女、東横線沿線に住むという。
「モトスミ」
シモキタって言われたらへえーって感じだけど、モトスミは無いなー。
「失礼ねー」
モトスミには何があるの?
「うーん、あっ、日本一長い商店街がある。果てまで見えない」
商店街? 毒蝮三太夫は来ないの?
「誰?」
いや、あの、まむしさんってね、・・・もういいです。
「それでね、商店街はブレーメン通りっていうの」
ブレーメンってドイツの?
「そう、ドイツと姉妹都市みたいなことになってて、たまに音楽祭みたいなことになってる」
ロバとかニワトリとか出るのかな。あと犬も。
「知らない。たぶん出ないと思う。あ、あと線路はさんで向こうにオズ通りがある」
小津通りはあれですか、小津安二郎ですか、オヅヤスですか。
「誰? たぶん違うと思う。オズの魔法使いじゃないの?」
ああ、そうですか。カンザスと友好提携してるかな。
「分からないけど、すっごく寂れてる。オズ通りは短いしね」
魔法かなわず。
(了)
夏だからなのかカラダが欲しているのか、やたらと鰻なきぶんに。
所用で丸の内を訪れた際など、うっかりふらふらと一品5千円という重役クラスな重箱に手が出そうになるも、一葉先生ひとり分となると思うところもあるので、腿に錐を突き刺す勢いで泣く泣く痛い足を引きずりながら立ち去る結果に。
いっそ嫌いになりたいと欠点をあげつらう。
「あんなぬるぬるのやつのどこがいいのだ」
とまれ鰻は焼いて然るべきであって、ぬるぬる成分残留のまま食したりはしないはずだ。
そういう調理法があるならあるで試したいとさえ思う。
いや、やはり焼きがよい。白焼きがよい。鮫肌でおろした山葵で喰いたい。
「まったくつかみどころのないやつだ」
これは落語か?
食への欲望を抑制する動機から、食材そのものへの擬似憎悪は逆効果である。
おおう、これは恋愛か、恋愛の概念なのか。
この夏、鰻に恋したい。
(了)
※内容についてがっつり述べています。
パリ、悪臭で満ち満ちた市場で産み落とされた男子は魚の内臓、腐敗した果実の中で産声をあげ生を得るも、孤児院では孤立し、革なめし職人に売られ、完璧な嗅覚を持ちながらコミュニケーション不全が故に自分好みな匂いの少女をうっかり絞殺し、皮の納品で訪れた香水調合師に雇われ精製法を学ぶも、鉄や猫の香りを閉じ込めようとして陰惨な結果を残し、調合師へ100種のレシピを伝えて解放、次なる地では動物性脂肪で女子をミイラパッケージして香料を抽出するという、どうしたって殺人を前提とした職人ぶりを発揮し、美人限定13本分原料ヒトなるパフュームが完成し全てを調合するも、身柄拘束され死刑判決が下り執行日に処刑台へと向かう途中、忍ばせた香水を纏うと人々は天使を見るような恍惚とした状態となり果ては750人の大乱交が始まり、混乱に乗じて脱出、何故か故郷で残る香水を全て身体に染み込ませて群がる人々によってたかって嬲られ、最後には骨ひとつ残らず食べられて終了。
全編、殺人者視点で語られるので、彼が官憲に追われるシチュエーションでは、志村後ろうしろ、とうっかり助け舟出した後、それも何だかなーという立ち位置に。
彼が庇護者(生母、孤児院経営者、革職人親方、香水調合師)の元を去る度に、去られた庇護者は彼を失った直後に全員悲惨な死に方を迎えるという、笑わせようとしてるんだか運命論なんだか判断のつかない展開となる。
