朝いちばんで一枚のリーフレットを目の前に差し出される。
「こういうのがあるんだけどさ」
何すか、『ビジネス創造 プロデューサー養成塾』? セミナー系ですかね。
「坐禅とかやるらしいよ」
自己啓発じゃないすか、やっぱり。あやしー。
「怪しくないよ。必修って書いてあるけど、行く?」
罰ゲームですか。わたし何か悪いことしました?
「いやいや、ほらここに書いてある、人間性がカタマル、高まる?」
曖昧だなー。
「興味あるなら渡しとくよ」
えー、断ってもいいですかー。
「そろそろ査定の時期なんだけどな」
罰ゲームじゃん、やっぱり。
(了)
数週間前から携帯電話のカメラ機能が死んでいる。
何度起動させても、携帯電話自体が操作不能となる。
ネットで調べると、同現象が幾つも報告されているというので、代理店を訪ねることにする。
自動発券機から出てくる番号札を受け取ると、数字は3桁。
まれにファストフード店で同様の数字を受け取り愕然とすることはあるが、連番してない事実を受け止めて取り乱すことなくソファーで待つことにする。
「487番でお待ちのお客様ー」
はいはい。
「いらっしゃいませー、今回担当させて頂くことになりました、オノと申します」
ああ、どうも。これなんですけど、カメラモードにするとフリーズするんですよ。
「はい、大変申し訳御座いません。ただ今確認させて頂きます」
お願いしまっす。
数分間、放置される。
手持ち無沙汰から、興味もない手近なリーフレットを眺めている。
SEAMOと中島美嘉のチケット前売りがうにゃうにゃ。
「大変お待たせ致しました」
は。
「確かにお客様の仰るとおりの現象が、あっ」
オノっち、携帯を手から取り落とす。
落下先には、指環等を並べるようなベロア質なトレイがあり、特に気にもしない風を装う。
「でですね、早速修理の手続きを取らせて頂きますが、二、三の注意点が御座いまして」
(おおう、オノっち、スルーですか。あれな人だったらこの場で射殺ですよ) 何でしょう?
「このコネクタ部の腐食なんですが、修理不能と判断された場合、カメラ部の修理なしでご返却となりますが宜しいでしょうか」
(なにをー?) それは一部だけ直しはできないって仕組み?
「そうです」
まあ、他に方法がないんだったら仕方ないし。いいすよ。(あと君さー、死ぬの二度目ね)
手続きは数分で終了。
待つ間、SEAMOと中島美嘉を交互に見返している。
「大変お待たせ致しました、以上で手続きは終了で、あっ」
また落とすし。
オノっち、三度死ぬ。
(了)
人形の久月で知られる街、浅草橋。
駅構内ホームには、各出口の案内板が掲げられている。
「ここは浅草ではありません JR浅草橋駅」
吉田戦車著、『伝染るんです』における、
「ここは世田谷区ではありません 渋谷区」
を思い出す。
※写真はありません。
(了)
#990518
■呪いの絵の件で黒人男性と意見が対立。
■黒人男性は絵を手に入れたくて仕方がない様子。
■自分は「死んじゃうから止めろ」派。
■結果、黒人男性は絵を入手。
■呪いを恐れる自分は、絵を燃やそうと火をつける。
■燃える絵の前で、殴り合いの喧嘩になる。
■勿論、黒人男性にかなうはずもなく負ける。しかも死ぬ。
■誰に対する呪いだったのかを悟るが、時既に遅し。
(了)
#990524
■種々雑多な動物を実家に連れて帰る。
■犬猫数種、あと食べられそうな四本足が数頭。
■三毛猫は腕に怪我をしているらしく、痛みを紛らわそうとしているのか、ビニールに噛み付いて離れない。
■三毛猫の怪我の程度は素人目には不明。
■その三毛と結婚することになり、母親よりウェディングドレスを手渡される。
■え? 俺用?
(了)
海外アニメに登場する、「主人公を執拗に追い続けるが、キャラクター設定上、絶対に優位に立てない、語尾が『~でげす』」にも似た男、喉が渇いたと缶コーヒーのプルタブを引き、間髪いれずに吸い掛けの煙草をねじ込む。
「昨日、お客さんと浴びるほど飲んでたんだけどさ、全っ然記憶に無いんだよね」
君の場合はリアルに浴びてるからな。
「うん、スーツがマッコルリくさいんだよ」
焼肉食べてたの?
