ミュンヘン、E500 アバンギャルド、19時42分。
何故か阪神金本の運転するメルセデスの助手席に同乗している。
後部座席には、現在モンティ・パイソン内で唯一亡くなっているグレアム・チャップマン。
数十メートル彼方には、検問を行っている警官の姿が見える。
推測だが、金本はアルコールを血液中に直接注入している為、呼気からは何も探知されないという絶大な自信があるようだ。
三名の警官から執拗な検査を受けた上に、踏切の真ん中で止まれと命じられる。
チャップマンは、「ロシアは更に面倒だ」という趣旨の発言をする。
ロシアに行くの? このふたりと?
ああ、それとよいお年を。
宇田川町、ゼラニウム温泉、14時47分。
カウンターだけの店内。
業種は言うを待たない。
隣席に座る男女。
女は先日、携帯電話を職場に忘れ、男に「電話番号がどうしても思い出せなかった」と話す。
男 「だからさー、俺の携帯下2桁は六本木駅の番号と同じって前に言ったじゃん」
え? 何それ? 君、筋金入りの鉄ちゃんか?
女 「えー、知らないよー。知っててもそんな覚え方出来ないよー」
お前、少しは疑問に思え。おかしいでしょ、その理屈。怒れ!
男 「六本木駅さえ分かってたら、今日の待ち合わせも上手くいったのにね」
既に話がおかしな方向に。
女 「ごめんねー、でも時間通り来てたんだよ」
渋谷は広いから、場所決めないと厳しいでしょう。
男 「そうだね、TSUTAYAの3階から見てたよ」
お前! キャラがおかしい! 人としてどうかと。
女 「何だー、見てたんだー。あははは」
・・・終了。
男は人格破綻者だし、女は愚鈍極まりないのだが、傍目に見ると仲睦まじげ。
仲良しカップルに気をつけろ!
河田町、尾張徳川中屋敷、25時24分。
四ッ谷門から早駕籠にて移動中、流れ去る夜景を眺めていると、東京女子医大付近にて、昏倒している青年二名を目撃。
介抱しているのは赤い制服の中年男性、どう見てもピザデリバリーな制服ながら、ひとりの青年の安否を気遣っている様子。にも見えるし、衣類をまさぐって財布を盗んでいるようにも見える。
周囲に警官、警察車両の姿は無く、事件直後もしくは真っ最中だろうかとも思う。
聴けば、この付近には細菌研究所があるらしく、だとしたらリアルなバイオハザードだ。
あれ? 窓開いてる? ねえ、運転手さん。運転手さん、聞いてる?
仙台藩下屋敷、昼下がりの公園、12時27分。
ベンチに座り、煙草を吸っている。
吐き出される煙に関心があるのか、特有の足取りで寄ってくる鳩。
君らは滅び行く種かね。
隣のベンチには、スーツが不意に汚れてしまったのだろうか、水をかけながら神経質そうにハンカチで擦り、日向に立って乾かそうとしているらしく、やや両手を開きながらぼんやりしている男性。
もうひとりいる連れの男性の発言には、東北寄りな訛りがみられ、ふたりは自社の社長に対しての不満を漏らしている。
「あいつ使えねえよ」
「使えませんねー」
「全然駄目だよ」
「駄目っすねー」
先輩の放つ愚痴にも似た発言を鸚鵡返しに繰り返すだけの後輩という行き場を失った展開に。
日も高いうちから、鳩を肴にワンカップをあおる老人たちの前を、息を止めながら通過して公園から出る。
隣接するビルの前にはスーツを来た男性と女性、赤いジャケットを着た老人。
え? 赤? 還暦仕様だろうか。
スーツを着た男は、路駐されたバンに荷物を積み込んでは降ろしている。
女、抱えた書類を眺めたり、腕時計を何度も見たりと人待ちしているような雰囲気。
バンのロゴを見る限り、男は施工会社から派遣されているようだ。
突如、老人の怒声が響く。
工期の件で揉めている様子。
推測でしかないが、ビルのオーナーである老人がテナント業者、もしくは施工業者に向かって、「今月中に工事が終わるなんて言っておいて話が違うじゃないか」とクレームをつけていると見る。
