嵯峨野、ヴィンテージ御守り、19時38分。
交差点、スピーカーから歩行者、車両に向けて発せられる一言が、
「はい、街宣車通りまーす」
え? 緊急車両でしたっけ?
走り去る、黒塗りの車体に白く書き付けられた「愛」の文字。
大音量で軍歌を流しているスピーカーが取り付けられた車両から思い出す幾つかの事柄。
「回さなくていいから赤色灯を車に付けたい」という奇特な相談を受けた現職警官が答える。
「あ、それ違法だから。でも、どうしてもって言うなら付けてもいいけど、右翼が乗ってる街宣車レベルで公安にマークされるよ」
世に軍事マニアがいるように、ぐっと身近な対象として、警察組織にご執心という方がいらっしゃる。
あるマニアの方は、「xx県警」とロゴ入りで自家用車を白黒ツートンにオールペン、自宅ガレージで赤色灯を搭載。
完成度の高さに満足するだけでは飽き足らず、既に購入していた制服一式を準備して写真撮影したまではよかったが、そのままハンドルを握り公道へ走り出す。
赤色灯を回転させると、走行車両はモーゼの十戒の如く割れ、黒塗りのメルセデス・ベンツですら、自前の偽パトを優遇してくれる。
ここで引き返せば孫の代まで語り継げたのだが、優越感だけに動かされて気が付けば県境。
うっかり越境、そして逮捕、数日間の拘留、親にもこれほど怒られたこともないって位に説教されて釈放。
残念ですが、本県所轄の警察は他県には参りません。
あ、それと、ミニスカポリスは合法ですが、何か?
東矢口、呼び出された千葉県民、17時11分。
「君さ」
「はい」
「もう少し何とかならんのかね」
「は」
「何かこう、ねえ、パリっぽくさ」
「はい」
「おーとくちゅーるとかね」
「はい」
「シャンゼリゼを見たまえ」
「はい」
「素敵な~ことが~あなたを~待つよ~」
「オー・シャンゼリゼ~」
「その通りだ」
「はい」
「鉄筋だってそうだ」
「・・・はい」
「無駄の無さがパリ的と思えばいい」
「はい」
「ファッションでは最先端だぞ」
「はい」
「君も割と最先端な髪型しとるからな」
「いや」
「違うのか?」
「いえ」
「まあ髪のことはいい」
「はい」
「眼鏡もいいじゃないか」
「ありがとうございます」
「あれみたいだな、パリの、えー、まあいいや、たぶんパリじゃないし」
「はい」
「マフラーをしているな」
「はい」
「いい素材だな」
「ありがとうございます」
「しかし建築は別だ」
「別?」
「いい素材は高いのだ」
「はい」
「だからあれだ」
「はい」
「分かってるならいい」
「はい」
「今日はここまでにしよう」
「はい」
「終わりだと言っているのだ」
「はい」
「どうも分からん男だね、君は」
「いえ」
「出口は向こうだ、帰りたまえ」
「はい」
・・・俺、建築士に向いてないのかな。
彼は総武線に揺られながら、日々の業務に終われる我が身を案じるのだった。
内藤新宿、転倒に次ぐ転倒、23時58分。
村上春樹:文、安西水丸:絵、『ランゲルハンス島の午後』を読んでいる。
゛ONE STEP DOWN"と題されたエッセイの挿絵には、紳士然とした落花生がシルクハットを頂き、ステッキを手にしている。
・・・ミスター・ピーナッツって、君の容貌は何の罰ゲームだ
先日訪れたバーにて、バーテンから初対面にも関わらず何故か投げ寄越され困惑を隠せなかった、2本のマドラーにプリントされた絵柄と同一と気付くのに数日を要した。
本文では、「ものに名前をつける」エピソードから始まり、村上春樹がワシントンD.C.を訪れた時に見つけたというジャズバー、゛ONE STEP DOWN"に行き着く。
春樹は、「これはいったいどういう意味なのかすごく気になって」おり、いざ店のドアを開けると、一段下がった階段で足を踏み外し、階下まで転がり落ちて身体でその意味を知ったという。
ていうか、それは店名ではなくて「警告文」なのではとも思えるが、店の名前も兼ねて機能しているといえる。
「ものに名前をつける」つながりで思い出したが、前述のバーが運営するオフィシャルサイトのURLったら、初期に付けた店名の略称であることはここでは述べないでおこう。
霧島、人口詐称15,000人、12時13分。
隣席に座る作業服を着た電設系労働者2名。
アメリカ製アニメにおける「低身=口の悪い上司」、「肥満=愚鈍な部下」を体現している。
「調布の教祖様、捕まっちゃいましたね」 (※1)
「女11人って凄いよな。数はいるけど、要は顔がどうだったかって話よ」 (※2)
「テレビじゃあ、ぼやけてた(モザイクのことらしい)から分かんないですね」
「顔だけな。でも、スタイルは良かったな」
「顔は重要じゃないすか?」
「11人もいたら、ひとりやふたりまずいのもいるだろ。要はスタイルよ」
「そうすかね」
「俺も一度でいいからあんな生活をしてみたいよ」
お前ら! とりあえずその目の前にあるゴーヤ定食を食い終わってから喋れ!
