦々恐々とする。
闇に佇む、軍物コートを着た男三十、不審者にしか見えない。
とりあえず冷静に、ビー・クールでいこうと、水場へ向かい鏡を見る。
追い詰められた男三十が、何故か半笑い。
駄目過ぎて正視に耐えない。
・・・。
穏やかな気持ちでリトライ。
ぐっと押し込み、右に半回転!
いやいやいやいや、それは開錠方向で、施錠は左。
あ、でも・・・少なくとも回るってことはここのカギだ!
が、どうにも左には回らない、回らない。
一度右に回してその勢いでゆるゆると左へ。
・・・!
野郎!手間かけさせやがって!
半泣きで現場を去る。
※一部脚色を加えていますが、だからどうしたと言われればそれまでのことです。
ウラジオストック、踊り場、10時57分。
「シマケン、捕まったらしいよ」
しまけんって誰だっけ。二組の担任だっけ?
「同級でいたじゃん。なんかほらこう、ねえ何とも言えない」
あーあーあー。あれだ、卒業式で漏らして号泣してた男子。
「いや、それ堀田だろ」
ああ、そうか。えーと、誰?
「お前、シマケンと近所じゃんか。近かったよ、確か」
近所で、堀田じゃなくて、漏らしても泣かない奴・・・。
「いや、そんなエピソード無いから」
漏らしつつも泣けない感じの・・・。
「泣きにこだわるなよ」
泣かないまでも漏らし気味の・・・。
「漏らしてないって」
!分かった。なんかこう、ほらあれな奴だ。なあ。
「う、うん。自分で振っといてあれだけど、多分それ」
まじでー!? 逮捕? 何やったの。学校でも侵入った?
「満喫で」
満喫強盗?
「んー、盗んだっていうか、ある意味そうかも」
じゃあ借りパクだ。
「いや、借りてないから」
ヒント!
「ええ? えーと、逃げてはないみたいよ」
盗んどいて逃げない・・・って、イナノリだ。
「居直りだろ。言えてねえし。まあ、そういう意味ではそうだな。でも、金盗ったんじゃなくて、漫画読んだりネット使ったりした料金とか払わなかったみたいだな。あと、飲み食いも」
タダ読みに食い逃げか。いや、逃げてないのか。どれくらいの額なの?
「50万くらい」
ええっ!? うまい棒、何本買えんだよ!
「お前の基準はそこか!」
やつァ、いッたいぜンたい何本食べたンだ?
「・・・一本も食べてないと思う」
いや、ぶっちゃけ三時間で千円くらい掛かるとして、満喫に24時間いたら、二ヶ月で50万か・・・。
「そういう計算は異常に早いな! そう、二ヶ月くらい居座ってたらしいな」
どおりで。
「何だ」
何処行っても、うまい棒が買えないわけだな・・・。
「全然違うと思う」
しかし、店側も何でほっといたんだろうね。
「そうなんだよ。新聞の取材に対して満喫店員が、何でずっと請求しなかったかって理由を『常連だから』って答えてるけど、そんなわけ無いよなー」
堀田得意の漏らし泣きで攻めたんだ、きっと。泣き漏らしか?
「だから、堀田じゃないってば」
マルセイユ、運河、15時28分。
男、ナイロン地のパーカーを着用の為、生地の擦れ合う音で遠くからでも現在地が分かる。
「いやーまいったよ、T字の電動歯ブラシが折れちゃってさ」
T字の歯ブラシ?
「え、あ、いや、髭剃り」
それで遅れたと。
「いや、折れた時点で既に間に合わないんだけどね。それから、会社に電話したんだ」
遅れますと。
「いや、『子どもに風邪ひいたみたいなんで、病院に寄ってから行きます』って」
病院に行ったんだ。大丈夫でした?