老人の荒げる声の大きさに、脳溢血という単語が浮かぶ。
数時間が経過、老人と男女のやり取りは劇的な展開を見せ始め、いつの間にか現れた年配の男性が老人を羽交い絞めにしている。
老人のはだける赤ジャケ、羽交い絞め男のずれる眼鏡。
傍にはアタッシェケースから書類を取り出す女と、老人の発言に合槌打つことも無くただ聞いているだけの男。
何時間もかかって何をしていたんだ、君ら。
あんなにも眼鏡がずれた新キャラを待ってたのか。
更に数時間、事態は収束したようで静かになる。
あ、その前に救急車のサイレンが聴こえたから、生物学的に解決(※)したかな。
※長期に渡る訴訟中、訴人もしくは被告が年々高齢化し、やがて他界した時点で閉廷するという釈然としない解決。
東京駅構内、和的ファーストフード店、9時00分。
レジにて鮭しらす粥をオーダーし、要求された金額を支払う。
カウンター席しか無いようなので、正面のスツールを選んで座る。
女性店員、厨房より登場。
「食券お預かりしまーす」
・・・? (とりあえずレシートを見せようとする)
「まあ、いいや」と呟き去る。
新しいスタイルの接客かと思う。
先生への手紙 「北品川」
お疲れ様です。
長年の深夜徘徊癖が抜けず、気付けば愛・地球博終了後に競売待ちで保管されているモリゾーの中だったという先生、うっかりキッコロの中だったらと思うと安眠もままなりません。
先生、この冬「万座であいのり」ですか。
語感から淫靡な響きがびしびし伝わりますが、妄想は何人も侵害しない自由な意志表現ですのでお気になさいませぬよう。
聞けば、この万座、開湯は古く、坂上田村麻呂がこの地で鬼退治をしたという伝説も残っているというじゃありませんか。
是非、新メンバー鬼を加え、リアル地獄絵図を再現して頂きたく。
それでは、きもち脆い建造物を咳払いしながら背中で押してみたりしつつ、場外馬券売り場で「おうましゃん」と連呼しながら、京浜急行青物横丁駅でお会いしましょう。
先人への手紙 「ビルケナウ」
お疲れ様です。
まずは修理に出していた携帯電話の社会復帰をお目出度う御座います。
思えばストローと間違えてドリンクに浸してみたり、定期券と取り違え自動改札にねじ込んでみたりと荒行が絶えない先生の携帯電話も立派になってのご帰還、さぞお喜びのことと思います。
さて、ていうか忙しい毎日、いかがお過ごしでしょうか。
わたくし、自宅でゲーム機に携わる時は、部屋の真の闇に近づけ、非生物を殺戮する際の感極まった絶叫を聴かれまいと大音量でプレイしています。
だいぶ間違ってる気もしますが、まあファミコンの時代に比べたらかなり自由な展開になってるとご理解頂きたく。
要は、突っ込み不在で何処までも墜ちてゆくという駄目な大人見本市です。
しかし、触ったことも無いと仰るプレステ本体が、自宅に三台もあるというのも素敵な話です。
週末はカツオも大忙しです。
寒鰤、戻り鰹、旬があってこそ花であると言えましょう。
それでは、夢見がちなリストラ対象者を生温かい目で見守りながら、整体医院でお会いしましょう。
ゴルゴタ、ロンギヌス、23時59分。
「えー? Xデーってクリスマスのことじゃないんですかあ?」
なるほど、言い得て妙とはこのことで、ジーザス・クライスト先生の生誕であることは歴史上の事件のひとつと言っていい。
「何かが起きる日」をそう呼ぶならば、あながち間違いではないことに気付かされる。
「本日、クリスマスコスプレ開催中で~す」
その男、ミニスカサンタからの接客を想像して入店するも、予想を遥かに裏切って、磔刑に処されたキリストのコスプレを90分に渡って見せ付けられ、注がれる赤ワインですら鉄の味がしそうで、いっこうに進まない。
「イエスちゃんで~す。よろしく~」
お前ー!荊の冠に薄着なのは良いとしても、付け髭は取れ!