視聴覚というメディアで嗅覚を扱う困難さを知る。
(了)
猛暑の中、どうしても立ち喰いそばが食べたくて半蔵門線に乗る。
ジャケットが汗で重みを増してきた頃に到着。
立て付けの悪い自動ドアが不器用に開く。
嗚呼っ、券売機があるよ。
知らない間に設置されている見慣れないマシーンに硬貨を投入し食券を求める。
厨房には店主は不在で、見たこともない若造が掬いを振るって接客中。
薄汚れていたはずの壁は内装業者の手によって光沢のある彩色に。
出てきた麺は記憶よりも黒く、つゆは二日酔いに効きそうな濃ゆさ。
きんぴら天の牛蒡、揚げ過ぎ感は否めない。
奥から現れる中年女性従業員は、鰻の寝床的に狭い通路をのし歩き、立ち喰う客に遠慮なくぶつかりつつ、呪文のように翌日オーダーする野菜の名を呟きながら外へ。
あの婆だけは変わらんな、とぶつかられて崩れた体勢をカウンターへ戻し、再び麺を啜り込むのだった。
(了)
「大和川を越えず」とされる水茄子、泉州地方(和泉、堺、岸和田、泉佐野、貝塚)限定で栽培され、夏が旬という。
通常の茄子と異なって皮はやわらかく、灰汁も無いことから、生食を推奨している。
「お待たせ致しましたー、水茄子のカルパッチョでございます」
って何だこれ。
「水茄子です」
いや、上に何か乗ってるし。
「カルパッチョですね」
お前、カルパッチョの意味分かってないだろ。
「イタリア料理ですよ、カルパッチョさんが考えた」
惜しい。
本来は、
生の牛ヒレ肉の薄切りにマヨネーズとマスタードを混ぜたソースを網の目状にかけたものまたはパルメザンチーズの薄切りとともにオリーブオイルをかけた料理
なのだが、現在では鮪等の魚肉を用いた料理もカテゴライズされる。
カルパッチョは画家の名で、ソースの配色具合が彼のタッチに似ることに因るという。
季節の野菜にそれっぽくソースを掛けたぐらいにしてカルパッチョ呼ばわりするのは浅はかであるのと同時に、マヨネーズ、マスタードもオリーブオイルも用いないとなると、水茄子の上に乗ったこのガーリック風味のおろしポン酢を何て呼べばいいのかも分からない。
水茄子はいつでもそのまま食べたいのだ。
(了)
白を基調とした小部屋に白衣の男ひとり、年齢は不詳。
眼鏡のデザインがわりと昭和ライク。
「はい、次の方」
あ、どうも。宜しくお願いします。
「はいよろしくー、じゃあそこに座って。楽にして。あー、服は脱がなくていいから」
あ、はい。
「はい、じゃ、これ。何に見える?」
・・・蛇口の付いた切り株ですかね、左側は劣化してささくれてますね。
「・・・はい、以上です。はい、次の方ー」
え、終わりですか? 一枚だけ?
「これで充分です。はい、次の方ー」
ほんとは何なんですか?
「次の方来てるんで、退出願います」
えー? 気になるじゃないですかー。
「何だ、君は。正解はターバン巻いてイヤリングしている髭の生えたインド人とか言って欲しいのか、あ? それで満足か? とっとと帰れ!」
病んでる?
(了)
「昨日はうちの若いのが悪かったのう」
あっ、いえっ、いや、全然だいじょうぶれ、です。
「あいつにはよう言い含めといたから、もうきいひんよ」
あっ、あ、ありがとうございます。
「あいつ言うてたけどな、お前の部屋、何かおるらしいで」
な、何がですか!?
「わしもよう分からんけどな、まあ気ぃつけぇや」
それって刺すやつ? 翅生えてる? 空飛ぶ? 何に弱いの?