「何が?」
ていうか、行ってねえな、これ。
「で、電動歯ブラシの電池を買おうと」
そっちは歯ブラシか。買ったと。
「いや、帰りに買うから、もう帰らなきゃってことで」
ふーん。
聴いていると、言い訳ひとつせず淡々と行動を述べているに過ぎない。
開き直りとも言うが。
ソウル、キャッチー、12時37分。
路上試供品配りの女。
「お願いしまーす」
さっぱり要らないので一礼で通過しようとしたが、赤信号で遮られ受け取ることに。
「洗顔パウダーのサンプルでーす」
ああ、どうも。
「おにいさん、おにいさん、泡立てネットとか持ってます?」
ええ、まあ、いちおう。
「持ってる!」
そんなリアクションしなくても。
「今、スタッフも募集してるんですよ」
はあ。
「おにいさんもー、今の仕事さっさと辞めちゃってー、是非うちに!」
(信号を指差して足早に)いや、青なんで。
無茶言うなよ。
西安、時計製造工場、12時47分。
手書きの広告は誠実さ、信頼性に欠けるが、印刷された手紙もまた同様だ。
広告は印刷されて然るべきもので、手紙は手書きでなければいけない訳は何だろうか。
神奈川の僻地、住宅地の電柱の一本に、「2LDKのマンション。至急求む!」と書き殴ってあるだけで発生する、言いようの無い不安や不信はもはや隠しようもなく、間違い無く数千万単位以上の金額が提示されるという事実を思慮するまでも無く、告知媒体としての効果を疑わずにはいられない。
これは魂の叫びだろうか。
否、例え書かれた文字がみつお的な書体であっても、電信柱に巻きつける為の紐穴がパンチされた黄色枠のれっきとした広告に他ならない。
社名が印字してあったかは記憶に無いが、公共の場において売却する意思のある家主を募るものだ。
が、手書き。しかも、殴り書き。そして、量産されているらしく、次の電柱に、その次のにも付けられている。
以前、東東京ので目撃した、スポーツ用品のバーゲンセールを告知する貼り紙。
それは印刷物とはいえ、新聞に挟まれたチラシのように儚くも薄っぺらい粗末な媒体だったと記憶している。
会場まで案内の役を担ったそれは、順路を示すように壁に張り出されていて、隣には裏紙と思われる、やはり薄く黄色の紙。
夏休みの宿題を9月に焦って書いたような稚拙な文字で、「バーゲソ会場→→→」とある。
「ばーげそ」? 何かの符丁だろうか。目を細めると「ゲ」は「グ」にも見えてくる。
歩を進める毎に変化する文字列。言いようの無い不安に襲われる。
果たして、最後の一枚には「ベーグソ」と新しい単語に進化していた。
故に、手書き広告の信頼度・誠実さは低いと考える。
逆に、何らかの事件の加害者の家族が、被害者の遺族に宛てた謝罪文がHG楷書体、もしくは江戸文字だった場合、事件とは別の訴訟につながる危険性も孕んでいる。
これは、誠意の問題であって、仮に連続殺人犯の父親が、約52人の遺族に謝罪文を書かなくてはいけない場合ですら、一筆啓上しなくてはならない。
仮にその父親が筆不精で、大手コンピュータハードメーカーの工場長だったとしても、自社製品を使用するということは、不誠実極まりないということになる。
だったら、その容疑者(犯人と呼べる時までの日数を考えると、千日単位じゃ済まないだろうから敢えてそう呼ぶ)の母親が書道教室を開いていて、教え子たちに毎週毎週、「この度は不肖の息子が…」などと、家内製手工業的に量産を重ねるというのも、合理的ではあるが、やはり不謹慎だということだ。
日本人は特に努力という過程を重視する傾向があり、天性の才能というのは、存在しないことになっている。
努力という過程を重視するということは、人は平等であるという絶対条件の下に凡庸な人間を量産している。
普通の人々は、常に平均値以上を求められる。
結果、突出しないまでのスタッツが最終目標となるわけだ。
結論として、懸賞の応募は手書きで更にイラスト付きのものだけが、アバウトな抽選の結果、当選しうる可能性を孕んでいるということだ。