あと、背中の十字架、かなり邪魔! 動くたびに当たって痛いし!
両手首を釘で打ち抜かれてるところまで再現する必要なんて金輪際、未来永劫無いから!
お前じゃなくて、マリア呼んで来い!
…嗚呼、床に飛び散ってるこの夥しい量の赤い液体は何?
ワインでしょ? ワインだよね?
Wishing You A Merry Christmas.
台無し。
新橋、高確率でどうでもいいこととされる共通項、27時28分。
終電と呼ばれる気の早い乗り物はとうに過ぎ去り、金銭感覚に過敏な大人で溢れる駅前。
経営母体の先行きがどうにも不安なファミレスに入り、四人席をあてがわれ、卓上のメニューを開く。
サンボマスター似の店員がオーダーの催促に現れる。
「ご注文お決まりでしたらどうぞ」
無言でメニューの左下を指差し、手で追い払う。
時間の経過を確かめるようにメニューを熟読。
チョコレートサンデー。
へえー、サンデーって"SUNDAE"って書くのね。
この読みでハングル表記だと「スンデ(腸詰)※」になる。
チョコ腸詰。
罰ゲームですな。
※スンデ SUNDAE
豚が死ぬまで数万回排泄行為を繰り返す器官である腸に、葱、餅米、豚肉ミンチ、豚の血等を韓国特有の調味料と混ぜ合わせ、もういいってくらいに詰めたもの。
日本人には幾らかハードルが高いソウルフード。
本所、高家肝煎、19時47分。
50代と思しき女性店員を呼ぶ。
不慣れな手付きで伝票に書き込もうとしている。
釜揚げうどん(小)って量どれぐらいですかね?
「もうこんなちっちゃくて、足りないですよ」
じゃあ(中)で。
「はい、畏まりました」
生卵を別で貰えますか。釜玉にしたいんですが。
「なま・・・たまご・・・かま・・・たま」
やり取りを見ていて堪りかねたのか、奥で控えていた40代で上役らしき女性店員が答える。
「ええ、大丈夫ですよ。(厨房に向けて)生卵いいですよねー? あ、大丈夫です」
はい。あと、日本酒をひやで。
「冷酒ですか?」
いや、冷たくもない方の。
別の店員、今度は何だという装いで、「常温ですか。大丈夫ですよ」と即答。
じゃあ、それで。
「冷酒入りまーす」
・・・。
経験則から言うと、ひとりで入店してから注文時に品名以外のことを尋ねたりする行為は、店そのものの歯車を狂わせる。
「そんな日もあうよ」なんて肩を叩かれたら即座に払い除け、事故現場の如くガラスの破片が散乱したアスファルト目掛け、有段者的勢いで躊躇無く背負い投げしてるところだ。
大体何だ、「あうよ」って。
いや、論点そこじゃないから。
西東京、フレンチクルーラー、18時57分。
黒を基調としたボディコンシャスな衣類に身を包んだアンゼンティーナ三名。
スペイン語の応酬は、店内の空気を独占的に支配している。
帰ろうとする塾帰りの中坊を捕まえて、
「点数持ってなあい?(日本語)」
と、ポイントカードをカツアゲ。
無言でカードを渡す少年。
「お母さんによろしくねー(日本語)」
口が軽いと少年の家族に危険が及ぶ事をそれとなく示唆するのも忘れない。
以上の経緯を他人事と見守っていたら、うっかり視線が合うこともしばしば。
剣呑、剣呑。
先生への手紙 「有楽町」
お久し振りです。
物珍しそうに太陽を凝視して以来、深夜徘徊癖が抜けない日々が続きますが、いかがお過ごしでしょうか。
まずは、煮干の詰め合わせをお送り頂き有難う御座います。
匹数を数えながら、パッケージのグラム数との差異を電子計量器で確認し、カスタマーセンターへのクレーム要綱を準備中です。
妻帯者でらっしゃる職場上司との「短い駆け落ち」とのご発言ですが、アフター5は心して臨まれる様ご進言致します。
鍵を忘れ自宅に入れず有楽町までやって来た上司の妻に二人でいるところをうっかり目撃され、銀座和光で購入した護身用の刃渡り30センチもあるサバイバルナイフが先生の・・・、いや、申し訳ありません、この辺にしておきましょう。
更に一緒に連れられてきたご子息の毛髪が怒りで針金のように硬質化し、次から次へと先生目掛けて・・・、何だか知りませんが、毛針?
