どこか遠くの公園。
よろめきながら向かってくるひとりの老人。
「にいちゃん、ライター貸してくれ」
ああ、はいはい。
「にいちゃん、煙草くれ」
煙草は無いよ。
「煙草くれ」
無いってば。
「煙草」
要求は同じだけど、発言が短くなってる。
「たば」
束?
「た」
田?
「t」
ローマ字?
「|」
えー、読めん。もういいからこれ持って帰ってください。
「にいちゃん、ライターもくれ」
あんた、たくましいな。
(了)
「そこにいるんだろ?」
い、いますよ。起きてたんですか。
「起きるも起きないも、初めから寝てはいないよ」
そうですか。ひ、人が悪いなあ。
「猫だしな」
はあ、そうですね。
「どうだ、最近は? 暑いだろ」
ええ、まあ。暑いですね。
「Tシャツが搾れるくらいだろ」
いや、そこまでは。先生は暑くないんですか?
「毛か? 毛のことを言ってるのか?」
いえ、まあ、そうですけど。
「触ってみろ」
いや、無理です。
「ほら」
無理ですってば。
「早く」
うわっ、げほごぼごぶごほ。
「こう、床で丸まってると冷たくて気持ちいいぞ」
いや、僕、人なんで。
(了)
「とうとう買っちゃいましたよ」
何だ、また急に。
「MP3プレイヤーですよ」
まじ? iPod?
「いや、もっと安いやつです」
SONYの?
「いや違います。かなりマイナーです。これなんですけどね」
あ、それか。 見たこと無いな。
「iriverっていうらしいんですけど、かなりキムチ臭くないですか?」
・・・そういうこと言ってると面倒なことになるよー。
「間違いないですって。何か胡散臭くてとにかく安いんですよ」
そういえば、ヘッドフォンはどうした?
「まだ納品してませんよ」
じゃあ、最初から付いてるイヤホン使ってるの?
「そうですよ。これなんですけどね」
あ。笑えるくらいに耳にフィットしないねえ。あ、落ちた。
「電車乗ってるとたいへんですよ。イヤホンなんてすぐ取れるから、引っ張って探して耳に入れてすぐ取れてって何の為に買ったのか分かんないくらい音楽聴いてないですね」
そういう意味では、ヘッドフォンを先に手に入れたかったな。
(了)
もう鎮痛剤なしでは生きていけない身体になってるというのに、歯科医ったら、
「あー、これねえ、親不知抜いたところの腫れがひくまであと2週間様子を見ましょう」
って、まだ2週間もこのプチ地獄が続くのかよ!と、白衣の襟元を掴みそうになる。
いや、プチどころじゃないな。
リアルヘルですよ、先生。
(了)
特異な能力を持つがゆえに行く先々の学校長から放校処分を突き付けられ、今度こそはと転校した学校が「17年間も教師の乱が続く」という既にデフォルトでアウトな境遇に否が応でも巻き込まれてゆく主人公は、陰謀により学園№1の座から引き摺り下ろされた茶道部主将に取って代わった重量挙げ部主将の対抗勢力として剣道部主将(♀)からの協力要請も頑なに拒み、ただひたすら平穏に学園生活を送ろうと力を抑え続けるが、廊下を走り抜けただけでガラスが全て割れ、シャワー室では手も触れずに全ての配管を破壊する男にそんな未来が訪れるわけもなく、学園支配を目論む教頭が呼び寄せたかつての教師の登場により、過去を断ち切るべく立ち上がるのだった。
ああっ、予告編で観た通りの見せ場しか観るところがない。
(了)
■『バガボンド』の読んでない具合を確かめる。(たぶん19巻から)
■『僕といっしょ』②巻、冒頭数ページで投げ出す。
■『Slam dunk』の表紙だけ眺める。
■持参した『梟の城』を読破する夢を見る。
■気が付けば『梟の城』を握り締めて寝ている。
■司馬遼太郎先生の最期の言葉、「今何時だ?」を思い出す。
■今何時だ?