…何か違うな。
御所、立喰そば、8時15分。
自動券売機の前で2秒悩む。
かきあげ天そば、470円とはまるで日本道路公団級の価格。
厨房で不機嫌そうに佇む女性従業員、「食券こっち置いて!」と「そば」と書かれたトレイを神経質そうに叩く。
ほう、そう来るか。
初手の鋭さに構える間も無く一本。
前の客は「持ち帰り」と告げたにも関わらず店内用の器に麺を盛られ、客がそれを正すと「容器買ってよ!」と逆ギレ。
二打目、意外な角度からの打撃を貰い、やや気持ちが萎えてくる。
後続の客は「ネギ多めに」伝えると、「ウチのネギは多いんだよねー」と緩やかに拒否。
改心の一撃であるはずの打ち込みを片手であっさりと返され、心が折れてくる。
かきあげの具の多さには他店の追随を許さないが、特筆すべき点は何も無く、渋谷区地下鉄駅前という立地条件は果たして立喰そば屋向けなのだろうか。
しかし、何を食ったらそんな般若の面みたいなツラになるのかな。
古書店街、立喰そば、8時22分。
今朝は店主が不在らしく、たぶんその妻と思しき従業員のみ。
鰻の寝床を字面通りに具現化した店内は、既にそばを手繰っている客と、注文を告げようと厨房に向かう客が、立ち位置を換え換え、通路を譲り合うという半公共的空間を共有している。
そば、ください。
「はーい、そばね。何そば?」
きんぴらで。
「はい、お待たせー」
ってこれ、かき揚げじゃん。食ってから言うけど。
嗚呼、この儘喰い続ける哉。いやいや、きんぴらって言ったし。
これ、きんぴらって言わなかった?
「ああ、ごめんねー。天ぷらって聞こえたもんだから。はい」
おもむろに揚げ物ショーケースからきんぴら天を取り差し、器へと重ね入れる女性従業員。
え、あ、朝から揚げ物二丁も? いや、あの、そうですか。
後続の客と件の従業員。
「いらっしゃーい」
「ごぼ天そば」
「なにそば?」
「あー、きんぴら天そば」
「てんぷら?」
いやいや、それじゃ何の反省も無いぞ。
次から「ごぼう天」と告げようと思うが、その心中既に負け組。
暗渠、蜂須賀、23時48分。
スーツを着ない職種らしき中年男性三名。
聴こえてくるのは、アニメとコミックの話ばかり。
「ドラゴンボールの担当編集者は連載中に死んだ」
「新井薬師には素人でも確実に霊が見える心霊スポットがある」
それは漫画とは関係無いな。
・・・いや、それはそれで凄いぞ。
カウンター手前に座る男女。
右側に座る男はとある映画の助監督らしく、知っているかとタイトルをあげつらうが、店主知ってか知らずか曖昧な返答。
知らない映画の話は、今朝見た夢の内容にも等しいことに気付かない。
女、居心地悪そうに飲めない酒を口へと運ぶ。
奥に座る若い男と年配の男性。
帰り際に店から引き取った荷が、「巾着風の質感を持つ和柄の細長い包み」。
矢?といぶかしむも答えは無し。
真っ当なリーマンがひとりもいないという稀有な空間、今宵はこれにて。
巣鴨、電波系、12時45分。
一枚のチラシ。
【】内が表題で、「」内はコメントという構成。
本文に登場する一郎(51)、君枝(75)は共に仮名。
【ふすま】
「母が考えてチラシを作りました。」
この畳屋の代表である一郎の母、君枝が一生懸命作りました、とアピール。
一郎は君枝の手足となり、指図されるがままにイラレを操作している様子。
【障子】
「母が水できれいに洗ってふきそうじをしています」
B5用紙縦使いにもかかわらず、縦方向に横書きというスタイルで広告界に新風を吹き込んでいる。
・・・いや、ぶっちゃけ読み難い上に、どこから読み始めていいのかも分からない。
また、君枝だ。一郎の君枝に対する偏愛っぷりが痛々しい。
【たたみ】
「私共親子は、日本のイ草国産品しか使用していません」
一郎と君枝、どこか歪んだ運命共同体。
絶大な自信の中、「イ」がカタカナである疑問は隠せない。
【アミ戸】
「近くで仕事しているのでいつでも、どこでも、電話をまっています」
何の近くなんだ、自宅か?