テレビ観ながらもぐもぐ言ってんな!
いい大人が「一度でいいからしてみたい」とか言うな!
歌丸か!
※1 正しくは「東京都東大和市」。いわゆる「一夫多妻」生活を送っていた57歳男性を指す。
※2 正しくは10人。8番目の妻に生ませた女児(1)をカウントした様子。
1974-2004にかけて10人の女性と12回の結婚を繰り返している。11人いない!
古書店街、鰻寝床的路麺店、8時04分。
工務店の作業服を来た常連らしき男性は、女性従業員に訊ねている。
「揚げ立てって何がある?」
「んー、順々に揚げてるからねえ」
「で、今は何が揚げ立て?」
「・・・」
「(同僚に向かって)シカトしてるよ」
堪りかねた店主が、「げそ天が揚がりましたよ」と助け舟。
女性従業員は、膳を下げて出てゆく客に向かって半ばキレ気味に、「あうわいー(『ありがとうございました』が言えてない)」と反撃。
彼女(推定55歳)は、揚げ立てだろうが作り置きだろうが、全くもってこだわらない大らかな男に惹かれるんだよ!
分かったか、肉体労働者!
上京区、腐ったトマトに価値を付加、7時56分。
忙しいらしく、店員の出迎えも無いまま禁煙席に座りチャイムを鳴らす。
水すらも来ないので再度チャイムを鳴らす。
未だ来ないので、卓上の紙ナプキンを自作のサインで埋めてみたり、シュガースティックの中身でテーブルにねずみの絵を描いたりして時間を潰し、隣席の客が顔をしかめて出てゆくほどの咳をし続けた頃、店員が半笑いでやってくる。
三時の方向には、明日をも知れぬ若い男女六人がサッカーばなし。
騒々しいと思う度量の狭さの大人だが、ひとりだけいる女子のオーダーがやたら丁寧なので許す。
左手には、空になったジョッキをテーブルに幾つも並べた朝から素敵な老人と中年男性が向かい合う。
話が佳境に入っているようで、自然と声を荒げている。
「うるせえ、馬鹿野郎!この野郎! やんのか? おらー。買うのかよ、あ?」
酔客老人は朝から凄い剣幕だ。
男女六人の動きが一瞬止まる。
年金で飲んでるのかと思うと、老後の新しい可能性を感じる。
「お、買うよー。最後まで付き合ったろうじゃねえか。な、僕はね、おじさんのことが好きだから、こうして一緒に飲んでるんじゃないか」
向かいに座る中年男性は、老人の怒声を受け止めつつ、次の店へと誘い出している。
この時間にファミレスから出て、何処へ向かうというのだ。
「おうよ、お前買ったんだからな、逃げんなよ。行くぞ、この野郎」
乗せられてよろよろと杖で立ち上がる老人。
付添人の姿を探すが、当然見つからない。
そこへサンボマスター似の店員が、「他のお客様のご迷惑になりますので」と余計なひとこと。
酔った老人の姿は既に無く、中年男性は「御免ね、申し訳無い、失礼しますよ」とレジへと向かう。
んもう、元凶は去ったんだから、空気読め。
アジスアベバ、象工場、21時56分。
普段は全く見ない民放からは、行方不明になって一年経過した女性の目撃談から構成した再現VTRが流れている。
いわゆる超能力による捜査として、焦点となっている竹林を捜索するが何も出てこない。
娘が発見されるのなら手段は問わないのだろう、女性の両親が登場する。
桜も咲こうかという時節に、知り合って間もない三十路過ぎのふたりが、ソファーに並んでテレビを眺めている。
「超能力系の番組が好きなんですよ」
そうなんですか。
「もう捕まっちゃったけど、福田和子っていたでしょ」
ええ。
「静岡にいたときなんですけど、ある日修善寺のスナックにいるって思って電話したんですよ」
え? 警察に?
