職場にはエレベータが4基ある。
パネルを見る限り、両端の2基が新しい型のようだ。
あ、地震!
って、何で自分地面から数メートルも離れた鉄柱にしがみ付いてんよ!
無事に揺れも収まり、オフィスフロアに戻ろうとエレベータのパネルを見ると、両端が完全に沈黙している。
オールドタイプである中の2基はごんごん動いているようだ。
・・・これは、どっち乗ってても怖いな。
(了)
半地下な中華料理店。
不思議な配置のカウンターの中ほどに座る。
レバニラください。
持参した煙草は家にあった"ALPHABET H"。
赤い、そして、「H17.2」とか過ぎ去った日付が印字されている。
吸えるか、こんなもん。
定食には、韓国人もドン引きのケミカルにかっらいナムルが付いていました。
そんな中目黒。
(了)
熱気に包まれている店内。
盛り上がってるとかそういう意味ではなく、空調が壊れている的熱気。
女、もくもくとチャーシューを刻み続ける、もくもくと。
流れる汗もぬぐおうともせず、中華包丁を振るい続ける。
また汗。
「お客さん、あついですか?」
まあ、夏ですからね。そこはかなり暑そうですね
「ええ、ここエアコン効かないんですよ」
え? 動いてるの?
「厨房が暑過ぎて狭いからあれなんですよ」
まあ、しょうがないから我慢しますよ。
「仕方ないですか」
そうですね。
チャーシューを刻む女と交わす内容の無い会話。
そんな中目黒。
(了)
朝、出勤時間に家を出ると、自転車に乗った警官二名が今自分が出てきたマンション内に入ってゆく姿が見える。
巡回だとは思うが、やや急ぎ足だった気もしないでもない。
事件?
一昨日越してきたばかりだというのに。
夜、中目黒からかなり離れた中華料理店。
中国系店員が優しく日本語で叱られているシチュエーションがよく似合う店。
後続の客は、タクシードライヴァー。ヴァ。
「ワンタンタンタンメン」
「タンタンワンタンメン、いっちょう~」
うーん、李くん、間違えてるけど結果的には問題無い。
タクシー運転手、駐禁取締りを気にしてか、やたら外が気になる様子。
外の方向=私の座る場所である為に、一挙一動を彼に見られている状態に。
李くん、皿なんて洗ってないで、これ、これを先に何とかしてくれ。
(了)
ハウスクリーニングの日、業者が訪ねてくる。
インターフォンが鳴り、ドアを開くと誰もいない。
いや、顔が見えない。
・・・。
いやいくらなんでもその長身具合はおかしいだろ。
絶対頭擦ってるって、天井に。
例えば長身で知られる布袋の兄貴に会ったとしても、「やっぱでけえなあ、布袋は」ぐらいの感想しか持たないが、少し常軌を逸した縦の伸びっぷりは脅威的だ。
しかも、快活・明朗・爽快な人格を演出しており、その風貌においての気苦労を思うと痛々しい。
じゃあ、六時に。
「はいっ、六時までにはお部屋をぴっかぴかに致します!」
嗚呼、201センチ。
(了)
ハングルでは引越しを「イーサ」という。
かの国の言葉に長音は存在しないが何となくニュアンスで。
タイトルは広東語ですが。
引越し業者に見限られところから一日は始まる。
「お客さーん、これ無理」
久保田利伸にしか見えない業者のリーダーは、たぶん鳥取出身の山陰訛りで「見積もりし直したほうがいい」とまで言う。
と、とりあえず見積もり分だけ、は、は、働け!
自分の仕事分はやるという職人気質に火が点いたのか「了解」とうなづく久保田。
「お客さーん、この木のソファー無理」
外から吊ったりとか?
「お客さーん、紐持ってきてないよ。ま、何とかするけん」
お願いします。
彼ら(リーダーと手下ひとり)は自社トラックの上にソファーを持ち上げ、小雨の中サンダルでいかにも滑りそうなバルコニーの縁を歩いている。
さすがは山陰の男、見積もり以上の仕事を終えて帰って行った。
それからは、まあまあまた別の話。
(了)
久し振りの外回り。
家を出ると、目の前にはロケ隊が。
一瞬身構えるが、マイクやカメラを付き付けてくる様子もなく軽く一瞥されつつ通過。
水道局とNTTに電話。
転居の手続きは数分で完了。
東京電力から、「電気代はお部屋ごとではなく、オーナー様のご契約になります」と告げられる。
それは使いたい放題?