職質、いわゆる職務質問は言わずと知れた公開プレイと信じております。
二回程度、歌舞伎町にて囲まれ、「お兄さん、何か持ってないー?」と荷物を全開け、財布も全開けって官憲・・・、いや、警察の方からカツアゲ・・・、捜査協力している気分を満喫できます。
ええ、市民の義務ですから。
もう「衣替え」って単語だけで犬・・・、いや、お巡りさんを想像し、すっかり冬服になった奴ら・・・、もとい、彼らの右腰に刺さっているスミス&ウェッソン社製ニューナンブ38口径・・・、拳銃に繋がる紐でも切ってやろうかと、いや、あの、落としたりしたら大変だなと思う今日この頃です。
それでは、湯豆腐などで口内火傷などなさらぬよう、予めブロック状アイスでも詰め込んでご自愛下さい。
百人町、山と渓谷、23時45分。
山手線外回り電車内、隣に座る女を責め続ける30代らしき男の声が低く響く。
女は男の問い掛けに「ええ」「はい」と答えてはいるが、声が小さく聴き取れない。
いや、別に聴かなくてもいいけど、読んでいる文庫本が一行も進まないので寝ながらヒアリング。
「さっきと言ってること違うじゃねえか。理屈が合わねえんだよ」
「・・・」
「タナカがいるから着いて来たんだろ。大体おかしいじゃねえか、いつもと反対の方向に歩き出すなんてさ」
「・・・」
「俺よりもタナカを選ぶんだな、お前は」
電車は高田馬場駅に到着、「・・・お疲れ様でした・・・」と、座席から立ちかける女。
「何処行くんだよ。池袋まで行くだろ」と、女の腕を掴んで座らせる男。
「・・・」
「何で今日俺を誘ったんだよ。タナカでいいじゃんかよ」
「・・・」
「俺のことはどうでもいいんだな」
「・・・」
「タナカがいいんだろ、結局」
「・・・」
何て粘着質。
女の敬語を用いた発言から察すると、ふたりは同じ職場だろうけど、こうなったらもう会社に行きたくないなあ。
タナカ含め、総辞職でお願いします。
白河、格安チケット、15時49分。
季節はずれの冷菓、アイスバーの「当たり1000円プレゼント」と印字された棒を拾う少年。
もれなく蟻とアイスの残り付き。
少年、コンビニ店頭の水道を勝手に拝借し洗浄。
当たり棒には「センタンまで送ってください」と刻印されている。
先端?
さあて少年、宛先探しが難しいぞう。
少年が拾ったアイスの当たり棒に記された「センタン」とは、チョコバリを販売している冷菓メーカーだった。
そして、「当選者の方に」とある。
少年、もれなく当たると思い込んでいた為、ひどくがっかり。
帰宅後、自室にある保存状態に問題があった当たり棒に、あり得ないサイズの蟻が群がっていて、二度がっかり。
西麻布、油田発掘業、19時43分。
明らかにPCで映画観てます風に消灯したオフィスから、年齢不詳の従業員がだるそうに出てくる。
開口一番、コメントもしようがない質問を投げられる。
「このドロドロした商店街どう?」
どうって、他は行ったこと無いし。
「オーナーの息子がこの上でバーやってるんだ」
へえー、今開いてんすか?