「いや、友達に。でも、警察にはメールしたことありますよ、別の事件で」
(別の事件の詳細は失念)
まじすか。で、どうでした、修善寺は?
「いませんでしたね」
スナックは?
「行きましたよ。ただ飲んで帰ってきただけでした」
あー。
「友達が大変でした」
うーん。
「もう修善寺にはいないと思いましたね」
何で修善寺にいると思ったんですか?
「その話はまたにしましょう」
福田和子も死んじゃったし、彼ともあれ以来会ってないなあ(遠い目)。
チャド、類人猿似の彼、23時15分。
村上春樹が海外滞在時に著した『TVピープル』を読了。
主人公の妻が留守中に現れる為、妻から存在を疑問視されている表題のやつら三人。
内容は兎も角、何か紙片が挟まっていることに気付く。
古書店の従業員は、一般ユーザーから古本を購入する際に、品物を確認する習慣が無いらしく、様々な公的書類が収まっている。
「住宅都市整備公団からの受付番号通知票」
平成5年5月、空家募集に申し込んだ、調布市在住(当時)だったサカマキ氏への通知票。
郵便番号が5桁という時代の一品。
サカマキ氏は無事入居できただろうか。
人の心配している場合ではないのは承知の上だが。
リバプール、産業革命デリバリー、19時54分。
2002年10月、四年に渡る交渉の末、言うなればある利権を手に入れたイングリッシュマン監督、ダニエル・ゴードン。
かつて1966年ワールドカップに参加し、イタリアを破ってベスト8まで進出を果たした朝鮮民主主義人民共和国イレブンと接触する許可を得た監督は、当時の映像を交え、ドキュメンタリー映画『奇蹟のイレブン 1966年W杯 北朝鮮VSイタリア戦の真実』を製作。
本作では、北朝鮮の市井に暮らす人々の日常生活を、第三者の目を通して初めて明らかにした貴重な映像資料にもなっている。
英国人スタッフの元で撮影、編集された為に、北朝鮮的プロパガンダは薄いのだが、代替として白人至上主義にも似たアジア蔑視の発言がやや気になる。
「彼らはベッカムだって知っているんだ。全く信じられないよ」
お前の駄目さ加減にもびっくりだ。
あ、ぶっちゃけ映画は未見で。
湯布院、現場は大混乱、10時32分。
寒さで目覚め、窓から見える石燈篭が白く覆われているのを睡ろみながら見る。
雪かーい!
冬は鍋の季節ということで、高頻度で元力士が営む店を訪れて鍋を突付くのだが、店内で流れる「どすこーい、どすこーい」というフレーズが頭から離れない。
離れない離れないと思っていたら購入していたという話。
なにぶんデーモン小暮閣下の三万分の一も角界に対しての知識を持ち合わせていない上、かつての「大相撲ダイジェスト」が始まる太鼓の音が流れ出したらテレビを消して寝るものと信じていたし、四十八手と聴けば中2的に妄想は膨らむばかりで、行司には式守と木村しかいないというのをもっともらしく語るくらいでは毛ほどの役にも立たない。
で、『相撲甚句 特撰集』なのだが、職場で流すにはやや遠慮がある。
でも聴く。
これは・・・和む。
作中、「鶴と亀」という甚句が収録されており、なかなか趣き深い。
内容を適当に要約すると、鶴夫が亀子に求婚するがすげなく断られ、理由を問い質すと、「あんた先に死んだら、あたし九千年も後家やないの」という返答。
亀子、一万年。
陸奥、愛媛の河東碧梧桐を想う、10時00分。
寒い。
冬とはいえ、室内で吐く息の白さに、僻地へ赴任させられている現実を直視せざるを得ない。
そして、午前十時現在、軽く放置されている。
一時間後に戻る、と彼は言う。その言葉に嘘は無いのだろう。
何も問題は無い。
この隔離された小部屋に空調設備が一切無いことも、換気ダクトのカバーが外れて配線が飛び出しているのも、今座っているのが座り心地がひどく悪い曲がったパイプ椅子であることも我慢しよう。
何故なら大人だからだ。
ドアから犬が紛れ込んだとしても驚くほど冷静で、例え排泄の欲求を耐えている状態だったとしても、涼しい顔していられる立派な成人男性だからだ。
しかし何故だ、大企業も軒を連ねるビル全体が独特の臭気を醸し出しているのは。
突然の生活臭に戸惑いを隠せず、やはり大人な対応で臨めない。
ヘルプデスクの筈がヘルプを連呼するデスクになりつつある。
どなたかダクトから吹き込む冷風を止めてくださらんか。
ここで倒れたら殉職かとも思い始める。
殺す気か!
