「メーカーからメールが届いたんですよ」
君はいつも話が唐突だな。
「ヘッドフォンを予約した話覚えてます?」
ああ、一ヶ月先に納品って言ってたね。
「また延びちゃいましたよ」
まじ?
「あと一ヶ月半後だそうですよ」
やる気ねえな。半ってまた微妙だし。
「いや、寧ろやる気あるんですよ。メールには『今回導入したパーツが当社の求めるクオリティに達していない』的な説明をしてるんですよ。だからクオリティの高いパーツを求めて新たな工場を建設するわけですよ。大陸の野を拓くわけですよ、ジャパンマネーで」
拓かないだろ。それにしても、こだわりまくった職人気質だな。
「ええ。しかもネットで調べたら、この価格でこのスペックはかなりありえないらしいんですよね」
だからって延び過ぎだろ。
「まあ忘れた頃にやってくるんですよ、いつだって」
うまくまとめたつもりだろうが、ヘッドフォンはいつまでたっても届かないよ。
(了)
何もしなくても365回もしくはその前後、ぐるぐるすることによって人は年輪を重ねてゆく。
もう何度目かですら忘れるくらい気にもならない程度に薄れゆく記憶。
日付が変わり、忘れていた年月を思い出す。
手にしたグラスの氷は既に無く、何杯目かも分からないまま席を立とうとする。
スウェーデンから来たという22歳から別れ際、手の甲に唇を押し付けられる。
・・・まあぶっちゃけ男なんですけどね。ははは。
(泣)
かなりの筋肉痛が老体に鞭打つかの如く乳酸を排出する。
ん? 乳酸が出るから筋肉痛なのか。
まあそれはそれとして、右腕の張りようったらない。
電車内の吊革が遠くに見える。
吊革と思っての紐状のものを掴むと、ねえさんのバッグだったり、ドレッドねえさんの髪の毛だったりして、羽交い絞めされつつ鉄道警察に連行されかねない。
いま「駅員室」と打とうとしたら、「液陰湿」って出た。
ひどい。
梅雨時には相応しいかもしれないが、淫靡過ぎるにも程がある。
兎も角、今日は降られなくてよかったす。
(了)
表参道とは呼べないほど奥まった場所にある路地裏の店。
人通りも少なく、日付も変わろうとしている。
「あたしが1歳のときに、あたしの名前はなくなりました」
何を言い出すんだ、このひとりtrfは。
「だからー、あたしに付けられたはずの名前、あたしが1歳の時に当用漢字がなくなったの。だからないの」
へえー。
ってひとの会話なんで、どんな字面かは分かりませんが。
1981年、当用漢字が廃止され常用漢字が内閣から告示されたというから、彼女は26歳。
え? あんた26? 見えなーい。
(了)
おそらくは餃子と書かれているであろう看板、風雪にさらされ過ぎてかなり難読。
「ここ渋いっすね」
普通入ろうと思わない外観してるしね。
「出てきた水すら不安ですよ」
たぶん、水道水だな。蛇口から直で。
「全然話変わりますけど、前に話したバイト先で」
また、そんな話か。で?
「初めにまず水を出すじゃないですか。で、ある日客が僕を呼ぶんですよ」
クレームだ。
「ええ。『これ何?』ってコップをかざすと、底に見たことも無い色の物体が沈んでるんですよ」
げ。
「まあ、ぶっちゃけコップなんて洗浄器に突っ込んで終わりなんで、水気取ったり何もしてないから、どうしたってカビとか生えてくるわけですよ」
最悪やな。
「そんな感じで客は明らかに不快感をあらわにしてるんですが、ひととおり謝って、『ここは僕が持ちますから』って言うと、やつらは『そう? 悪いね』って大概問題無いんですよ」
まあ、君の懐が痛む訳でもないしね。
「ええ、それでその客が帰ったと思ったら、また戻ってくるんですよ。やべーやっぱ許してくれなかったそうだよなカビだもんなめんどくせえなあって構えてたら、『これ飲んで頑張ってよ』って缶コーヒーくれましたね。ほんとあほですよね」
こんなやつ、励ますな!