職場にある網戸の近くだろうか。謎は深まるばかりだ。
【男女募集】
表記上、襖・障子張りを習得したい男女を募ってはいるが、
「プロ経験者おことわり → 意見が合わないので」
と、経験者は優遇されて然るべきなのに一郎のオレ原理主義で一蹴。
経験者であることは沈黙していないと仕事やりにくいな。
【月収】
「月収40万円-80万円 日払い18,000円」
これ、すごくない?
襖張って、障子張って、こんなに高収入!
・・・多分、もっと汚れな別の業務もやらされて、意味不明な諸経費等引かれて、手元には提示額よりも遥かに・・・。
そんな懸念に答えるべく、裏面(こっちが表かも分からんが)に真実が。
【家事一般お手伝いします】
「女性200人会」と自称する団体は、家事一般手伝いと銘打って、炊事・洗濯・掃除・買物・健康を、出張専門でサポートすると謳う。
え、出張専門?
気になる最後の「健康」の内容が、「マッサージ」、「体アカスリ」、「エステ」。
・・・もう明らかに内容がデリヘル寄りにシフトしている。
先程の月収に対する疑問に膝を打つような回答。
【女の子】
「女の子22才-40才までの結婚を考えている女の子の集まりです」
・・・派遣されてチェンジを言い渡されるデリヘル嬢(40歳)だって結婚を考えているんだ!
だから受け入れてあげて、という魂の叫び。
【月収】
「自宅店長男女(年不)募集(車必要持ち込み) 月収50万円以上 日払2万円以上 担当XX 090-XXXX-XXXX」
これはやはり「送り」じゃないですか。
不自然に高給な上に、車を持ち込ませてるし、何よりも連絡先が一郎とは別の担当者の携帯電話。
「自宅店長」というのは、「呼ばれるまで待機」という不文律にも見える。
このふすま・畳チェーン店の広告は、「一生懸命な母」とか「畳で高収入」を前面に出しといて、最終的にはデリヘルがメイン業務でしたというマジックなんだか、うっかりなんだか判断に苦しむ内容となっている。
これから畳屋を始めようという方、色んな意味で気をつけ。
北区、ダイナー、29時04分。
こんな気の触れた時間に何かを食べようとしている自分が全くもって解せない。
立地条件は酷く、右隣の店舗には「サウナ」と看板を掲げていて、店名が同じであることから経営者は同一だろうと推測できる。
引き戸を開けながらの入店と同時に、雰囲気のある中年男性が退店。
眼鏡、長髪、着流しという記号だらけの装いだが、逆に職業を特定できない。
・・・京極夏彦?
店内は魂が半分ほど抜けた佇まい。
壁に張り出された手書きのメニュー類は、既に変色を越えて異質化しており、新しい段階へと化学変化しつつあるようだ。
「っしゃいませー」
薄暗い奥から、劇団構成員にも見える従業員が、虚ろな店内に似合わない笑顔を振り撒く。
「ご注文お決まりですかー?」
卓上にある無駄に豊富なメニューは、油が乗り切ってベトついて貼り付いている。
せめてもの思いを丼に込めて伝える。
・・・月見そば。
7分後。
「お待たせ致しましたー」
・・・深夜、既に家族も寝静まり、何かないかと台所を漁った結果出てくる、賞味期限がかすれて読めない乾麺を止む無く茹でた如き一品。
醤油という概念を根底から覆してくれる闇のような液体。
姿は見えないが、厨房管理者から生み出される数々の破壊力に箸は止まりっぱなしだ。
奥歯と刻み葱が格闘中、フィリピン人と思しき女と、銀縁眼鏡を掛けた中年男性が入店。
「ナポリタンと、唐揚げ定食」
開口一番、男はメニューに一瞥もくれず、フィリピーナと一言も交わすことなくオーダーを告げる。
別の意味で期待が持てる選択に畏怖の念を抱きつつ、ただただ打ち震えるしかなかった。
後でこの店をネット検索してたら、
「東京都北区保健所 保健予防課」
なんて物騒なページに行き当たる。
更にページを閲覧していると、
「感染症について(結核感染症係)」
「アルコール関連問題相談のお知らせ(精神保健係)」
「精神に障害をお持ちの方のデイケアについて(精神保健係)」
そんなキーワードばっかりで、あの時自分は何て店に行ってしまったのだろうと、後悔し始めたら、
「栄養情報・健康づくり推進店(栄養担当)」のカテゴリーに店が名を連ねていた。
ああ、何だと胸を撫で下ろす。
・・・いや、何かが間違っている。
テルアヴィヴ、橋梁工事、19時56分。
「友達が実家に帰ったですよ」
完全に引越したの?