新たな恐怖に押し潰されそうになる。
(了)
深夜、何かの物音に目を覚ます。
陶器とやわらかな何かが触れ合う音がする。
「にゃあ」とも聴こえる。
低く長い物体が暗闇に浮かぶ。
全体的に白く、ところどころ黒い。
トイレの窓が全開で、かつドアも閉まりきってなかった為にそれの侵入を許してしまう。
あー、先生、いつもお世話になってますー。
小パニックなあまりに発した話したこともない京都弁の後輩口調も完全無視され、それは部屋をきっかり2周し、ベランダに面した網戸の隙間から屋外へ。
よくないことが起きずに済んだと胸を撫で下ろすも、右の二の腕と左足の甲に蚊とは思えない刺し跡が残っているのに気付く。
野性味あふれる先生の置き土産におびえる日々を過ごす初日、アレルギー体質としては致命的な環境になりつつあるのではないかと唯一無菌なバスルームへと逃げ込むのだった。
(了)
魂の重さ何グラムー? にーじゅうーいちぐーらむー♪
開始早々既に電気GROOVEの唄うところの
「ケツのしわ何本? よんじゅーうーはーちーほーん♪」
なるメロディが脳内MP3プレイヤーにてエンドレスリピート。
もうね、イニャリトゥ監督の引出しの少なさといったら、万力標準装備な作業台並にひとつっきりで、今回もまた「群像」な展開は止まらず、時系列を完全破壊する編集無茶振りもさることながら、登場人物どいつもこいつも傷口に塩塗り合って生きている俺生きてるあたし生きてるでも死にたいやっぱり生きる殺してやる、ってもう痛々しさこの上なく、若い頃は俺も悪かったと不良少年に神への信仰を促す首にタトゥーが入ってるせいで解雇された元キャディーは神から与えられたと信じているピックアップトラックで親子3人をうっかり殺傷してしまい神の不在を嘆き、家族を奪われた妻は欠落感に耐え切れず夜な夜なクラブでケミカルトリップしては泣き続け、事故死した夫の心臓移植で生きながらえた教授はドナーとその家族をやたら仕事の早い探偵に調査させ妻に近付きうっかり深い仲になる中、元キャディーの殺害を計画し彼の暮らす土地へと目指すが、教授は銃は向けて撃つも「失せろ!」と追い払い、妻は復讐は成されたと思い込むが、死に切れない元キャディーは教授と妻の部屋を突き止めて押し入り「殺せ!」と揉み合う内に、自らを撃つ教授、「救急車を!」と叫ぶ妻、呼ぶ元キャディー、病院へ搬送後、「俺が撃った」と警察に訴え連行され、もはや誰が救われて誰が救われないんだか、不幸のインフレ状態で終焉。
魂の重さとかそういう概念よりも、作中誰しも口にする
「それでも人生は続く And Life Goes On.」
が印象に残る。
ケツのしわが何本だろうが、それでも人生は続くのだ。
(了)
曇天の中、第三京浜で多摩川を越え越境。
約束の地、江ノ島を目指す。
桑田圭祐の唄うところの「江の島がみえてきたー」のだが、
実際に「俺の家も近いー」のだろうか
「ゆきずりの女なんてー夢を見るよに忘れてしまうー」のだろうか
写ってはいないが、今海から上がりました的にずぶ濡れた若造が前を歩く
濡れた水着は涼を呼ぶどころか薄ら寒く、明らかに一銭も持っていない様子
江の島弁天が誘う青銅の鳥居、潮風に晒され200年
朱の鳥居の両脇には長堀検校寄贈の狛犬が鎮座する
長堀先生は、ギター教室のひとでしょうか
竜宮城を模したという瑞心門
伝統あるメルヘン思考と思いたいが、浮世の煩雑さから離れたいばっかりの現実逃避なテンションもまた否めない
駐車場より我々のレンタカーを探す
「あ、あの煙出てるのがそうじゃない?」
「ほんとだー。って、どうやって帰るんだよ!」
楽しい思い出が一瞬にして惨劇に。
レンタカーは慎重に選びたい。
(了)
追記:
煙の件は嘘ですが、車輌に不備があったことは否めません。
行楽の季節、ご自愛ください。
アグアルデンテ・デ・カナ、いわゆる砂糖黍の搾り汁を直接発酵させて蒸留するという工程を経て製造されるピンガ、現地ブラジル・リオではカシャーサとも呼ばれている。
夏期以外には見抜きもしないのだが、駄目になるのは目に見えているのに当時節だけは、仮釈放を許可された凶悪犯の如き、野に放つ勢いで接している様子。
年に一度の里帰りを許された奉公女という例えさえも霞む、ラテンな雑味にやられっぱなしだ。
ピンガにおける代表的なバチーダ(ピンガと果汁のカクテル)の中にカイピリーニャという名を見つけるが、長い間、カイピリーニャはポルトガル語で「田舎娘」との意と解釈していたのだが、実はアルコール飲料自体が女性名詞であるだけで、「お嬢さん」的な意味合いは無いという。
「ははあなるほど、酒と泪と男と女ですか」
君さ、もう駄目になってるから帰りなさい。
(了)
社食に登場するメニューの中にゾッパと呼ばれる一品がある。
何料理? ていうか何語?