「モーパラ」
そんなとこ行くなよ、しかも客と。
「いや、嘘。食べ放題じゃなかった気がする。何せ記憶ないから」
そもそも、ほんとに焼肉だったのかも怪しいな。
「それは間違いないって。ほら、このスーツ臭、かなり焼き物でしょ」
いや、嗅ぎはしませんけど。何だ、スーツ臭って。
「何だよ、冷てえな」
何処の世界に男のスーツの匂いを嗅いで嬉しい理由があるんだ!
「そんな、全力で拒否らんでも。でもさー、お客に何を言ったか覚えてないのはまずいよね」
まずいねえ、会社的にも。
「人間性も疑われるしな。あはははは」
笑ってるよ。
開き直ったか。
(了)
電車の座席に座って揺られていると、1/fゆらぎの効果だろうか、劇的に眠くなる。
取り返しがつかないくらい遠方に連れて行かれる路線でもない限り、大概はなすがままに身を委ねている。
ごがー
最終電車が降りるべき駅へ到着した頃には、睡魔に襲われた後で、ドアをこじ開けて出ることに成功。
コンマ一秒差で敗北するというウィンタースポーツの過酷さを知る。
(了)
夕刻、大手町にある日経ビル前の歩道を歩いている。
歩く先に何か落ちている様子。
薄暗がりのせいかよく見えない。
目的地の途上にあるから、必然的に目に入る
うお、何だこれ。
黒いローヒールが片方のみ。
サザエさんみたいなOLがいるのだろうか。
そもそも、フグタサザエは専業主婦だが。
漫画みたいな人物は日常を脅かす。
バナナで滑ると頭部を打ちやすく大怪我は免れないし、
蕎麦屋の出前持ちは電信柱に激突した時点でかなりの重傷であることは想像に難くない。
微笑ましい忘れ物など存在しない。
サザエ、もしくは関係者が落とし物を取りに来る頃には、ヒールは撤去済みだろう。
片方しかない路上の靴は、ひとを不安にさせるから。
(了)
ネズミ駆除装置に弱い男、ため息と共に頭を抱える。
「やっぱ、頭痛いって、これ。電源切ってもいい?」
えー? これ、無線LANだよ。
「じゃあどうすりゃいいんだ、俺はッ!?」
まあまあ、少し休憩しようよ。
「うん、もうここにはいられないし」
そんなこと言わないでさー。
煙草に火を点ける男、真顔で語り出す。
「この間思い出したんだけど、夏場に蚊取り線香とか焚くじゃない?」
そうね。
「俺、あれもダメってことに気付いた。どうしても頭痛くなる」
えー? 煙でやられてるのかな。
「いや、どうやら煙じゃないらしい。煙の出ないタイプもダメだった」
・・・もう既に哺乳類でもないらしい。
(了)
自称潔癖症の男、ため息の後、缶コーヒーを一気に飲み干す。
「金ねえー」
また競馬で負けたの?
「いや、それはいつものことなんだけど、それよりも深刻な事態でさ」
なになに、振り込め詐欺とか。
「誰から電話もらって振り込むんだよ」
えー、お母さんとか。
「あー、それに近いかも」
母親に騙し取られたのか。
「何年か前の話なんだけど、毎日おねーちゃんのいる店に通い詰めて笑えないくらい借金をしてしまったんですね」
ほほう。
「で、これはまずいと、母親に通帳とキャッシュカードを預けたわけですよ」
賢明ですな。
「そしたら、最近母親から携帯にメールがきて」
満期になったと。
「いや、『全部遣い込んだ』って書いてあるの」
おー。
「それ見て速攻で電話したら出ないの。メール送信直後なのに」
ばっくれ。
「仕方ないからメールしたの。『何に遣った!?』って」
そしたら?
「『日本舞踊』って返ってきた。四文字だけの文章で」
しかも、今では立派な家元になってるという。
子に育てられる母。
(了)
はやく家に帰ってガンプラをつくりたいという男、ため息と共に煙を吐き出す。
「何かさー、うちの会社って人事おかしいんだけど」
どの辺が?
「前社長が役員の前で、『年内に彼女できなかったら2階級降格な』って言うのよ」
ははあ、それはいつの話?