「うん。ただ、年収1000万の整備士との見合い話が進んでるのが嫌みたいよ」
1000万だけが売りだったらヤバイね。
「確かに。整備士って、出会い系が無いからな」
いや、『出会い系』はあっても、『出会い』が無いんだろ。
「そうか。で、その子はわりと独特っていうか非凡な感じで」
ピンクハウスとか着てたりすんの?
「いきなり凄い個性出させるねえ。あれ着ていいのは、森尾由美だけだな」
ピンクハウスってロリ系になるのかな。
「いや、むしろ『大草原の小さな家』系」
家系?
「いや、ラーメンじゃなくて」
横浜じゃないのか!?
「何でキレてんの」
俺だって、俺だってなあ、1000万だよ!!
「・・・」
計画的に、ご利用は。
富津、エンドユーザー、15時22分。
「幼稚園の頃、行った事あるよ」
誘拐されて?
「いやいやいや、遠足だってば」
ああ、ねえ。まあ人には言えないよねえ。
「じゃなくて、あのへんは本気で何にもないよ」
それは、緑いっぱいの大自然ってこと?
「そうそう、特に面白いところもプレイスポットも無いし」
あー、あれあるでしょ、何とか牧場。
「マザー牧場。BBQとかできるよ」
…いま、ビービーキューって言った?
「…いや、バーベキュー」
…ふーん。肉は牛?
「そう、牛がごろごろ居るのに、目の前でじうじう焼くわけ」
これみよがしに。
「明日は我が身ってのが体感できる」
牛がね。
「乳も搾りたい放題だし」
それは、家族連れ大変だな。お父さんだけ喜んじゃって。
「えー? 人じゃないから、牛の乳だからそれは」
野外プレイ!
「外だから夜は真っ暗だなあ」
もう夜気分か。
「夜の牧場は怖いなあ」
行かないだろ。
「置いてかれたら泣くなあ」
放置プレイ!
「で、次の日一番乗りの家族連れにあっさり発見されるの、恥ずかしい感じで」
恥辱プレイ!
「…続けていいっすか?」
ええ、どうぞ。
意外とプレイスポット。
ウランバートル、牛舎、24時18分。
「気仙人って居たの知ってる?」
知らないですね。
「気仙人が話すのは日本語じゃあないらしいね」
気仙沼の気仙ですか? 新沼謙治の。
「そう。仙台伊達藩に居たじゃない? 有名な、スペイン国王に会った人」
あー、知ってますよ、それ。えー、名前は出てこないけど。
「ハゼクラなんとか」
いやー、思い出せないですね。
「ナガマサとかそんな」
それっぽいっすね。けど、彼自身は不遇だったですよ。
「向こうでは家畜みたいな扱いだったらしいね。で、彼が連れ帰ったスペイン人の子孫が気仙人って言うね」
スペイン語っぽいんですかね。
「だいぶ似てるみたいよ」
後で調べると、支倉六右衛門常長とある。
洗礼名、ドン・フィリポ・フランシスコ・ロクエモン・ハセクラ。
奥州仙台藩主伊達政宗よりスペインとの通商貿易の交渉役を命ぜられ、サン・ファン・バティエスタ号にて海を渡り、ヴァチカンにてローマ法王に謁見を果たすが、「あー、そういうのはスペイン国王に一任してっから、うちじゃちょっとねー」との返答のみで、その後のレスは無く、挙句、国許では禁教と鎖国が発布され、どうにもならないまま帰国し、2年後に病没。
また、柴田郡川崎町支倉にある墓石には、「帰国後30年」に病没したとあるが、真偽の程は定かではない。
切ないのは、政宗に遣欧時の報告をした記録。
「南蛮国ノ事物、六右衛門物語の趣、奇怪最多シ(貞山公治家記録)」って記録されて、もう先方聴く気ゼロ。
太平洋と大西洋を7年掛かりで往復した偉業自体は、まあバティエスタ号航海士を称えておいて、支倉は何をしたかと言えば、ぶっちゃけ何もしていない。