絵的には地味な野菜を煮込んだ雑炊に他ならないのだが、字面と音感に若干身構えてしまう。
スペイン語で「ゾッパ・デ・アホ」とは、にんにくのスープを差すのだが、ここはやはりおされタウン中目黒としては、
ゾッパ=スープ
という解釈で理解するべきなのだろうが、雑炊をスープにカテゴライズしてまうのは、かなり乱暴な感は拭えない。
しかも具材からは何ひとつとして、イスパニアをイメージする要素が無い。
椎茸からはアンダルシアの風を感じないし、
えのきだけからサグラダ・ファミリアを連想しない。
むしろ近くて遠い隣国にある、クッパ(直訳:汁ごはん)に近い。
そういう意味では雑炊クッパの略なのかもしれないが、どうでもよすぎて確かめる気にもならないのだ。
(了)
午後になって突如物凄い疲労感に襲われ、加齢によるあれか寄る年波によるあれかと激しく狼狽するも、時間の経過と共に通常通りな体調に戻り、兎にも角にも胸を撫で下ろす。
前日の行動を省みるも、特筆すべき点は何ひとつ無く、ただただ降って涌いた災難に打ち震えるばかりだ。
あれですか、無料配布の漫画雑誌を通勤中に引き返してまで受け取りに行くとか、
最寄り駅から近いアピールとして雨の中を傘も差さずに往復しつつも置き傘を物色するとか、
目当ての雲呑麺をすする目的で急勾配な上り坂を走るように駆け上がって到着時には何にも口にしたくないと激しく後悔するとか、思うところは多々あったりするのだが、
ああなるほどと膝を打つ事象がひとつ。
ひっさびさにのんだくれていないのが昨日だったと気付き、知らなければ幸せだったと今日もまた散財を促す為に足を運ぶのだった。
(了)
夏だというのに朝から湯豆腐を食している。
空調も使用せず、滝のように汗を流し、何の罰ゲームかと思うくらいに虐げられた空間。
プレイ指数いうと、42ぐらい。
意味分かりませんが。
最近近所に初老の豆腐売りが出没するようになったのだが、彼を呼び止める住人を誰ひとりとして目撃したことがない。
何故か夕暮れ時じゃなくて午前中だし。
時間帯を間違えてないかしら。
朝食も済んだし、会社員は出勤後だし、午前10時に誰が豆腐を買うのかと。
ともあれ、哀愁誘う「とぉーふぅー♪」のメロディ。
何か違和感を感じつつ、真横を素通りしてスルー。
絹、木綿の他に何を扱っているのかも価格も分からない。
そもそもこの人、ほんとに豆腐売りなのかも分からない。
先入観でそう思い込んでいるだけかもしれない。
初老の男、ラッパを吹いただけでは飽き足らず、生声で「おいしーいとうふー」と叫んでいる様子。
あー、違和感の正体はこれかと膝を打つ。
あとラッパ音にも違和感が。
半音っていうの?