「いや、夜十二時くらいからだから」
やる気無いっすねー。
「まあドロドロしてるけどまた来てよ」
何がドロドロしてるのか、と締め上げてでも吐かすべきだったろうか。
古書店街、立喰そば、8時23分。
微妙に混んでいるにもかかわらず、店主のみが厨房にいて女性店員がいない。
年老いた外人、やや目方重視の中年女性の後に並ぶ。
外人は背中を丸めながらゆっくりと小銭を数え、滑らせるように支払を済ませる。
目方重視は異常な速度で麺を平らげ、足早に去ってゆく。
初めて若い女の客を見る。
いうても飲食店系の白衣を着ていたから同業には違いないが。
何故か半笑いだったのが気になるだの、ならないだの。
白衣に半笑いとは、多分にしてリスキー。
飛鳥、バスガイド、16時47分。
陽射しで長い陰を落とす店名のロゴ。
窓際の席でビールが飲みたくて、陽も高いうちから止まり木に座る。
ブロンズグラスを指差しで頼むが、出てきたのは普通のグラス。
店員を呼び止めて交換を要求する。
「何を言ってるのだろう、このアフロの出来損ないは」と不条理な表情を貼り付けたままカウンターへと引き返す店員。
程無くして出てくる青銅製グラス。
金属と唇が触れ合う以外、ガラス製と何が違うというわけでも無し。
薫り高きアロマが、腹いせのママレモンに感じてしまう器の小ささ。
蝦夷、シガークラブ、12時08分。
価格破壊を通り越して崩壊を起こしつつある酒類販売店。
店内を物色し、インスタントな味噌汁を選びレジの前に立つ。
刹那、ブレーキ音が激しく響き、自転車に跨った老婆が店頭から店員を呼ぶ。
「ここで会計いい?」
いいわけないだろ!
婆ァ!自転車から降りもせずに何だ!
股からサドルが生えてんのか!
店員も従うな! 札持ち帰って釣りを持って行って渡すな!
誰もいないレジの前でぼんやりと「あさげ・ゆうげ」を持ってる俺は何だ!
柳家小さんかっ!?
四代目柳家小さん門下生、五代目柳家小さんが前座名「栗之助」だった時代のエピソード。
1936(昭和11)年、二・二六事件、当日。
小さんは反乱部隊屯所に一兵卒として配属されており、酔狂か現実からの逃避か、直属上官から「落語をやれ」との命令。
「子ほめ」なる演目を一席打ったが、反乱の最中という現実からは逃れられず、張り詰めた糸ギリギリな兵士達が笑う筈も無い。
「オイ噺家ッ、面白くないぞッ!」との罵声に、「そりゃそうです。演っているほうだって、ちっとも面白くないんだから」と返した。
婆ァ、いや、お婆さん、もう帰って下さい。
さくっと話を切り上げて店員を解放して下さい。
私に会計をさせて下さい。
いつまで経っても、小さんの味噌汁が飲めません。
涙無しでは飲めません。
ちっとも面白くありません。
ブルックリン、脊髄損傷、18時42分。
「古書店で購入した書籍には様々な物体が挟まれている」とは前回の言だが、無理ぐりに連作。
今日の栞。
A4コピー用紙を半分に切った裏紙として使用されている。
折り畳まれた半紙をいけないと知りつつも開いてみる。
--------------------------------------------------------
高木様
3月分 100
4月分電気代 110
3月~4月水道代 2,822
合計 2,932-
3,032-
よろしくお願い致します。
広瀬
TEL 3647-601X
--------------------------------------------------------
黒ボールペンで書き付けられたメモライズ、ていうか署名入りの提出書類らしき紙切れは、不用意にも電話番号付きだよ、広瀬。
いや、むしろこの個人情報の記載された用紙を放棄したかつての所有者は高木である。
高木と広瀬は、家主と店子の関係か。
よもや広瀬も栞代わりにされ、他人に自分の光熱費が曝されていようとは夢にも思うまい。
下宿先では使い放題だろうか、電気代が異様に安い。
しかも「3月分 100」、合計下の金額「3,032-」だけが鉛筆書きで、四月末日当時、高木から「3月分はどうした」と執拗に責められ、算出したのが100円という、やるせない広瀬の日常を暴き出す。