いや頑張ったけど、結果無理でした報告だった上に、上司から「お前何言ってんの?」ってコメントされて立つ瀬も無し。
がしかし、現地には支倉らがエスパーニャ娘に仕込んだ子孫、ハポン(JAPON)姓のスペイン人が今日でも、年に一度の牛追い祭りを心待ちにしながら、祖母の作ったパエリアを口に運んでいるわけですよ。
気仙人とハポンファミリー、遠く離れてルーツは仙台。
シュリンプ、キャッシャー、20時56分。
初めて見る若い男性店員がレジ打ちだったのだが、購入した品の合計金額の表示も無い状態で、
「よろしいですかー?」
と支払を催促してくる。
それはタイミングとしてどうなんだ。
挙句、揚げ物ひとつをカゴに入れ忘れたのは店員自身であるにもかかわらず、
「おひとつお忘れですよ」
と袋に商品を詰めてる場所まで持ってきやがる。
お前ー!お前だ、お前!そうお前、お前、今レシートの名前を確認してやるからな!
・・・タカグ!
え? 「グ」? 「ギ」じゃないの? ・・・じゃあいいよ!
プラハ、ロジスティクス、15時28分。
絵的には確実に石綿。
チープな銀色の灰皿にはきっかり20本の吸殻。
フィルターは、白だったり茶だったり。
揉み消した後もなお白く漂う室内。
全体的に雑な雰囲気。
「これ、アスベストだっけ?」
いやー、っぽいですけど、どうなんですかね。
「前に一時問題なったけど、検査の結果違ったって話だよ」
え、そうなんですか? だったら安心なんですけど。
「一応健康とか気にするんだ?」
健康っていうか、痛いのとか苦しいのとか嫌じゃないですか。
「そうだね。肺ガンとか痛いかな」
いや、痛いでしょ。
数日後。
「やっぱりこれ、アスベストらしいよ」
まじすか!? 全然ダメじゃないですか。
「法的に問題の無い種類っていうねえ」
何だそりゃ。じゃあ、このままですか。
「そう、現状維持で」
何か、嫌じゃないですか?
「うん、君らはね」
まあ、そう言うと思ってましたよ。
「もしあれだったら言ってよ」
何を?
「まあねー、難しいよねー」
何か言ってるようで何も言ってない。
デパートメント、リペア、20時13分。
「今日の午前中、会社に爆弾しかけたって電話あったんですよー」
え。
「もちろん、パニックになるといけないから、客には知らせずに」
いや、あの。
「昼もドキドキでしたよ。いつも食べてる店より遠いところに行ったりして」
えーと。
「接客する気になんてなれないですよね。今日一日で聴こえない振りが上手くなりました」
あー。
「はやく帰りてえーと思いながら、時計ばかり見てました」
だいぶ間違ってるな、それ。いや、むしろ潔い。
イベリア、北関東、23時34分。
暗い室内で電話が鳴っている。遠くで激しい金属音が響く。犬の歩き回る気配。外は雨。
「えー、****さんから皆様へ伝言です。これから新しい女の子を連れて店に来るので、『奥さん、元気?』とか、『何で指輪はずしてるの?』とか、『お子さん、もう大きくなったでしょう』等と絡まないようくれぐれも注意して下さい」
箝口令・・・。
ゼネコン、ウォッカ、26時32分。
「この職場に来るまでプッシャーやってたんすよ、プッシャー」
えっ!さばいてた?
「********って錠剤を500錠くらい」
それって合法・・・?
「平気っすよ、俺の先輩からですもん」
いや、先輩って・・・。ていうか、何でそういう話を俺にふる!?
「なんかヤってそうじゃないですか」
どこが!