あまり自信がないので音程批評は止めとく。
それなりに情緒を醸し出していることは認めよう。
しかし、君からは買わんぞ。
100円の豆腐で満足だもの。
(了)
肝臓に存在するアルデヒドデヒドロゲナーゼが多量であるほど、摂取したアルコールはさくさくと分解されるという。
デヒドデヒド。
飲酒していない日の行動を思い出すと、自宅にて壁に向かって体育座りしながら前後に揺れているぐらいしか思い浮かばず、これはもしや飲酒歴xx年にして依存症とか何とか中毒とかそういうことになっているのでは、と無理に胸をときめかせてみる。
一問一答で? ああ、そうですか。
「酒の量を減らさなきゃと思ったことがあるのかい」
いや、そもそもそんなに量は飲んでない、はず。ていうか基準が分からない。
「周りから飲酒について何かしらの指摘・批判されたことはあるのかい」
えーと、金銭面で心配されたり、寝てしまうとかそういうことでお叱りは幾度となく。
「飲酒について罪悪感を感じたことはあるのかい?」
特に。たぶん飲代分を別に投資してたらジャガーぐらい乗っているのでは。・・・いや、マーチ。
「朝酒や迎え酒を飲んだことがあるのかい」
え? あなた無いんですか?
「質問はこっちが」
あ、はい。ガンガンですよ、夏だし。
「はい、結果~発表~、どんどんどんどん、どんと」
やる気ないなー。
「君ね」
はい。
「依存症ね」
まじすか。どの辺が?
「全部」
たった4つじゃんか。
「長いと飽きるからね」
あ、はい。どうも、気を遣って頂きまして。
「明日からどうにかして」
えー? どうにかって?
「てめえで考えろ!」
何か不条理な怒られ方だな。
「けけけけ、健康診断の結果が楽しみだな」
怖いこと言わんといてくださいよ。
(了)
「あ、写真はちょっと」
えー? どうしたんすか、その腕。
「実は飲んでて」
階段から落ちたんですか?
「いや、落ちてない。酔って女の子にね」
バールかなんかでどつかれたんですか?
「いや、あの、最後まで聴いて」
あ、はい。
「女の子と腕相撲して折れた」
・・・。またー、嘘だあ。
「ほんとです。しかも複雑骨折」
えー? まじすか? 何をやってるんですか。
「もうね、3ヶ月くらい仕事してない。親元にいるからもう肩身狭くって」
職場とか両親には何て?
「ありのまま話したよ、一緒に飲んでたの職場の同僚だし、親に連れられて入院してたしね」
えー? 入院? 脆い腕っすねー。
「カルシウム足りないのかな」
カルシウムどころじゃない気もしますけど。いやー、でも結果的に加害者になった女の子もかわいそうですね。
「うん。その子さ、実家が関西の方なんだけど、一応親に報告しとこうと電話したんだって」
まあ人様の腕をへし折ってますからね。
「そしたら父親が出て、『お前どんだけ怪力なんじゃ!?』って笑われたって」
まあ笑いますね、やっぱり。突っ込むところそこしかないし。
「何がつらいって、実家で昼から『オリエンタル急行殺人事件』を観てただけなのに、何故か父親から怒られたのがつらかった」
右手が不自由なのよりもアガサ・クリスティーですか。
(了)
あいにくの雨の中、知人のウェディングパーティ、出席者総勢60名。
しかも本人らには、祝いだから身内だけでフランス料理を食べようと騙して呼んでいる。
スクリーンに流れるインタビュー映像では、互いの両親がハートウォーミングなコメントを残す。
映像が収録された事実すら本人らにはひた隠しという徹底ぶり。
感極まった新郎は思わず号泣。
彼とは彼此14年の付き合いになるが、泣き姿を初めて見る。
マイクを向けられた新婦のコメント。
「今日はほんとにありがとうございました。いやー、旦那が泣くのを初めて見ました。凄いですねー」
新婦、超冷静。
彼にとっては、オーソン・ウェルズの火星人襲来級のサプライズなんだろうなと微笑ましくもあり。