あざみ野、あきる野、さがみ野、9時05分。
普段は行かないのに、ふと入ったマクドナルドに限って朝マックが存在しない。
飲み過ぎた翌日に探すと見つからない薬局にも似ている。
入店時、カウンター頭上にあるメニューの色合いの暗さ加減に肩を落とす。
一応訊ねてみるが、「うちはそういうのやってません」との返答。
「そういうの」って何だ!
ハッシュポテトのことか!
朝からスティック状のポテトなんか要らないんだよ!
ドナルド呼んで来い!
止むを得ず頼んだ「えびフィレオ」をレジ前で広げながら、店員を床に座らせ、「蛯原友里の起用はスポーツ新聞紙面に踊る駄洒落と何ら変わらない」と説教。
故・藤田田氏を語るのくだりでは半泣きで熱弁。
「彼は゛TOYSRUS"の逆゛R"を、『トイザらス』の『ら』に変換した最初の日本人なんだ!」
I'm lovin' it. McDonald's Japan
新宿駅東口、生粋のテンパリスト、19時00分。
元介護士著作本を書店に求め、エスカレーターで二階へ。
何年前の記憶なのか定かではないが、サブカルコーナーが移動していてさっぱり見つからない。
自力での探索は無理と諦め、店内を徘徊するエプロン女子に訊いてみようとカウンターへ赴く。
はっ、タイトルが恥ずかしいことを思い出した。
幸い著者である早田工二、直崎人士のリリースは件の一冊きり(当時)で、人名での検索のみで場所が特定される。
『痴呆系―素晴らしき痴呆老人の世界』と題された著書は、三階社会学コーナーに陳列されているという。
って別に書き立てるほどのことでも無いが、そういう扱いだったら売り上げに影響するなあ、とそのレイアウトのまずさにがっかり。
読後感想は特に述べないが、少なくとも老人介護や福祉事業の在り方を問う内容ではないのは、タイトルから容易に想像はつく。
1997年当時には、まだ「認知症」なるフレーズは存在しない。
いま変換したら「任地賞」って出たぞ。
僻地への転勤が決定したリーマンが、涙ながらに辞令を受け取るときの表題みたいだ。
老人介護施設内にて素敵なマイワールドを展開している老人の日常を追ってみたり、施設に押し込めた肉親による露骨な姥捨て描写が黒い笑いを誘うのだが、リアル過ぎて笑えないこともしばしば。
老人に愛を。
桑名、赤い連鶴、23時39分。
しれっと第134回芥川賞候補作になっていた、長編小説『クワイエットルームにようこそ』だったが、本日17日、日本文学振興会より選考発表があった。
松尾スズキ氏、・・・残念ながら受賞ならず。
ぶっちゃけ、読んでませんが。
賞の名となった芥川が門下に入り師事した、夏目漱石の自伝的中篇と謂われている『道草』を数日前に読了。
主人公、健三に自己の半生をなぞらえながら、親類縁者からの容赦のない無心に悩まされるという世知辛い展開となる。
元養父、島田を皮切りに、妻の父、実の姉という連続コンボで無心され、逃げ場もないところへ姉の夫が金貸しに転じ、借金をしないかと持ちかけてくる。
挙句、妻が妊婦というのに夫婦仲は最悪で、無心に訪れる島田が座を辞した後は、必ずひと悶着と精神衛生上よろしくないことこの上ない。
さっぱり楽しめる内容ではないのだが、誰ひとりとして「金貸して」とは言わず、婉曲に、かつロンドン帰りである健三のプライドを程好く刺激して毟り取ってゆく様を見ていると、健三を憐れむよりも寧ろ滑稽にさえ思える。
気が付けば、明治文学を読んでいるのに、声を出して笑っている。
なにこれ、超おもしれえ。
顔が長いと描写される元養父が自宅を訪れる度に、「また来たよ、島田。相変わらず長いのか」とせせら笑い、
相場に手を出して凋落した妻の父が鉄道会社社長になるので入用だと言うが、「お義父さん、それ絶対騙されてるって」としか思えなくて、
姉に小遣いをせびられた上に、駄洒落好きのしょうもない義兄から借金は辞したものの、義兄が養父との手切れ金受け渡し役となって大金を渡したくだりでは、「君ら、グルか」とさえ疑う。
いや、意図は違うかと。
「中学のときの担任が現国教師だったんですけど、かなり偏った人で『自殺した作家の本なんか読むな』って言うんですよ」
それは、日本文学界の八割くらい否定してるな。教科書とか全然駄目じゃん。太宰も芥川も三島も全否定か。
「入水に服毒、そして割腹ですね!」
そこは笑顔で言うところか!