「Tシャツが」
・・・確かに印度の神々がサイケデリックですけど。
「新木場にクラブがあるらしいですね」
知ってる。行ったことないけど。
「今度一緒に行きましょうよ。あそこ、まじやばいっすよ」
何のイベントで?
「ゲイばっかり」
え?
「すんごいの」
いや、だから何でそういう話を俺に・・・。
「あー、女調達しねえと!」
どっちなんだ!
外資系ファーストフード店、喫煙席、28時58分。
窓越しに見える空は白々と明け始め、ガラスに面したカウンター席は等間隔に「お一人様」で埋められており、四人掛けのテーブル席には男女横並びが高確率で占めている。
視野は白く広がり、階下の禁煙席までも侵食する勢い。
隣席に座る黒いスーツ姿の男が、夜遊びに疲れきったのかテーブルに臥せている女の子に話し掛けている。
内容は、女の子が消費者金融各社から請求されている返済総額。
「いやー、もうびっくりするよー、まじでー」
「ぶっちゃけ、いくら?」
「・・・900万」
「…あー、ねえ。君だったらね、月70万くらい狙えるかな」
「ほんとにー? もおー、すぐ返したーい」
「キャバだとねそれくらいで、吉原だと・・・ねえ吉原って知ってる?」
おおお、展開超早い。
泡コースへご案内。
昼時、食堂にて。
「今通った人、何にでも酢入れるんですよ。普通、ラーメンぐらいにしか入れないじゃないですか。もう全部。自分が食べるもの全てにかけるわけですよ。うっかり隣に座った人、可哀想ですよね。食ってる間中、酢ですよ。ありえませんよ。味噌汁に入れた時は本気でびっくりしましたけどね」
げ。知り合い?
「いえ、食堂に来てる人を見てると楽しいですよ。特にひとりで来てるのが狙い目ですね。もう、風貌があからさまに他の追随を許さないっていうか、さっきの酢男にしたってそうですけど、他人とのコミュニケーションに問題を抱えてるっていうか、要はボンクラ率高いですね」
まあ、いろんな人がいるからね。
「ええ。あと、ミスター・カレーライスって呼んでるジェントルメンがいるんですよ。もう毎回毎回マシーンのようにカレーを食い続けるんですね。決まった時間に現れて、食券機に並んで必ず手持ちの小銭で食券買って、これは既に右手に320円を握り締めてるんですよ。グリーンのトレイに載せるスプーンの位置も決まってて、カレーコーナーでの立ち位置にきっちり並んで、床に順路がバミってあるのが脳内で見えるのか同じルートで必ず同じ席に座って、スプーンを持つ手首の角度とか同じで機械的に食ってますね」
よく見てるなー。席が空いてない時はどうすんだろ?
「そんなときミスターは、すっごい残念そうな顔をしながら背後に立ってプレッシャーをかけるんですよ。しかも巧妙に人を待ってる振りをしながら、時計を見たりね。その席を実力で奪うまではカレーが冷めるのも厭わないですね」
さっきから思うんだけど、君ね、声大きいよ。そこにミスターいるじゃん。
「まあいいじゃないですか。我々だって毎日同じモノを食べてたら、その食品名が付くんですよ。これは誰にでも起きることなんです」
あ、アンパンマン来た。
「それ、見た目じゃないですか」
人魚は声と引き換えに足を得たが、結果水の泡と消えたという。
秋の花粉症らしく、くしゃみ、花水、涙目、ぼんやりという諸症状が立て続けに発生。
最後のはデフォルトだとしても、つらい季節の始まりに変わりなく、春の樹木系とは異なり、秋の場合は雑草系が多く、イネ科もそのひとつという。
道端に生えているブタクサ、イヌビエ、セイタカアワダチソウ、メヒシバ、ねこじゃらしが憎い。
・・・いや、知らないし見たこともない。
最後のは兎も角、豚だの犬だの泡立ちだのメヒだの、メヒって何よ!