(了)
駒沢通りを歩いている。
待ち合わせしているにも拘らず、合流前にどうしてもビールが飲みたくて、オープンカフェな店へ。
隣席の女子、彼氏遍歴を延々と語る。
「もうね、男の人ってほんと信用できないと思ってたわけ」
「2回も浮気されちゃねえ」
「ひどいんだよ、その人。バンドマンだったからミーティングとか言ってひとりで出掛けるんだけど、後で聞いたらその日は合コンだったの」
「浮気相手は合コンでですか」
「ああもうこれは別れようと思って、浮気が発覚したときに言ったの。そしたら、お前だけだ俺にはお前しかいないって、すがるの。もうこっちはとっくに冷めてるってのにさ」
「男の人ってすがるよね」
「そう、すがるすがる! あたしと付き合った男の人って大概去り際が悪い」
「去り際!」
「もうスマートに別れたいのに、ぐだぐだになるのが厭でさー」
「今度のは大丈夫なの?」
「たぶん」
「たぶん?」
「今のところ大丈夫、浮気されてないし」
「ま、まあ幸せになってくださいよ」
まあ幸せになってくださいよ。
(了)
小雨降る中、クリーニング店よりスーツを受け取り、家路を急ぐ。
緩い傾斜の坂道をコドモを荷台に乗せた若い母親が、潔い立ち漕ぎで風のように追い抜いてゆく。
「もー、お母さんほんとたいへんなだからー。シゲキ迎えに行くでしょー、家帰るでしょー、シゲキ乗せたまま買い物できないから、家に帰るの、分かるー? それが今なのー、こうやってシゲキ乗せてるのが今なの、お母さん今を生きてるのー。でねー、その後買い物行ってから、今度はチエミを迎えに行かなきゃいけないの。チエミを家に送ったら、今度は夕飯の支度よー。しかも、まだお夕飯の内容を考えてないのー、シゲキ考えてよ、あでも、ハンバーグは無しね、あとカレーもね、お母さん今日ハンバーグカレーを広尾で食べたから。知ってる、広尾? シゲキは行ったことないか、あったら怖いわー。もうねとにかくたいへんなだからー、お母さんはー」
シゲキ、コドモとは思えない表情で母親の愚痴を全身で受け止めている様子。
が、頑張れ、シゲキ。
(了)
気が付けば日付が変わっている。
何をどう間違えたのか、平日の真ん中に深酒している。
別に、夜な夜な自宅に霊が出没するから帰るのが厭だとか、未だ始末し切れてない死体が猛暑で腐敗してゆく様が耐えられないから家に寄り付かないとか、そういうありふれた事情は無く、安酒が自分を駄目にしたのだとブラジルの砂糖黍蒸留酒を憎むことにする。
始発までファミレスで珈琲でも啜ろうと向かうも、24時間営業の筈が「清掃中」とか魔除けの札みてえなのを店頭に掲げて悪鬼退散と叫んでいる。
タクシーで南新宿へ向かう。
藤田田だったら我々を拒否るまいと、若干薄暗さが気になる店内に足を踏み入れるも、ここも魔除けの札が提げられていて、一歩も前に進めない。
クラス全員が夏休みの宿題を仕上げようとして、ネット回線がパンクした東北の寒村なのかと、藤田田の段取りの悪さを呪いながら別天地を目指す。
約束の土地は東新宿に。
しかし、「フードの販売は終わりましたー」とこれまた24時間営業を謳うには訴訟ものじゃないのかと。
「万引きしちゃいましたー」くらいの軽さとはいえ、実は実刑くらう覚悟の無さもまた憎らしい。
教訓:
無職の方と飲んでいると巻き込まれる平日朝までコースは、意志の弱さの裏返しと知れ。
(了)
雨降る古書店街。
数年前まで毎週通っていたカレー専門店へ。
カウンターに向かい、注文を告げる。
後続の客、儀式的に店内全員に向かって「こんちはー」と挨拶。
やべーのが来た風な空気が漂い始め、全員の握るスプーンが緊迫感を醸し出す。
しかも隣に座るのかよ。
男、入店時から誰に話しているか分からない発言を執拗に繰り返す。