松尾先生の次回作を期待しております。
K2、帰国子女とは女子を限定しない、13時46分。
「先週はブリザードだったらしいよ」
ここが? 今日は吹雪いてないね。
「うん、その時はユーミンの唄どおり、♪あなたが見えない~」
ああ、ドブリザードね。
「そうそう、ドブリザード」
ダイアモンドダストが消えぬまに。
「消えない間ってことは、出てる状態真っ只中にいるってことだろうね」
既に遭難してる状態だな、それは。ホワイトアウトだ。
「♪あなたが見えない~」
見えない、見えない。
「そう言えば、ダイヤモンドダスト見たことあるよ」
あれってマイナス20度以下にならないと見れないでしょ。何処で? 北海道?
「いや、チェコで」
チェコ! 極寒かー。
「向こうの年末、友達ほとんど実家帰っちゃててさ、暇だから連れとプラハに行こうってことになって」
どうやって?
「電車なんだけど、あそこはもう見事な後進国なんで、年末なんかに乗っちゃうと途中までしか行かないんだ」
それはまた中途半端な。
「当列車はここが終点ですってアナウンスかかって、国境の駅に降ろされた」
ありえないねえ。
「で、歩いたよ、何も無いし。雪なんてすげー積もってんのに」
いやそれ、遭難するから。
「それよりも心配だったのは国境の警備兵に撃たれることだけだったね」
うーん、撃たれるのは嫌だな。
「で、そん時に見たの、きらきらきらーって」
いや死んじゃうって。
表参道、豚とか海老とか牡蠣とか、16時13分。
先客である女性から見て、真向かいとなる壁際の席に陣取るも、互いの席が椅子を隔てて向かい合い、一挙一動足が視界に入り続けるという気まずさを体現。
黒板に書かれたランチメニューには一瞥もくれず、フォークとナイフを交互に投げて店員を呼ぶ。
「お決まりですか?」
冷たい水を持参した店員にまず温かい茶を要求し、改めてオーダーを取らせる。
右隣席の後続客は、学生風の男性二名で、会話口調から判断すると先輩・後輩の間柄。
「お前、やっぱり味噌カツなの?」
「当然っすよ」
後輩は彼の定番と先輩に断言して憚らない「味噌カツの味噌」を切らしていると店員から告げられ、薦められた「上ロース」に止む無く変更。
「上ロースはランチ価格にならないので1650円もしますけど、いいですか?」とやや失礼な対応の店員が去った後、「何でねえんだよ。ありえねえ」と憤り続け、上ロースが運ばれてきてからは終始無言。
味噌カツが無い島に流されたら、君とは上手くやっていけないな。
渋谷二丁目、不破議長退任、14時22分。
地上の構造体に対して「地下街ビル」という名称はどうだろう。
地下街を有しているとはいえ、建物全体を呼称するのに疑問は無いのだろうか。
甲斐バンドにおける甲斐よしひろに対するメンバーの葛藤を代弁しているつもりだが、知ったことではないのだろう。
「キャベツ、ご飯、お味噌汁はお替り自由となっておりま」
オーダーを取りにきた従業員の発言を途中で遮ってまで、灰皿を要求。
あ、煙草持ってないや。
三時の方向の席には、新人ADを指導する先輩ディレクターが熱弁している。
結論からいうと、「兎に角走れ」と体育会系精神論にも似た不条理なニュアンス。
新人ADは聞き役に徹しており、ひとことも口をはさまなかったので、店員を呼ぶときの「すいませーん」という声が女子だったのに必要以上に驚かされ、使用していない灰皿を落としそうになる。
背を向けて座る短い黒髪の彼女は、長身女子特有の猫背で、ナチュラルメイクと呼ぶにはややはばかられる素肌寄りな姿を見て、「お前は走れ」という先輩の主張に大きくうなずくのだった。
アレフガルド、階段が分かりにくい地下の独房、12時14分。
民営化が決定する以前の公的機関。
待たされている利用者は、車椅子に乗った女性とその夫らしき男性のみ。
妻らしき女性は、西寄りのイントネーションで夫と話している。
怒りを抑えているようにも、感極まっているようにも聴こえるが詳細は分からない。
郵便局での夫婦喧嘩の原因って何だろう。
切手? 小額為替? ゆうパック?