「おととし」
君、彼女いないじゃん。でも、格下げされてないよ。
「いやそれがさ、本年度から新社長でしょ」
そうだね。
「で、『前年度の社長との取り決めなので、無効です』って言ってやったのよ」
うーん、まあ君は正しいね。
「そしたら現社長が、『上等だ、この野郎。年内につくれなかったら降格だ降格!』だって」
あらあら、逃げ場無し。
(了)
いつも買っているのは、
「ディ・チェコ No.11 スパゲッティーニ (ゆで時間9分前後)」
なのだが、先日購入した品を自宅にて開封してみると、やたら細い。
ジャケを確認すると、
「ディ・チェコ No.9 カッペリーニ (ゆで時間2分前後)」
とある。
何を間違えたか考えてみると、「No.9」と「ゆで時間9分」を混同したと思われる。
最近、電車の乗り間違いもやたら激しく、大いに不安になる。
わ、私の頭の中の消しゴムかしら。
しかも1キロもありやがるの。
(了)
320平方メートルもある空間にひとりきり。
天井も高く、蛍光灯ではない照明器具は点灯するまでに5分は必要とする。
空調として傾いたエアコンが3基あるものの、この広さでは飾りに過ぎない。
ゴト
物音がする。
がしかし、人の気配は無い。
ガタン
隠れてないで、出ておいでー。
何か心許ないので、室内を散策してみる。
床に黒いカタマリが落ちている様子。
あっ、先生こんなところで、おいたわしい・・・。
コウモリ御大のご遺体でした。
(了)
若いのをふたりばかり与えられ、馬車馬のように働かす。
缶コーヒー一本で懐柔したつもりが、奢らされただけという気がしないでもない管理職。
「何か楽器とかやってますか?」
全然。
「さっき僕ら話してたんですけど、実は僕ドラムやってて、彼がベースなんですよ」
ふーん、ギターがいないね。
「そうなんですよ。あー、バンドやりたいなあ」
俺を見るな。
「ギター弾いてくださいよ。弾きたくないですか?」
えー、そういうの20年前に挫折したからもういい。
「僕、教えますから」
何を?
「コードとかいろいろ。あ、あとステージングも」
弾けないのに、いきなり何を要求するんだ。
「どうしてもダメですか」
他を当たってくれ。
「・・・ぶっちゃけ、立ってるだけでもいいんですけど」
それは何だ、何の集まりだ。
エアギター以下だな、俺のポジション。
(了)
一度観た映画を、「よく観るね、あれは」とコメントするには、「最低20回」は観てないと言えないと信じている男、客先での経験を語る。
「たまに一軒家で、ネズミの嫌がる音波を出す器械があるでしょ」
ああ、うちの実家にもあった。天井に。
「俺さ、あれダメでさ。近くに居ると頭痛くなるんだよ」
ええー? 人体にも有害なの? まずくないか、それ。
「で、調べたら、一応商品だから『人体には無害』って断言してんの」
みんなが頭痛したら、やっぱまずいじゃん。
「この間もさ、ネズミ駆除用か分かんないけど、超音波が出てる気配があって、客先なのにうっかり『うわーッ』って声出ちゃった」
・・・君のDNAは、サルよりネズミに近いのでは?
◆◆◆
Q.ハムスターを飼っているのですが、使えませんか?
A.ハムスター、チンチラ等、げっ歯類には影響が出ますので、ご使用は避けてください。
人間や犬、猫、小鳥などには影響ありません。
あと、げっ歯類寄りの方にもお薦めできません。
(了)
先日、不意に思い立ち、長い間放置していた単車を動かそうと、不法に駐輪しているよその駐輪場へ向かう。
一回目、セルが回るので「楽勝じゃん?」と油断してうっかりアクセルから手を離したところ、その後は一切音沙汰無し。
渋谷はその名の通り谷底にあるので、自宅近辺より駅へと向かう坂を利用してエンジンを始動しようと、重力に身を任せ、傾斜を下り切ってみるも、エンジン内部は微動だにしない。
八割方諦めて、円山町への坂を上がり、バイクショップを目指すも、その日が休日であることに気付き、携帯から電話して営業中か確かめようとするも、立ち止まった前にあるレストランの従業員が不信げに見ているので、とりあえずその場を離れる。
200キロはある鉄のカタマリを、緩いとはいえ上り坂方面に、少ない筋力で押しているので体力は既に限界に近い。
走馬灯が見え始めた頃、井の頭線の駅前に向かう下り坂でセルが回り始める。
!