固定されたカウンター前の椅子に腰掛けながら、ジーンズの尻ポケットに手を掛けつつ、
「あ、今財布出しますよ」
ってそれは椅子に言ってんのか、手前のケツに話しているのか。
別に前金制でもないのに、カウンターに置かれる野口札。
店員、忙しくて構ってやれない様子。
ようやく彼の置いた野口に気付き、注文を尋ねる。
「えーと、ね、カツカレーにコロッケとシューマイふたつね」
もう聴いてるだけで胸焼けしそうなセレクト。
しかもメニューを告げるところだけ妙に早口。
嫌がらせとしか思えないオーダー。
案の定、注文を繰り返す店員に対し、若干切れ気味に回答。
「カツひとつー、コロッケひとつー、シューマイだけふたつね。で、カレーね、カレー」
改めて聴かされるメニューの羅列に込み上げる熱い想い。
「やっぱりなー」
ってお前、新聞も何も読んでないじゃんか。
ひとり言は行動の説明に相違ないが、彼にはロジックは通用しない。
「あ、例によってご飯少なめにね、例によって例によってね」
常連らしい発言ではあるが、一言も二言も多いと神経はささくれ立つ。
早く帰りたいなあと彼とは別方向に移動しようとも、無情にも椅子はボルトで固定されているのだった。
(了)
池波正太郎を読んでいる。
甲賀に住まう忍びの一派は戦国負け組、浅井・上杉に加担したばっかりに目に見えて全滅方面まっしぐらなのだが、時代の流れに転進してゆく同門他派の忍びらを激しく憎みつつ、伝統とプライドに雁字搦めとなり、戦さ場で儚く散ってゆくのを止められないばかりか、最終的には織田軍相手に鬼神の如き働きを見せるも、所詮は多勢に無勢、諜報だけが彼らの役割と知る。
主人公くのいちは本能で行動する。
職業的葛藤も無ければ、刺さると痛い暗殺武器も容赦無く使用する。
ぐじぐじ悩む忍者は要らないのだ。
(了)
何度もあれで恐縮なのだがNHKを観ている。
『YMOからHASへ』
言わずとも知れた坂本龍一、高橋幸宏、細野晴臣らがイエロー・マジック・オーケストラ散開後、始動させた短期ユニット名、ヒューマン・オーディオ・スポンジ。
しかし、細野が近年樹木希林化しつつあるのはもう止められないのだろうか。
そういう絡みか何なのか、インタビュアーはリリー・フランキー。
インタビューの中で、幾星霜を経て歳を重ね、物忘れも激しく人間関係の煩わしさすらも面倒臭くなったという細野、だからこそ再び3人で演れる、老成した関係性が生まれ、どうでもいいことがどうでもよくなる。
成る程素晴らしいと膝を打つ反面、30年連れ添ったゲイカップルを見るような目で眺めていることにも気付くのだった。
(了)
展望台へと続く下り坂。
そぼ降る霧雨が敷き詰められた石畳を死の罠へと変貌させてゆく。
山道両脇は谷底へと向かう急斜面。
アルコオル臭の吐息を放ちながらのチドリライクな歩行は命に係わると思いながらも、根拠のないマイナスイオンに癒された気になり、走るように目的地を目指す。
数名の脱落者をあっさり見捨てて、先を急ぐ。
見上げた山頂は霧に閉ざされている様子。
下界も同様に雲海のみが拡がるのみ。
途中、山頂を激写しようと三脚を構え、霊峰を出待ちしている老夫婦とすれ違う。
何やら緊迫した雰囲気に、連れ添った年月の長さとは関係なくそれぞれの嗜好は相容れないのだと理解する。
「天狗の庭」と呼ばれる奥庭へと出る。
奥庭には天狗が舞い降りて遊ぶという、何が面白いんだか分からないプレイスポットとしての岩があり、足の大きい人が忘れていった下駄が放置されている。
この庭、「天狗の遊び場」とも呼ばれているという。
名称の直球イメージから、派手なネオンとよさげな呼び込みを探すのは止めにしたい。
(了)
諸事情によりカットモデることに。
前回のカットは1月22日だったから、およそ4ヶ月半振り。
約18年振りの理容室におけるカット担当は23歳の女子。