既に発想が貧困だ。
転居届けを申請する。
対応するのは業務に不慣れ気味な女子職員。
転居先の郵便受けにあった前住人名義の葉書の存在を思い出し、どう処理したらよいのか疑問を投げてみる。
「あたしの場合はぁ、不動産屋さんに言ってぇ、来ないようにしてもらったんですけどぉ、郵便局的にはどうなんですかねぇ?」
いや、郵便局員は君だから。
上司を呼びに行く女子職員。
次に対応してくれたのが、右目が義眼というピーター・フォークな男性職員。
「届いた葉書にこの紙を添付してポストに投函して頂ければ結構です」
紙きれには「こちらの住所には、該当の方がおりません。差出人様へ返送してください」とある。
参考資料として最寄の集配郵便局を地図付きで手渡してくれる。
昼時にも関わらず暇だったせいか、至れり尽せりな対応。
とはいえ、閑職の中年男性らがコピー機の故障に群がる習性を持っているのにも似ている。
クアラルンプール、尊皇攘夷、xx時xx分。
何故か全裸で靴下だけを履いた中学生と話をしている。
仮に藤原とする。
藤原の膝は真っ直ぐに伸び、前屈みで居部を隠しているつもりのようだが、そこに意味を見出せない。
会場にあるスクリーンには、藤原をフューチャーした映像が流れている。
タイかインドネシアらしき東南アジアを背景に、タキシードを着た男の股間を嬉々として蹴り上げている藤原。
藤原の説明によると、男は藤原の姉の元夫らしく、映像処理が施されていて、顔には質の悪いモザイクが。
ちなみに姉は美人。
高輪泉岳寺、突然の介錯人任命、8時41分。
陽の当たる席を避け、中央寄りの四人席に座る。
既に置いてあるメニューには触れもせず、呼び鈴を連射しながらシュガーポットをテーブルの通路側端に設置。
ソルトと記されたキャップを半分ほど開け、ソースに至っては逆さにしておく。
いや、そんなことはしません。
グラスから半分こぼれ出たかのような半端極まりない水が運ばれてくる。
その場で一気に飲み干し、代わりを要求すると同時にオーダーを確認させる。
「以上で宜しかったでしょうか?」
そうね、いつも過去形ね。
「にいちゃん、ビール追加で」
何だ、この店は。
どいつもこいつも朝から中ジョッキを頼んでいる。
明らかに夜の仕事の方は別として、五十代の男が多いことに気付く。
殊更に声が大きく店内に響き、心中穏やかでなくなり読んでいる文庫本が同じくだりをエンドレスリピート。
若輩ながら進言させて頂こう。
葬式費用をマチ金から借りて工面するな!
交通違反で支払った罰金の総額を競うな!
裁判所からの逮捕状を自慢するな!
そんなことやってる仲間を羨ましそうに見るな!
ノーフューチャー。
渋谷東、臓物を不法に投棄、18時43分。
角質化を通り越して硬質化した魚の目の対処法を考えている。
薬局を襲うという短絡過ぎる結論にひどく狼狽する。
嘘です。
「ご注文はお決まりですか?」
呼んでもないのに現れる従業員に無言でメニューをつき返しながら、店内に張り出された「おすすめ」を指差す。
「かしこまりましたー」
九時の方向、ていうか左隣の席に座る男女三名。
男ひとりが席を立ち、男女が残される。
女はやや西寄りなイントネーション。
「好きやったら言うたらええやん」
「それで断られたらだいぶ凹むって」
「そんなん言うたら何も始まらんて」
「勇気が無いんだよ」
え? 君はもしかしてさっきトイレ方面に向かった男に対して告白を考えている?
思えば、男ふたりが奥に並んで座って、向かい側に女がひとりという位置取りにやや違和感があったのも事実。
えーと、何を言ったらいいのか分かりませんが、お互いに傷付かない方向でお願いします。
新宿三丁目、全身静脈硬化、26時34分。
洋行帰りに偶然出会う。
「知ってるか? 深沢が地元に戻るって」
いや。
「家業を継ぐそうだ」
奴の家は酒蔵だって聞いていたから、いずれそうなるとは思っていたが。
「杜氏になるのさ」
羨ましいね。
深沢にはよっつ年下の女がいた。
北海道の場所も知らない、という甚だ評価に困る女ではあったが、お陰で深沢は迷うことなく実家に戻れる。
この時点で、深沢が例の地理的障害を持った女を両親の元に連れて帰るという選択肢を想像していない。
「お前はどうするんだ?」
それは実家に帰るかって意味か?