およそ四ヶ月振り、エンジンに火が入る。
おおう、今にも消えそうなアイドリング。
戦国の世より五百年間、先祖の墓前に供える蝋燭の火をを絶やさない宿命を背負った老婆のように、粛々とした気持ちでハンドルを握る。
このまま風になろうかとシートに跨るが、暖冬とはいえ薄着であることに気付いて、少しだけ走って止めにした。
結論:真冬に素手は無理。
(了)
地元では「行く (Go)」と、「来る (Come)」の区別が曖昧だ。
例えば、母親が実家の母、つまり私の祖母と電話で話している。
その際、「来る」という単語を使用する。
日本語自体、主語が曖昧なだけに、誰が「来る」のかと思う。
現実には、「母が実家に行く」のだ。
標準語でいうところの、「私は私の実家に来ます」。
何だそりゃ。
われ、「行く」んちゃうんか。
そんなもやもやした気持ちで、毎年毎年、母の実家へ「来る」のです。
(了)
明治期の文豪、岩野泡鳴を読んでいる。
彼の人間性に着いて行けず、犯罪実録を読むような気持ちで接している。
作中登場する、アウグスト・ストリンドベルヒの
「成り行きが運命」
という言葉だけが胸を打つ。
泡鳴自身は、「消極的、死滅的放浪の程度」という評価ですが。
(了)
睡眠不足を絵に描くとこうなるだろうなという表情、どうしたって天然シャドーは消えはしない。
「実はさ、アラスカに転勤になっちゃってさー」
まじすか? いつからですか?
「もう来週から」
えー? 荷造りはー? 身辺整理とか。
「そういうの、もうどうでもよくなってきた」
だって重要じゃないですか。
「そうなんだけどさ、先輩の後任で緊急なんだ」
こうにん? 後釜ってことですか。
「そう、先輩ってば気がxxっちゃって強制帰国でさ」
はあ。
「オーロラって最初は綺麗だから感動するけど、毎日があれだともう駄目らしいね」
・・・。
「致命的なのは日が沈まないってことかな。そりゃ気もxxうわなー」
あんた、そんなひとごとみたいに。
(了)
突然の雨に降られ、かつては海であった土地をタクシーで走っている。
「ああ、ここは家具屋になったんだ」
ほんとだ、でけー。
「前はここにディスカウントの酒屋がなかった?」
いやー、そんな記憶は無いけど。
「じゃあ何よ」
・・・林かな。
「林ぃ? 木ばっかり?」
そうそう、自然がいっぱい。
「そうだったかなあ」
んー、ぶっちゃけ、林も自信無いけど。
「そういや、君さ、前にこの辺で会社の車にひどいことしてたね」
あー、俺が人生の中でいちばんセナに近づいた時だね。
「誰よりもアイルトンだった」
急カーブなのに、アウトから前を走ってる車を抜いてほとんど逆走状態。
「地上を走る乗り物で、あんなに怖い思いをしたのは初めてだったよ」
いや、ほんとすんませんでした。
「走行中にバックギア入れた異音が今でも脳裏に浮かぶね」
いやー、すいませんすいません。
「最近は乗ってないの?」
会社から止められてます。
その方がいい。
(了)
昨日の「散弾入りブルーベリー」に続いて、ツナ缶に「カッターの刃」が混入していたという。
「ということは、たのみのツナは無かったとういうわけですね!」
は、誠に申し訳御座いません。
謝罪会見もたいへんだ。
(了)
父の友人は整備工場の経営者だったと記憶している。
オイル臭漂うガレージ内中央に置かれている土鍋には、季節の野菜と共に人生初で食べるキジ肉が煮込まれている。
いっただきまーす。
ガリ
何か硬いカタマリを噛む。
何これ!