前日、明らかに菌を撒き散らしに出社してるとしか思えない、とびきり顔色の優れない上司と、人間としてそれ以上近づくことは無いだろうと思えるほど接近しながら、仕事内容について時間無制限で質問され、受け答えする度に、今自分は呼吸を止めているなあ、体臭がキツイとかそういう理由でも同じ事をするなあという心境を悟られないように、デスクに向かってメモる振りをしているのが災いしたのだろうか。
これ以上狼藉を働かれては仕事に支障をきたすと思い、花粉症にも効くと謳う鼻炎内服薬を一カプセル分だけ服用する。
小一時間が経過した昼頃にもなると症状はほぼ治まり、デスク横のゴミ箱は、中学生が寝起きするベッド脇にある屑入れの中を占拠している使用済みあれの如き様相を呈していたが、掃除婦の手によって既に撤去され、あれの消費量は限り無くゼロとなっていた。
効いた?
・・・更に三十分が経過。
「何かを得るには何かを失わねばならない」不文律が果たされたかのように頭痛、倦怠感、ふらつきが発症。
もうね、無理。
同封の説明書を開くと、「服用後、次の症状が現れた場合」欄に「関係部位:精神神経系=症状:頭痛・倦怠感・ふらふら感」との至極直球な記述があり、「服用を中止し、この説明書を持って医師又は薬剤師にご相談下さい」と投げっぱなしなコメント。
石だろうがヤクザ医師だろうが、そんな無機物やブラックジャックの世話にはならん。
だいたい有効な予防策が「野原に出掛けないこと」って何なのさ。
出掛けませんよ、野原なんかには。
・・・嗚呼、ド畜生、ツラまで痛くなってェきやがッた。
ソフトパックという罠。
煙草、置いてる?
「ありますよ! 置いてます!」
これはある? (吸い終わって潰した空のケースを見せる)
「クールのキングサイズ!…ありません! 置いてません!」
この辺で売ってるかな?
「コンビニにあるみたいです! (他の従業員から「行け」と言われてる) え? ああ、はい、買ってきますよ!」
あー、そう。じゃあお願いします。
「あ、はい! (別の従業員から制限時間を与えられる) え? まじすか? 3分ももらえるんですか! じゃあ行ってきます!」
お願いしまーす。
「(一瞬で戻って来る) えーと、そのコンビニはどこでしたっけ!?」
うーん、空回りしてるな。
1分後。
「(呼吸も荒く) お待たせ致しましたっ!」
走らなくてもいいのに。
「いえ、これですね!」
君の田舎では何て呼んでるのかは知らないけど、…これボックスだよ。
朝の駐輪場。
ホンダに跨っての切り帰し中、左隣に駐輪中のヤマハに軽く、ほんのやわらかタッチで接触。
瞬間、当たり前の様に自分サイドに倒れてくるヤマハ。
ホンダは既にサイドスタンドを畳んでいて、戻せず降りられもずなす術が無い。
目撃者はエアコンの室外機に横たわる猫だけ。
猫の手・・・いやいやいや、そんなファンタジーは捨てろ!
誰かー、いませんかー、ヒト希望ー、できれば若い男ー、後輩口調でー、笑顔で助けてくれそうなー?
・・・はーい、いませーん。
えーと、えー、えーっ!?
どうすんだこれ、どうすんのこれ!?
静かに重くしなだれかかるヤマハを全体重で押し返すも、ソールがありえないくらいに溝の無いウォーターシューズは嫌な方向に滑り始め、状況は悪くなる一方、朝にもかかわらず誰も通りすがらない閑静な住宅地。
美輪明宏さえ見たのに! この路上で! あんなにも激しく!
でも今は誰もいない。
美輪を軽く呪いながら転倒覚悟で、右側からホンダを降りてみる。
ヤマハ+ホンダの車重を腰で支えながら、ホンダを左手だけで抑え、それ以外の人体パーツでヤマハをあるべき方向へと押す。
逆ハンドルでロックしているせいか、なかなか安定しないヤマハを苦々しく思いながら、定位置へと押し戻す。
・・・やった、やったよ、ねえさん、無かったことにしたよ。
僕らみんなリセット世代だよ。
全てを忘れ、駐輪場を後にする。
まあ、美輪に助けられても嫌かな。