「いえ、それはオーナー様とお話いただくしか」
はあ。
とっとと仕事を終え、茅場町だったはずの最寄り駅をスルーし、東京駅八重洲口まで歩く。
スーツが汗で思いのほか重い。
韓国家庭料理店との表示を見つけ入店。
暑いって言ってるのに、トゥブチゲをオーダー。
熱っ。
当たり前だ、鍋なんだから。
口の端から白菜繊維的キムチを出しながら会計。
山手線で恵比寿まで。
始発の埼京線に乗ったつもりが、りんかい線乗り入れの為に池袋まで座れない。
目の前で携帯をいじり続ける髪の青い男の存在が車内には不釣り合いだと思えて、うっかり吊革大車輪に挑戦しそうになる。
ずっっっと埼玉県と信じて疑わなかった「浮間舟渡」に到着。
東京都であることに意味を見出せないまま一日を終えよう。
いつまでも騙されていたかった。
(了)
雲
空
蜜柑
緑
菫
蒲公英
知らない間に自分は何をメモしているのだろうと、別人格はへったくそな詩を詠む詩人なのかと蒼ざめていたら、携帯用ゲームにおける謎解きの為に記していたようだ。
で、答えは?
あ、地震!
(了)
男、二十代にして既に管理職の貫禄。
「よく行くラーメン屋では伝票に客の特徴を書くんですよ」
書くの?
「店員が書くんですよ。僕らは書かれるほう」
何て? アンパンマンとか?
「何ですか、僕はあんな戸田恵子じゃないですよ」
うーん、否定になってない。
「だから、例えば髪が七三だったらそのまま『シチサン』って書かれるんですよ」
意味が分からない。
「注文を間違えないように書いてるんだってば」
なるほど。
「僕は『ヒゲタオル』って書かれてました。当時、三国志みたいな髭で頭にタオル巻いてましたし」
さすがにサービス業だから、『ぶーちゃん』とは書かないわな。
(了)
女子からの誘いで、大手企業がオフィスを構えるビルの和風ダイニングへ。
遅れてやってきた営業職の男を交えて、前述の女子に「それは食べられません」を何回言わすか競うという不毛な展開。
隣席にはトウの立った知らない女子(じゃあないな)二名。
「あたし、脂身好きなのー」
「えー? アブラミ好きなの?」
「そう、大好きなのー」
「へえー、あたしは大嫌いだけどね」
「それは食べられません!」
お、絶妙なタイミング。
(了)
剣と魔法の世界だったとしてもありえない価格だと思う。
現実世界に住まうヒューマノイドは、がっつりルールに縛られて死ぬまで生かされる。
銀行という概念はファンタジーワールドでも有効であるという虚構を受け入れられずに、麻雀用語ではない「フリコミ」を成し遂げたときには、「人」に「夢」と書いてあれな諸行無常感は否めないとしんみりするのだ。
(了)
強迫観念的に国営放送を眺めていると、北と東の学生らが汗と泥にまみれて、炎天下の中走ったり転んだり、金属棒を振り回したり死んだ牛の革を腕に巻いたりしている。
結果を観たら出掛けようとするが、試合は延長を迎え、画面に映る人々の顔と顔が喜怒哀楽に振り回されて痛々しい。
16時現在、未だ試合は続く。
空腹に耐え切れず、外出することにする。
(續く)
結果、延長15回まで同点で再試合決定という。
饂飩で空腹を満たした頃には、オリオンビールを手にしていた。
球児らよ、もう一回!