「散弾銃だよ」
いや、お父さん、散弾銃は銃だから。
「じゃあ、散弾」
この人、ハンターだったのか。
(了)
関連ニュース:
諸事情から携帯電話で誘導されている。
「今どちらにいらっしゃいます?」
えーとですね、西口を出て、大きい通りを越えました。
「コンビニが見えますか?」
あー、見えますね。少し離れてますが、向こうにそれらしき看板が見えます。
「見えましたか。じゃあそのイレブンピーエムをですね、左に曲がってください」
・・・。
言いたいことはよく伝わるのだが、それはコンビニの名ではないな。
(了)
うららかな午後の日差しを浴びながら、白い手袋の運転手は軽快に銀色の車体を走らせてる。
車窓からの風景は日常そのといった風情で、古い街並みを走り抜けてゆく。
赤信号で停車する。
信号機が搭載されたその電柱の側面には、スプレーで書かれた拙い文字が見える。
「日の○タクシー → 敗北」
グリ○ンキャブの方が書いたのかしら。
その前に伏字になってないや。
追記:運転手の目が光っていて、写真を撮り損ねる。
(了)
「L字型の一枚板は地球上の何処かにある」と主張する男、手にしたビッグマネーで店舗への投資を約束。
出来ない約束はしない主義なのでは。
「ダーツバーのメニューってさ、カラオケもしくはラブホに置いてあるのに似てると思うんだけど」
それはつくりがチープってことかな。
「そう、だから高級感を出す為に新しいコンセプトをさ、例えばラブホの新しい機能として、シェフ付きルームサービスを」
御休息四千円じゃ済まなくなるな、それ。
「みんな、チープに済ませるのがコンセプトだから、シェフ付きは難しいか」
かといって、ルームに厨房があって自由にしていいとしたら、変わったプレイで使われそうだよ。
「それはそれで投資側の出費が増えるね。神田川のヅラとか準備したり」
イメクラ的な展開になってきた。
「裸エプロンから始まって、季節の野菜を・・・」
おっと、そこまでだ。
下方面はお嫌いでしたか。
(了)
何か重大な事を忘れている気がしてならない。
気が付けば鳥居をくぐっている。
どうしても思い出せないので、とりあえず拍手を打っておく。
この地、渋谷駅東口を出て宮益坂を上った「金王坂上」交差点に近い。
当時、歩道橋に記された「金王」に「、」を書き加えるという中学生レベルの落書きが後を絶たず、「金王坂上」の部分だけが金網で覆われていたと記憶している。
今はどうかな。
あ、 無い。
みんな大人になったのかしら。
(了)
「おー、これが、例の」
すげー。
「いや、ていうか俺らさ、何でこんな一生懸命写真撮ってんのかな」
だって、もう二度と来ないよ、こんなところ。
「うわー、問題あるなー、その発言」
自分だって、さっき『タクシー走ってねー』って何度も言ってたじゃんか。
「走ってないじゃん、実際。でもどうすんの、抽選で当たった公団が西東京市だったら」
いやー、微妙。4LDKでも考えちゃうな。
「ひどいねー、そのひとことでたくさん敵をつくったね」
いいよ別に、23区以外に友達つくらんもん。
それは極端過ぎるぞ。
(了)
鉄瓶を頂く。
奥州山形鋳物づくりに全てを捧げる釜師、菊地政光の経歴書付だ。
桐箱に納められていて、何やら高級感に溢れている。
頂き物なのに嫌らしくも価格を調べると、六万円を超えている様子。
うお、換金してえ。
そんな台所事情はさて置き、経歴書とは別にもう一枚添付されていることに気付く。
「茶の湯釜の取扱について」という題名以下、十四ヶ条の注意事項が記されている。
一、釜の取扱いは必ず釜かんを用いて釜の肌には絶対に手を触れない様に心掛けよ。
ああ、熱い釜は火傷しちゃうからね、と思いきや、「手脂が付くから止めろ」と言っている様子。
もう、敷居が高過ぎて前に進めない。
一、釜を初に使う時は、最初に沈降炭酸カルシューム又は重炭酸ソーダ小匙一杯
を釜七分目位の水(湯)を溶かして充分に沸しなさい。
次は真水で二回程沸すと内部の砂土、金気が完全にとれる。
重炭酸ソーダ(重曹)は菓子作りに使うからその辺で売っているのは分かるが、沈降炭酸カルシウムって何だ。
「ちんこう」は重いってことか。
調べると、薬局で買えることが判明するが、とりあえず家にある重曹で代用。
指示通りに手順を踏まえ、砂土、金気は取れて、「仕込み」は完了。
さあ、茶でも淹れよう。
一、釜は絶対にガスにはかけないこと。
え? 何ですと?
ごめんごめん、ちょっとよく聴こえなかったんだけど、もう一回言ってくれるかな。
・・・。
そういう大事なことは最初に書いとけよ、菊地。
全然家庭向きじゃないや。
何か腹立たしいので、ガスの火でガンガン沸かしてますが。
いつか爆発しないかと心配。
(了)