(了)
思うに、日本と諸外国が戦う試合を見ると、轟音を唸らせ水飛沫が舞う排水溝の脇で遊ぶ我が子をガラス越しに見守っているような不安と焦燥感に駆られ、心中穏やかではない気がする。
広義としてナショナリズムと呼ぶならば、そんな精神状態は厭だ。
だから、日本戦は見ない。
(了)
「ヤフオクって利用してます?」
何だ、いきなり。
「いや、僕全然売り買いはしたことないんですけど、見るだけならよくあるんですよ」
見てもないな。
「この間見てたら、フェラーリとか売ってるんですよ」
誰が買うんだろう、ヤフオクで。
「ですよね。でも車とオーナーの顔付きの写真で掲載されてるんですよ。普通のおっさんなんですけどね」
いやいや、ふつーのおっさんはフェラーリ乗らんて。
「しかも何台も持ってる様子なんですよ」
うーん、成金趣味のおやじが自分のガレージの中を自慢してるだけじゃないのかな。入札されても売りませんよってスタンスで。
「それもありえますね。でも、おっさんの家は、地方にあるきったない焼肉屋なんですけどね」
やっぱありえない。
(了)
■真行寺君枝、その夫とアメリカにいる。
■3人でレンタカーに乗っている。
■ブレーキが故障しているらしく、カーブの度にタイヤが悲鳴をあげる。
■しかも飲酒運転の為、心臓の鼓動はことさら速い。
■途中、メッツのユニフォームを着たラスタマンと合流し、空港を目指す。
■あっさり迷う。
■地図を開くが、目的地が記載がされていない。
■驚異的な三つ子が登場。
■ラスタマンは三つ子の手により謀殺されてしまう。
■真行寺夫妻ともはぐれ、ひとり路頭に迷う。
■何らかの啓示を頂き、6つの要素を戦略的に的中させるが、それらが何かは分からない。
(了)
内藤新宿、中華料理店にいる。
既に着席している、髪ががっつりと濡れた中年男性と同席。
メニューも見ずに瓶ビール、水餃子を注文。
中国系従業員は注文を繰り返すことなく厨房へ向かって母国語を叫ぶ。
髪濡れ男が規則的に口へと運ぶ、もやしかニラか何だかの炒めものが旨そうだ。
旨そうだが、髪は濡れ過ぎている。
髪濡れ、煙草をくわえているが、なかなか火をつけない様子。
火を要求されたら拒否してしまいそうだが、いつの間にか手にしていたライターを用いている。
後から来た客は、濡れた髪の中年男性を見たら何と思うだろうか。
自ら浴びたか、私が口論の果てに掛けたと思うだろうか。
雨は降っていない。
少し怖い。
(了)
東京メトロ永田町駅、半蔵門線ホーム上、朝からリーマン同士でファイト。
「お前が蹴ったんだろ!」
「いえいえいえいえ、そんな」
「蹴っただろ!」
「またまたまた、そんな」
割って入る鉄道警察、もしくは駅員。
「事情は駅事務所で訊きましょう」
「いやいやいや、そんな」
これ、全然ファイトじゃないや。
(了)
■アキバ系バイトくんの何故か恐ろしく整えられた眉毛がやたらまっすぐで、気になって仕事も手につかない。
■「今渋谷ドトールにいるってば」というメールを受信。知らない方に待たれても困る。
■日本橋系女子の涙にトキメキ800。
■置き去りの必要な衣類は大概使用に耐えない。
■致命的な欠陥を発見し大いに凹む。
以上。
(了)
昼下がりの公園、全てのベンチにはワンカップで酒盛りをする老人らがまるで席順でも決められているかのように定位置に着席している。
戯れに鳩めがけてさきいかを放っている様子。
「こいつら駄目ですね」
老い先短い老人なんだから許してやってよ。
「いや、鳩ですよ。野性の欠片も無いじゃないですか」
そういえば、この間見てたら、すごい勢いでチキンナゲットに群がってたよ。
「やばいっすね、同族ですよ」
人に頼りすぎて狩猟を忘れたんだな。
「こいつらこそニートですよ。働けっ!お前らっ!」
先生、荒れてますなあ。
「荒れたくもなりますよ、昨日の今日じゃ!」
まあまあ、後半最後の十分がねえ、って観てないけど。
「もういいですよ。・・・全然関係無いですけど、僕実は雀をダイヴィングキャッチしたことありますよ」
え? 何で? 喰う為?