(了)
神宮球場。
18時とはいえ、まだ陽射しは容赦なく肌を灼く。
不本意ながら座る敵地にて、サイズの違う緑色の傘を、初めて異文化に触れたかの如く好奇な視線で眺めながらビールの売り子を好みかどうかだけで呼びつけては高額紙幣を与え困らせている。
途中から合流する「存在だけで試合展開を左右する神に近しい」御仁。
戯れに本来の応援席に向かわせてみると、あっさりと点差が縮まり慌てて呼び戻す。
実験的に同じ行動を繰り返すと、やはり自軍は窮地に陥るのだった。
結論:彼が座る側が負ける。
今後とも宜しくお願い致します。
(了)
帰宅後、NHKのニュース番組を眺めていたら、
「神宮球場、阪神vsヤクルト、11対11で現在も続いています!」
とキャスターが絶叫気味にスポーツコーナーを締めていた。
これだけ打って打たれたらテンション上がるなーなんて思っていたら、試合とは関係のないはずのひとりの男の登場によって散々な結果に。
いつか狙撃されますよ。
(了)
「しょうもない先輩がいるんですよ」
千葉だからね。
「何か言いました?」
いや、失言でした。
「その先輩がサーフィンを始めたとか言うんですね」
実は、陸(おか)サーファーだったと。
「たぶんそうですよ。見栄でボードぐらいは買ったかも知りませんけど。で、海に出たあと疲れてサーフボードの上で寝ちゃったとかほざくわけですよ」
あー、波に揺られていったと。
「『飯岡から上総一ノ宮あたりまで50キロ流されちゃったよ』って言うんですよ。おいおい、せめて5キロにしとけよって突っ込みそうになりましたけどね」
ていうか何で沖に向かわず海岸沿いに流されてるんだって話だな。
「そこがその先輩のいいところなんですよ」
そうなのか?
「まあそれで、後輩から『一緒にサーフィン行きましょう』って誘われて、最近始めたばっかりなのに、『5年ぐらいやってないからできるかなあ』とか返しちゃって、もう追い込んじゃ駄目だって言ってんのに、ねえ」
今だけを生きてるな、先輩。
(了)
世間では盆だの夏休みだので盛り上がったり、水難事故に遭ったりしているようだが、何の因果か休みが無い。
このまま話を進めてしまうと、愚痴にしかならないので割愛。
学生どもがxxxx(自粛)!
割愛だってば。
先祖の話でもしよう。
私の曾々祖父は。「勘三郎」という。
地元は同姓だらけなので、他家との区別は彼の世代の戸主名の短縮形で表現する。
そして、これは今もなお有効な呼称である。
勘三郎と妻カヨとの間には、三男「勘右衛門」がいて、役所から取り寄せた除籍謄本によると、彼は大正11年に亡くなっている。
「同居者」との表記があり、私の曾祖母サトが届出ている。
私の曾祖父は、「常次郎」という。
名の通り次男である(たぶん前述の勘右衛門の兄)。
大正9年に亡くなっている。
妻、サトの父親の名がやたら前時代的なので衝撃を受ける。
「右近五郎右衛門」
字面がいいですなあ。
で、常次郎亡き後の後見人がサトの兄、「五之助」。
常次郎の次男、「一雄」が私の祖父。
イチローと同じく、次男なのに一雄。
昭和7年、成年に達した一雄は、被後見人から戸主へとステージが上がる。
私の父より新戸籍編成されており、父自身が一雄が戸主だった戸籍より除籍されているので、私自身はたかだか二代目となる。
現在では祖母だけが一雄を前戸主とした戸籍のようだ。
墓参りにも行けない夏ってどうよ(愚痴)。
(了)
スライスされて出てくる、黒枠の内部が緑がかった白。
「それ、最初はそのままで。後は山葵醤油で食べて」
あ、甘い。林檎みたいだ。何すか、これ?