これ、たぶん平成じゃないな。
裏面白紙部には鉛筆でのメモ書き。
--------------------------------------
奥の方 オフィスタワー
13階で
第一制作
--------------------------------------
何やら業界テイストな走り書き。
黒電話の受話器を首で固定しながら、不案内な打ち合わせ先を告げられ、「どっち? え? 奥の方?」と書き付ける高木の姿が目に浮かぶ。
「第一」の「第」は略字なので、若年タカギではない模様。
「おくのほう」ではなく、「おくのかた」と詠むとやたら淫靡な感じに響く。
・・・見様によっては、サラリーマン川柳のようでもあるな。
古書街、立喰そば屋、8時27分。
そばを下さい。
「きんぴらー?」
ええ、ごぼうで。
言わずもがな。
今朝は中年女性従業員のテンションが無駄に高い。
「いらっしゃいませ」と言おうとしてるらしいが、「うわいー」にしか聴こえない。
もう、毛穴から未知のエネルギーがほとばしっているようだ。
燃え尽きないことをただただ祈るばかりだ。
真砂、子守唄、20時54分。
古書店で購入した書籍には様々な物体が挟まれている。
大方は栞、それも紙製のやくたいも無いものだが、稀に「飛行機の半券」、「住民票の写し」、「給与明細」というプライバシーフリーな方がいらっしゃるようだ。
今回の栞代替品は、「拾壱月」のスタンプが押されている天狗が持つ扇型をした鞍馬山ケーブルカーの半券が一枚。
・・・いや違うな、「鞍馬山内の諸堂や施設」とあるから、寺院の参拝チケットだろうか。
「参拝記念」と記載されており、「ケーブルカーを片道ご利用していただきます」と丁寧ながらも断定口調で選択権も与えられない様子の上、ケーブルカーに乗る際には、「この花びらを係員に呈示」しろという。
見せませんよ、花びらは。
半券が手元にある以上、ケーブルカーを利用せず、自らの脚力をもって下山するという暴挙に出ているのだろう。
ケーブルカーで登山するような急勾配、未開拓なルートを脚で下るというのはどの種のプレイなのだろうか。
天狗・・・?
中京、あぶらとりがみ、15時09分。
男、戦国武将のような名前を冠するが声質は常に女子トーン、寧ろアニメ声という36歳。
「家にPCが7台あるんですよ」
それで何をするんですか?
「バイトでゲームのCGをレンダリングしてます」
それ、ゲームの名前聴いちゃいけないんですよね。
「その通りです」
凄いですね。ずっと家で作業してるんですか?
「そうですね。請負なんで、嫁と一日中顔付き合わせてますよ」
奥さんは手伝ったりしないんですか?
「あれは、ダメです。人じゃない」
え? 何に近い生き物ですか、それは?
「嫁がとにかく凶暴で、怒るとハードディスクを顔めがけてオーバースローですよ」
まずいですね。
「人間、顔の前に何か飛んでくると必ず避けますからね。分かってて顔に投げつけてくるんで、その辺は優しいですね」
いや、優しくない。
ハングル童話「フンブとノルブ」
家族が十一人もいるくせに一家を養うという概念が甚だ欠しい弟フンブは、父の死後、遺産を相続した兄ノルブから当然のように家を追われる。
ある日骨折した燕を拾ったフンブは、定職も無く大概は暇なので、家族総出で手当てし完治するまで看護した結果、「逆・つばめと王子」状態かどうかはやや乱暴な表現だが、兎も角、燕は謝礼として嘴に咥えた種を一家に渡す。
一粒の種はやがて芽を吹き、大きく育った実には大方の予想通り金銀パールがざっくり詰まっていて、フンブ、一気に勝ち組に。
その後の兄一家が凋落し弟の世話になるとかそういう類の描写は無い。
もしくは欠落しているのだろうか。
童話として見ると、「狡猾で裕福な兄ノルブ=悪」、「清く貧く美しい弟フンブ=善」というファンタジーが込められているが、現代韓国社会では「父の死後相続権を行使した結果、遺産を合法的に所持し、肉親ですら愚鈍で経済能力が無いと判断し斬り捨てるという経営者的ロジックを持った勝ち組」として扱われているという。
いいひとは勝ち組たり得ない。
満州、高級タクシー、12時45分。
「昨日、石原を見たよ」
誰? 裕次郎?