(了)
女社長に雇われ、近未来的なメカに乗った女子数名が、重犯罪者を摘発し当局より賞金をゲットするというおよそ使い古されたシノプシスを軸に、チームメイトのひとりが元テロリストという経歴を持っていて他の女子らと微妙な温度差があったり、序盤で捕獲した中東系武器商人は命を狙われているにも拘らず、弾幕の中にいる少年を身を張って助けたりと、意外性のひとつも見出せないまま、終盤、軍中枢部へのメインコンピュータにハッキングする際、イメージとしての映像が全裸で電脳空間を飛び回るというたいへん堂に入った恥知らずっぷりを目の当たりにし、これが90年代の終わりに製作された作品かと長いため息をつき、幾度となく襲う歯痛さえなかったら楽々と睡魔に轟沈させられていたところだ。
(了)
ゲームの映画化に好例無しと言われて久しいが、原作者であるKONAMIも納得の完成度と信じる。
監督の名を劇場で知り、かつての監督作『ネクロノミカン (1993)』の一篇に登場する作中誰もが「神」と呼ぶ床下に潜む巨大軟体動物を思い出し、どうしても職業柄付き纏うB級テイストが抜け切らないのだろうと思いきや、独自の世界観を忠実に踏襲し、霧に包まれる筈の街に「灰」を降らせて同様の視界不良を再現するという換骨奪胎っぷりが素晴らしい。
グロテスクと母の愛。
(了)
寄せては返す鈍痛に耐え切れず、職場から遠く離れた歯科医院にて抜歯。
抜いた後、歯科医は口蓋を覗き込んでのひとこと。
「あー、こりゃ厄介だねえ」
実は親不知の手前のわりと正常だったはずの奥歯が既に「手遅れ」だったらしく、もう一回抜くことに。
え? じゃあ初の差し歯ですか、先生!
改造人間への道、第一歩を踏み出す。
(了)
いや、ピーカンとまでは言わないけれども、ほんとは水着ギャルとかいっぱいいて、黄色い声でビーチバレーをやってたり、背中にサンオイルを塗ったり塗られたりしているはずなんだけど、どうしようもないほど暗い画像を見る限りはオフシーズンにしか思えない。
自分の記憶を疑う。
(了)
だからさ、これ見て電話してくる女に対してあなたはどういう態度で接するわけ?
ええ? 高橋さんよう。
段ボールの切り方も中途半端だし、手書きの不動産物件には信憑性なんか無いんじゃ!
(了)
渋谷センター街から路地を入ると、猫一匹さえ通らないやたらとさびれた通りが現れる。
入るにはかなりの勇気のいるカウンターだけの店で、瓶ビールと餃子を頼み、手を洗おうと洗面台があるという2階へ上がる。
・・・。
これが2階席。
どう贔屓目に見ても営業中の内装ではない。
むしろひとんち。
あ、でも、餃子は旨かったですよ。
(了)
山手線内回り。
車内の中ほど大の字で爆睡している眼鏡のリーマン。
乗客は跨いで跨いで思い思いの席へと目指す。
他人とは思うのだが、あまりの占有率と泥酔後の前後不覚っぷりを気にしてか、女性がひとり起こそうと頬をはたく。
何度も叩く。
挙句、胸ポケットより携帯電話を取り出して、何処かに連絡とろうとしている。
見かねたスーツ姿の男性が眼鏡を羽交い絞めにして立たせようとする。
「ううぇあ? な、な、だ、だ、だいじょうぶれす」と明らかに駄目な感じ。
「車内ですから」と窘めるも意に介さず立ち去ってゆく。
あやうく蹴りつけるところだったよ。
(了)
山手線内回り。
隣の車両から人々が次から次へと流れて来る。
ここで車内放送。
『車内点検の為、当駅で暫く停車致します』
「あれは確かに点検した方がいいな」とは逃げてきた男の談。
隣では何が?
(了)
山手線に揺られている。
真向かいの少年は浅黄色した和服の老婆に席を譲り、隣席に座る弟らしき少年と「いっせーのせっ」を始めた。
弟は、ふたりプレイだから親指の数がマックス4の筈だったが、「5!」と言って、兄らしき少年に窘められている。
挙句、終了時の兄の発言、「お前の勝ちだ」なんて男らしさこの上ないったらない。
(了)
「おばあちゃん、おばあちゃん! あれ買って買って買って買ってぇ!」
「・・・孫のお前が誰に仏壇を買わせるんじゃーい!」
「おばあちゃん、おばあちゃん! いつも一緒だよ! 持ち運べるし!」
「たかし、ほんとはいい子だねえ、って違ーう!」
(了)