「水茄子」
これが例の。へー。
毎日食べたいが、栄養価なさそう。
(了)
脚に続いて腕の感覚が失われているのが分かる。
動かない脚と、感覚の無い腕。
見上げている首すら支え切れず後ろに落ちてしまいそうだ。
「黒いのは何?」
「何って・・・」
「あれ、あの黒いの」
「ああ、あれ、あれはキ・・・」
「キ・・・?」
具合の悪さよりも話を続きを迫る人間には教えない。
そう決めて倦怠感に身を任せた。
(了)
不穏な空気を感じ、この場を立ち去ろうとするが、男の眼光は自分を足止めするには十分過ぎるほどだった。
「あんたさー、飲む気が無いなら買わないでよ」
流暢な日本語と、「あんた」を軽い敬語と認識している者特有の距離を保った響き。
無言で頷く自分は腕時計に目をやるが時間など読んではいない。
「もらっちゃったよ」
男の見せる半笑いに狂気を感じ、終えた会話とみなして去ろうとするが、脚が自由にならない。
脚という材質が変化してゆく(気がする)。
空には数羽の烏。
ギャーとしか聴こえない。
男は空を見上げると、つられて自分も見上げる格好になる。
(續く)
植え込みの向こうにいた見知らぬ男が、棄てたはずの缶を拾う。
男はスーツ姿で、路上で生活している風貌でもない。
顔を見てもネクタイの柄しか目に入らないほど印象が薄い。
タイは黒とくすんだ赤のストライプ。
血と錆を連想させる。
植え込みに手を入れ、蓋の開いていない缶を拾うという動作を目の端で負う自分と、見られているという自覚の無い男との間には何も無い。
男は当たり前のようにプルタブを引き、自分で購入した所有物の如く一息に飲み干すのだった。
「・・・」
男は日本語ではない言語を聴き取れない速度で呟く。
次第に語気が荒くなり、クライマックスには缶を植え込みに投げつけた。
(續く)
自販機から発せられるアルミ缶の落下音は通りによく響いた(気がした)。
中腰になって缶と小銭を同時に取り出す。
プルタブを引く指が乾燥しきっている。
よく見ると爪を切り過ぎているようだ。
道行く人に「開けてくれろ」とは言えない。
缶の側面に鋭利なものでも刺そうかとも思う。
が、あいにくそんな物騒なものは持ち合わせてはいない。
折り合いの付かないまま、缶ごと植え込みに放り投げる。
(續く)
「例の日か?」
は?
「今日は例の日かと聴いているんだ!」
えー? 何でキレ気味なんですか。今日はー、フジテレビの日じゃないすか?
「ばかっ」
痛い痛い! ひどいじゃないですか、いきなり張り手なんて!
「・・・すまない、もうこれ以上屈辱に耐えられないんだ」
知りませんよ。僕もう帰りますからね。
「お前だけには分かって欲しかったんだ」
分かりましたよ。何なんですか。
「実は今日、xxの日なんだ」
えー? まんまじゃないですか。
「ばかっ」
たった一手の衝撃で壁の一部になった気がした。
夏場所に期待しようと思う。
(了)
老舗感溢れる触感の優しい木目カウンターに座る。
マッチは置いてあるが、おそらくは禁煙。
厨房は近く狭いが、従業員は臆することも無く細やかに移動している。
痩身のとんかつ屋主人と、自らの肉をメニューに提供しているような従業員。
じっくりと揚げている為か、油のはぜる音がほとんど聴こえてこない。
出された茶はほうじ茶、一杯を飲み終える頃には支度が整った様子が伺える。
胡瓜の古漬けが自家製ならではの色合いをしており、口に入れる前に旨さが拡がる。
程よく揚がった頃、椀に白米が盛られ、赤味噌の汁と共に出される大皿には、肉厚のある塊が四切れ、キャベツとレモン。
まずはデフォルトで、塩胡椒の風味と衣とジューシーなヒレ肉から。
先に聴いていた通り「衣に味が付いている」如き塩加減。
次に、卓上ソースを掛けて頬張ると、酸味のきつ過ぎない、どちらかというと特徴は無いが、肉の風味を消さないようにと配慮された感。
更に、レモンを絞り衣を齧るが、クリスピー感は終に失われず、衣の食感は続く。
最後は卓上の塩を振りかけて、最後の白米を口にする。
食後、ジャスミン茶が運ばれ、口蓋の油を流せとばかりに含んでは流し入れる。
素晴らしい。
(了)
この地にあるニコライ堂、実は正式名称は「日本ハリストス正教会東京復活大聖堂」という。
イギリス人が設計したロシア正教徒の為の教会ではあるが、アメリカで生活するギリシア正教徒から破壊を望まないという要請と、丸屋根が空中写真における測量の原点になっていた為、付近一帯は爆撃されない密約があったと聴いたが、記憶は定かではない。
そして、一度も行ったことはない。
あと、正式名称が長過ぎるので、「日ハ」でいいと思います。
(了)