「いやいや死んでるし。弟だよ」
ああ、良純か。電気技師。
「それは息子だから。何だ、電気技師って」
でんきをあれこれ。
「関係無いから。天気予報士だし」
うーん、伸晃?
「いや、それは長男。わざと言ってるだろ」
宏高!
「え? 誰?」
三男で議員。
「知らんなー」
えー、延啓?
「知らんていうか、その前に読めん」
四男で画家なんだ。
「へー、じゃなくて都知事の話だよ!」
青島?
「もういい」
ごめんごめん、鈴木だったよね。前屈し過ぎで辞めたひと。
「それ違うから」
いいから早く慎太郎の話してよ。
「・・・(深呼吸)」
都庁に行ったの?
「そう、仕事で」
公園で撮影してなかった?
「何の?」
新宿中央公園ってだいたいAVの撮影やってる。
「だいたいはどうかと思うけど」
メッカですよ。
「まあカメラ持って2人いれば撮れるしね」
ぶっちゃけ、男ひとりでもいいし。
「それは絵的にどうだろう」
世の中にはいろんな癖の人がいるからね。チャイナ服がいいとか。
「それあんたやろ」
いやいやいや、こないだ上司とあやうくチャイナばなしで盛り上がりそうになった。
「チャイナばなし!」
別に中国行った話でもないのにね。
安芸、プロペラ機、20時57分。
「カキ鍋食いに来ないか」と誘われて断る理由があったとしたら、それは幼い頃近所の牡蠣に追いかけられたとか、牡蠣似の上司にセクハラされたとかそういう苦い思い出も絡んでいるのだろう。
当然そんな記憶は無く、酒精がそこにあれば床に伏せっててようが這ってでも行く畑の住人なのだが、その実、特別な思い入れが無い分、安芸からの空輸という何か海外製品にも似たときめきを覚えるフライングオイスターだったりする。
湯気で室内は視界不良となっており、既に牡蠣鍋が出来上がりつつあるのだが、その前に網で炙られた焼き牡蠣を、二足歩行してるとは思えない動作で喰いながら、不本意ながら発泡酒、進んで泡盛を戴く。
あれっ? これ何だかさっきより生っぽいんすけど。
「あー、焼き足りなかったかな」
まあでも、広島から空輸だし、生でもありですよねー。
「えーと、ごめん。常温で送られてきたし、生食用でもないんだ」
死?
トリニダート=トバゴ、近習頭、25時14分。
胃酸過多な様子なので胃腸薬を飲もうと薬瓶を手に取り蓋を回すと、フライング気味に一錠、床へとダイブ。
うっかり。
残数を確認すると、四錠飲まねばなるまいが三錠のみ。
三秒ルールは既に不適用だが、黙って拾い病的な手つきで塵芥を払う。
キッチンに常備している水をグラスに注ごうとポリタンクを手に取るがやたら軽い。
うっかり。
夜中の住宅街、黒いニットキャップを被った男ほど不審な存在は無く、松阪か近江か米沢を常食してそうな大型犬に吠えらながらもボルヴィックを購入。
ボルヴィックって言語のスペルでは゛V"から始まるのに、管理上の問題からか途中だけが「ヴィ」だ。
ん? ヴィダル・サスーンはいいのか。
あ、シャンプー切らしてたー。
うっかり三度で本日終了。
コペンハーゲン、縦列、20時48分。
システマティックに並ばされている。
選んだ品々が次々と移動させられていく度に響く電子音。
同じ数字が幾つも並んでいる。
「あ、すいません!卵を二度打ちしてました!」
えーと、・・・どうしたらいいすか?
「向こうにカウンターがあるんでー、(袋詰のジェスチャーをしながら)ってやってもらってていいですか?」
はあ。
「(駆け足で戻り)すいません!二度打ちしてませんでした!」
行れれなかったことについて謝罪したエネルギーは何処へ行くのだろう。
小石川、とんかつ販売店、19時56分。
店頭にて持ち帰りの特ヒレかつを購入。
横幅の広い店員に、副菜としてひじきを注文する。
あと、ひじき(「ひ」にアクセント)ください。
「はい? ひじき(全体的にフラット)ですか? あいにく売り切れです」
・・・じゃあ何があるんすかあ?(言い直されたことで立腹)
「えー、惣菜ですと豚の角煮ですね」
じゃあそれ。
「はい、角煮ひとつと」
この辺に酒屋ってあるかな?