「そうだ」
先生、ほら大銀杏が取れてますよ。先日の名古屋場所は大変でしたね。
「・・・」
茶を濁しつつ場を去るまでには数時間を必要とした。
洋行帰りの巨体には日本的曖昧さは通じないようだ。
仙台の乳児誘拐事件、容疑者逮捕により収束に向かいつつあるのだが、どうしても避けて通れないことがひとつある。
それは、病院の名前。
思うところはさて置いて、病院関係者含め、これを期にネーミングの持つ破壊力について一考されてはいかがだろうか。
西武新宿、ハシブトガラス、27時47分。
七年前の冬の日、男はひとりで店に入った。
薄暗く湿度の高いバーカウンターの前に座っている。
周囲から聞こえてくるのは、英語圏の人々の英語、英語圏ではない人々の訛りの強い英語と、テレビから流れるサッカー中継の歓声だった。
男よりもいくつか若く見えるバーテンダーは、注文を受けると必ず二度以上聴き返し、二度目以降のオーダーが必然的に大声にならざるを得ないという不穏な空気を醸し出している。
ブラウン管には、南米らしきサッカークラブチームのユニフォームが二色ばかり見え、客のほとんどが眺めていたが、試合の経過には興味が無いらしく、画面上に映る企業広告の話題すら噛み合わない。
男が四杯目のウシュクベを頼むと、無駄に若いバーテンダーは何度目かも分からずに「牛首?」と返してくる。
彼の襟元を掴むのは、物理的に容易ではないと冷静に判断し、同じことをもう一度大声で丁寧に告げた。
暴力がコミュニケーションツールのひとつではないということに気付くのは随分と後のことだ。
他人の襟首なんぞ掴んだことも無いが。
西新宿、こむら返り、25時32分。
「初対面の人間に向かってパンチは無いなあ」
酔った女の放った右拳を細い身体ながら受け止める男の掌からは、冷たい体温が伝わってくる。
女は黙ったまま男の手を振りほどいた。
手元のグラスを一気に空けると、注がれたばかりのウォッカを男の手から奪い取り口をつけるが瞬間、その液体が放つアルコール臭の濃さに顔をしかめる。
「あんた、元ソフト部でしょ。ソフト部っぽいのよ、すごく」
男の外見上、「明らかに体育会系でないにも関わらず無理に部活動をやっていた人間」と設定する為に女は「ソフト部」を割り当てている。
立位体前屈が得意な女だったが、茶道部に入部するも、慣れない正座の無理がたたり、僅か三日で退部していた。
二ヶ月後、当時「軟式硬球部」と呼ばれていた、硬いのかそうでないのか判別のつきにくい部に所属することになるが、後に王道「ソフトボール部」に併合され、差別的に「ソフト部」と呼称される競技の前身となる団体だった。
それは、「ちくわ」と「ちくわぶ」の関係性にも似て、呼称の類似性から存在の優劣は付けられないものの、潜在的に誰しもが「選んでいる」という無意識の差別そのものだった。
男は病的に白い顔に含み笑いを浮かべ、「備品を持ち帰るなって、怒られてばかりいたな」と節目がちに遠くを見た。
ここで言う「備品」とはバットやボールではなく、マネージャーのことだと気付くのに女は数日を要したと後に述懐する。
羽田、スーパー清掃業、12時03分。
職場の入ったビル前の大通りに駐車している白いセダン。
朝の出勤時にはなかったが、今見ると前面部が大きく凹んでいる。
え? いつ?
衝撃音、サイレン、人の声が一切聴こえなかったのは偶然だろうか。
携帯電話を手にした中年男性が、物凄い早口で現在位置を電話の相手に伝えている。
男の額には一筋の血が。
絵で見る事故現場の如き展開。
しかし、君はあれかね、被害者なのかね、加害者なのかね?