「いや、何となく。たまに自分がニュータイプなんじゃないかって思う時あるじゃないですか」
いや、ないな。
「雀ダイヴィングキャッチがそれでしたね。あと、蚊も。まあぶっちゃけこいつら油断し過ぎなんですよ」
君の発言もかなり油断し過ぎだな。
(了)
「今日は早く帰りますよ」
日本戦だしね。
「まあ、10時までに家に居られればいいかなと」
前向きなんだか、後ろ向きなんだか。
「いえ、ただ間に合うように帰りたいだけです」
家で見るの?
「ええ、実はうちの地元、ドミノピザが来ないんですよ」
地域的な問題?
「たぶんそうですね。ワールドカップ観ながら、ピザでも喰おうとネットで検索したんですよ。そしたら、うちの区域だけ外されてました」
何だろう、村八分的なペナルティかな。
「あと、近所のマックにはチキンナゲットを置いてないんです」
極度の鶏嫌いがいるのかな。チキンタツタも?
「それはあります。でも、普通あると思うから、メニューで確認しないじゃないですか。で、頼むと無いって言うんですよ」
『そういうのやってません』って。
「勿論、何人か仲間呼んで火付けてやりましたよ」
こういう時期だから何だか祭りっぽいね、それ。
(了)
親子連れで賑わう回転寿司店。
生ビールを飲み干し、何の大吟醸かは不明だが、商品名なのだろう小ボトルを頼む。
こういか、やりいか姿、漬けいか、やりいか、モンゴウイカ。
あ、烏賊しか食べてないや。
厨房から「イカ野郎」と聴こえた気がしないでもない。
他に食べるものが無いのだよ。
(了)
何の因果か耐震強度問題で名を馳せる東の僻地へと出勤していて、社用電話が土曜の平穏なオフィスに響き渡る度、すわ出動かと高鳴る鼓動と震える四肢を鎮めるのに一日の大半を費やし、挙句、担当者不在というビジネスマジックにたやすく踊らされ、葬送の道すがら彼岸花も咲かせられるぐらいに悲しみの深い涙を流し続けるのだった。
半泣きで遅い昼食を済ませ、誰もいないと分かっていながら隣ブースに向かって「ワールドカップってもう終わった?」と問い掛けてみたり、今月の予定が書き込まれたホワイトボードに油性マジックで大相撲番付表を転記してみたり、給水器の水を全て静電靴に注いでみたりと枚挙に暇が無い。
覚めない夢にも似た焦燥感と実感の希薄さが、休日出勤という現実を受け入れられないでいる。
待機という名の軟禁状態を経て、電話の前から一秒も動けないという拷問にも似た業務体系に一矢報いるべく起ち上がる。
・・・帰ろ。
(了)
誰しも外国人に対する間違った固定観念がある。
激しい思い込みにも似た各国市民に対する甚だしい誤解の下に、もしかしたら国際問題にもなりかねない勢いのすれ違いがある。
「ベルギー人といえばチョコレートだ」
間違ってはいないが、それだけじゃないだろう。
でも、いかんせん知識が無い。
無知に付け入る隙を与える国ではある。
「オランダ人は全国民が何らかの薬物中毒だ」
なるほどねえと膝を打つのも惜しまないが、少し手前で思いとどまるのが大人というものだ。
何らかの薬物が厳しい規制の下に合法であるという国政が誤解を生むのだろう。
「ノルウェー人は移動手段が何らかのソリだ」
犬とか。
冷静に考えたら誹謗中傷に過ぎない。
甚だ迷惑極まりない。
(了)
焼き魚が食べたくて、割烹的な佇まいの店に入る。
よく見かける中年女性がひとりで盛り上がっている。
「外は雨ー!?」
ええ、まあ。
「寒いねえー!」
ははは。
この女性、右腕を骨折したにも関わらず、外科的処置もせずに整体師の元へ通い続けているという。
ていうか、今ここで飲んでるし。
何で病院に行かないんですか?