「えー、そこを左の方に行くとありますね」
(向かいのスーパーを指差しながら)あの店には置いてない?
「えーと、洋酒ですか?」
んー、ビールとか。
「そうですね、置いてるときと置いてないときがあるんで、なんとも」
・・・。
なんだそりゃ、てめえの脂とてめえの肉で新メニューを増やしてやろうか。
そんなすさんだ気持ちでお届けしております。
気付けば、コンビニの新商品の名が説明調になっている。
民俗学的に言うと、自然現象が体言止められて妖怪となるのに似ている。
「あれ?」
どうしたの?
「何か聴こえる」
ああ、このざわざわ?
「そう!何これ!?」
カイジ。
「え? 誰?」
知らない? 福本伸行。アカギでもいいんだけど。
「だから誰?」
じゃあこうしようか、妖怪ざわめき。
「・・・」
ざわざわしてるからざわめき。ものをもらうからものもらい。
「つまり・・・、小豆洗いや垢舐めの類は、形容詞、動詞の名詞化に過ぎないのね?」
その通りだよ、マリーア!
「誰だよ」
名古屋帰り。
「いい感じでしたよ、ひつまぶし」
鰻の茶漬けな。
「あと、おっぱいパブ」
それって楽しい? 乳がこのへんに来るでしょ。なんか生殺しっぽくない?
「ノリ的にはキャバクラなんですよ。で、ショータイムの時だけ、シャツ脱いで、膝に座ってくるんです。もう、おっぱい天国」
わからんなー。
「マットヘルスもいきましたよ」
なにしに行ってんだか。
「やられましたね」
ボられた?
「いや、いい意味で」
・・・ああ、ねえ。
「味噌煮込みうどんもうまかったっすよ」
名古屋って名物多いよね。
「名古屋コーチンとか。ういろうとか」
味噌カツ。あと、あんトースト。
「なんすか、あんトーストって?」
向こうって、喫茶店の激戦区で、いろいろサービスが凄い。
「ああ、モーニングで食べ放題とか」
そう、一日中モーニングってあるし。・・・なんか見失ってるよね。
「いろいろありますよね。あと、おっぱいとか」
いや、それはどこでもあるから。ああ、そういや、名古屋の知り合いってひとりもいないや。
「僕もいませんよ」
だって、友達のところに遊びに行ったんじゃないの?
「いや、地元の友達の出張先が名古屋なんですよ」
じゃあ純粋な名古屋人じゃないんだ。
「純粋名古屋人のおっぱいは見ましたけど」
ああ・・・ねえ。
ソマリア、保線区、8時18分。
朝、有楽町線市ヶ谷駅を過ぎた辺りだろうか、電車の扉に向かって立っている黄色の帽子を被った男子小学生は、手に持った白いビニール袋を自らの顔に寄せ付けて、中年男性が発するそれのように幾度かえづくと、かつて朝食だった物体をリバースしているのだった。
・・・いやいやいや、ていうか具合悪いんだったら休みなよ。
彼の手には例の袋と、爪が白くなるくらいに握り締めた五十円硬貨。
彼にはひとつの成さねばならない使命があったと想像する。
五十円硬貨を拾った彼は、その善意から交番に拾得物として届けようとする。
交番にいる警官は「君にあげるよ」と言う。
彼は素直に五十円を受け取る。
ある日彼は千円札を拾う。
五十円という単位は手続きが不要であるということを既に知っている彼は、一度両替をして交番めぐりを画策する。
果たして少年の狭量な行動範囲で、二十箇所も回れるだろうか。
くだんの小さな彼は、麹町で降りていった。
彼にとっては最後の仕事だ。
これを終えれば、かつては野口だった紙幣が全て彼のものになるのだ。
例え嘔吐感でいっぱいでも。
いや、やっぱすぐ家に帰れ。