軽くパニクってらっしゃるようで、居場所の説明が「ビ、ビルッ、ビルの前、ビルの前」とさっぱり要領を得ない。
まあ落ち着けって。
心の声が届いたのか、比較的無事な運転席に潜り込み、男は瞼を静かに臥せるのだった。
えーと、そのまま逝かないでえー。
大手門前、全面封鎖、20時56分。
路上に見慣れない物体が落ちている。
鉄製のリング状のフレームが幾重にも繋がっており、本来であれば垂直であるべき形状ではあるが、支えを失い横になっている。
工事現場で鉄骨を補強するべく使用するのか、植木職人が樹木を囲うのに用いるのかは不明だが、明らかに落下物と推測できる。
交通機動隊の制服警官二名が、何故か中腰でそれを取り巻く。
いいから、腰引けてないで早く撤去しなよ。
青山通りには、散乱した野菜が通り行く車両に踏み潰されている。
新鮮な季節の野菜である筈なのに、タイヤが上を通過した瞬間から生ゴミ臭を放ち始める不思議。
あれは白菜だな。
今夜は鍋にしましょう。
境港、交通情報詐欺、xx時xx分。
高校時代の同級生と共に農村地帯を山に向かって歩いている。
途中、裸足であることに気付き、畦道に脱ぎ捨てられている農作業で使用すると思しきプラスチック製の靴を拝借する。
同級生との差は開くばかりか道に迷い、母校でもある小学校付近の交差点に隣接する交番で道と同級生の現在地を訊ねる。が、誰もいない。
交番とはいえ、古刹もしくは神の社の如き佇まいで、一枚岩で建てられた石塔には大仰な漢字が彫り付けられている。
「自殺より他殺」
これは標語か?
釈然としないながらも、同級生を追うべく急勾配な道なき道を這いつくばるように登ってゆく。
徐々に恐ろしくなり、携帯電話で同級生に連絡するも留守電につながるだけ。
えーと、今、もの凄い斜面に張り付いてます。
油断したら身体が剥がれて落ちそうです。
履いてる靴も頼りないし、携帯片手に体重を支えるのもかなり厳しい感じです。
これ聴いたら折り返し連絡下さい。
ぶっちゃけやばいんで、宜しくでーす。
意外と冷静。
和泉佐野、アマチュア看護士、xx時xx分。
郊外の住宅地を歩いている。
ふと渇きを覚え、飲み物を探す。
カルピスの自販機内のラインナップが気に入らずに通り過ぎ、引き返して別の自販機を物色しようとしている。
コカコーラのそれを発見し、小銭を取り出そうとしていると、白いジャケットを来た筋肉質な男が同じ方向を目指していることに気付く。
「僕も冷たくて甘いコーラ買おうっと」
明らかに誰にも伝えようとしてない声で言うのが聴こえ、購入を無言で譲る。
数歩歩けばセブン-イレブン、駐車場を挟んでサンクスが見える。
「サンクスに行ってくる」
白ジャケは自販機に硬貨を入れ、返却レバーには手も触れずに歩き出す。
何故この男はセブン-イレブンに行かないのだろうかと思う。
自分が目指したセブンーイレブンには、飲食品類が一切無く、寝具(主に枕)が所狭しと陳列されている。
隣接する寝具店の入口は、コンビニエンスストアとつながっているようだ。
手に鋏を持った佐賀県民と合流し、広い店内を散策していると、かつての同級生の上半身がベッド上に置いてある。
あれっ? 超久し振りじゃない?
「そうだね」との返答。
何故上半身だけなのかという疑問も思い浮かばないでもなかったが、当然のように放置する。
同級生との思い出話は尽きないが、佐賀県民は所在無さげに手にした鋏で枕を切り刻んでいる。
佐賀っち、そのへんにしとけって。
これは何の嫌がらせだろうか、至極真っ当に生きてきたつもりだった筈なのに。
座した姿勢では酷く消耗する上に、立ち上がることすらもままならない。
よしんば、立ったところで要介護指定手すりを探す有様だ。
元旦に医療機関は冷たく門を閉ざし、当番医と呼ばれる医院ですら、受付で「三時間待ちですが」とにべも無い。
自前の咽喉から発せられる声に全て濁点が付くように思える。
高熱、悪寒、頭痛、不思議と咳は出ないが、代償として声を潰されたようだ。
隣接する市にある小さな診療所で、先の受付嬢の答えた同じ時間きっかり待たされ、診察時間は僅か二分。
え? 検査無し? 綿棒みてえのを鼻に突っ込むんじゃないの?
小児科も兼ねている待合室は、児童と老人の巣窟で、規則的に胸の悪そうな咳を繰り返している。
帰宅後、処方された薬に手すら触れてもいないのに症状が一変。
高熱はやや去って、額に背中に腿に伝う汗、咳が出始める。
あー、もらったー。たぶん隣に座ってたメガネ。
で、自分の病名は何なんですかね?>ドクター
散々な年明けですよ!
今年もよろしう。