「あいつら信用できない」との返答。
色んな意味で整体師に全てを任せるのも如何なものかと。
(了)
アウトドア的風景ではあるが、仕事先としてこの地を訪れる。
得意先である客三名の姿も見える。
目前には川が流れている。
対岸に渡りたいのだが、見渡した感じでは大概浅瀬は無い。
無関係に現れた白いシャツの男は、神の奇跡のように水面を踏みしめながら渡ってゆく。
場面は変わって、立川駅構内。
キリスト教伝道の一環としての説法を行う会場となっている。
集団の中にいる自分は、文庫本を片手に聴いてもない。
ホームに到着した電車から降りる全盲の男女の手を引いて誘導し、彼らから感謝される。
川越から来た男が若い信徒に対して、説法が何処まで終了したか説明を求めている。
若い信徒の説明は要領を得ない。
気付けば電車に乗っている。
過ぎ去る駅の名は「旅行」、「作文」と奇妙なネーミング。
(了)
「足!」
は?
「足当たってるから」
あ、すんません。
「小さいからって邪険にすると後悔するよ」
いえ、気をつけます。
「実家から荷物は届いたのかい?」
あ、はい、届きました。(・・・何で知ってるんだ)
「礼は言ったのかい?」
いえ、まだです。
「何やってるんだい、いい歳して」
まあ、後でやっときますよ。
「適当なこと言ってると、痛い目に遭うよ」
いえ、すんません、気を付けますってば。
「足に毛が付いてるから」
え? あ、ほんとだ。げほごほごほごほごほ。
「あたいに逆らうんじゃないよ」
猫以下で。
(了)
度重なる告知によってNHKしか観ないと思われがちなのだが、やはり観るのはNHKで、リモコンの1ch、音量以外には分泌する脂すらもついていないという現状。
゛POPJAM DX゛ では、松尾スズキ率いる「大人計画」による「大人計画社歌」が流れている。
学ラン学帽姿の阿部サダヲが骨格標本を前にして校庭で体育座り。
どんどんどどんがどん♪
骸骨が(骸骨が)お蕎麦を食べている♪
骸骨は(骸骨は)胃袋無いくせに♪
箸でなく扇子で食べていた♪
ここで宮藤官九郎が竹刀を振りかざしつつ、「それって落語じゃん!」と連呼する。
この日より脳内プレイヤーは、大人計画社歌を流しっぱなしだ。
(了)
一生に二度は訪れないであろうと確信している、オフィス街の一角にある立ち喰いそばの店。
「立ち喰い」というスタイルでの営業ながら、通常の蕎麦屋並の待ち時間。
店内に大音量で流れる『FM世田谷』では、世田谷道路での混雑状況を伝える交通情報を経て、「農大インフォメーション」なるローカルな番組に移行している。
ここは江東区だぜ?
(了)
「実は僕、ピアノが弾けるんですよ」
すげえ!
「って言うと、大概の人間は信じませんけどね」
現時点で君の素性をさっぱり知らないから、信じるも信じないも判断材料に欠けるな。
「いや、でもほんとなんですよ」
分かった、信じよう。話が進まなくなるから。
「ありがとうございます」
しかし、ハイソなご趣味ですな。
「いや、うちは普通にお金無いです」
そもそも何でピアノを弾こうと思ったわけ?
「ゲーセンに゛beatmania゛が出始めの頃、僕いきなりハイスコアをたたき出したんですよ。もうゲーセン中から羨望の眼差しでしたね」
・・・君の嘘に何処まで付き合えばいいのか分からなくなってきたところだよ。
「ほんとなんですって。で、これは僕に向いてるんじゃないかと」
で、弾き始めたわけだ。
「そうです。7鍵からいきなり88鍵ですよ。ピアノを買って、毎日弾いてますね」
ピアノを買ったの? ゲーセンで売ってるんだっけ?
「売ってませんよ。普通に楽器屋に行って買ったんですよ」
はっちゃけ過ぎだな。何を弾くの?
「主にクラシックですね」
すぎやまこういちとか?
「それ、ドラクエじゃないですか!」
ゲームからピアノに入ったのなら王道だろうに。
(了)