カット中、「店長、これどうやるんですか?」とか「あれ?」とか「あちゃー」とかそういうコメントを除けば、快適なバーバーライフ。
新人のカット後に店長が仕上げを担当。
美容室では行われない蒸しタオルとシェービング、眉剃りを経て使用される腕装着型マッサージャーに思わず嘆息する。
「じゃあ、あとよろしく」
って帰るんかい。
最後まで見届けずに退店する店長。
鏡に映る知らない男の寝起きみたいな顔に怯え、逃げるように店を後にするのだった。
(了)
例に漏れず今年も健診を受けよとの指令が下り、中抜けして診療所を目指す。
東京駅で下車し、どこまで東京駅と言い張るんだどんだけ歩かすんだという距離を経て到着。
看護婦という単語を排除して正解と人差し指を指したくなる看護士の群れに混ざるひとりの老婆。
あろうことか、自分の名前を呼びやがる老婆。
何故に患者の老婆から名前を呼ばれなければいけないのか、としばし硬直する。
「はやく、まだやることあるんだから」
ああ、この人は医師なのかドクターなのかと、診察室に案内される。
「おひる食べてないんでしょ、おなかすいたねー」
いや、君が喰うなっていうから健診っていうから喰うてないんじゃ!
血と尿を供物の如く捧げ、寄りかかるなと記されたポールに寄りかかり、カラダに悪そうな何とか線を浴び、着替えもそこそこに追い出される。
遅い昼食を摂り、職場へと戻る。
「どうでしたか、健診は?」
不二子似の女医がいたよ。
「まじすか!? 峰、やばいっすね。いいなー、不二子健診。もう一回そこで受けたいなー」
腹いせに罪の無い嘘を吐く。
(了)
旅先ではよく目にするとうもろこし。
直売所にて10本が一把となって1000円で販売されている。
店頭に立つ年齢不詳の農婦から、
「生でもいけますよ」
と耳を疑う発言を聴いた時は、どんだけ飢えてんだと、身の上話のひとつでも聴いてやろうかと身の乗り出したものだが、実際口にすると、
甘い。
しかも青臭くない。
表看板には、「今日の糖度18度」とある。
いや、スイートさは度数で言われても分からない。
フルーツコーンと呼ばれる品種らしく、サニーショコラ、ハーモニーショコラ、ピュアホワイトと甘味系なネーミング揃い。
2本購入して即完食。
その辺で売ってないので、ネット通販で買おうかと価格を調べたら、10本4500円と高額取引されている。
大人買いしておけばよかったと、筋違いながらにも年齢不詳の農婦を憎む。
(了)
串田アキラ御大がどうしてもっていうから、ほんとにライオンなのかと、近すぎちゃってあれなのかと、かわいくってあれなのかと、そんなにもサファリサファリしておるのかと、確認の意味も込めて「わ」ナンバーで乗り入れる。
積極的に道路を横断するメスに比べオスは微動だにしない
中継車と並走する彼に「がんばってくださーい」との声援も
『もののけ姫』では君、美輪明宏に頭から喰われてたな
結論:
33歳独身とはいえ、サファリ系の動物を間近で見てしまうと、関西のおかんと化す。
「ぃや~、めっちゃかわいいわあ~。うちの子になってぇ~」
(了)
かつての封建体制において、心無い輩から「有ること無いこと」を主君に吹き込まれ、儚くも武家社会からフェイドアウトしたSAMURAIらは、戦場で転がる首級の数だけいただろう。
慶長の役で大公秀吉の勘気を受けた肥後熊本藩主、加藤清正を思い出す。
結論:
ホテルのライターは持ち帰るな。
ホテルの名がそれっぽくないからといって油断するな。
意外とみんな知ってるぞ。
「下の上ですかね」とかホテル批評されているぞ。
(了)
五合目にて
ほんとうに行ったのかと問われれば実は自信が無い。
あれは全貌を目視してこそ初めて達成される行事だと信じて止まない為だ。
先入観が憎い。
土産だけでは済まされない、何か実感の欠けるあれの印象。
山開き当日として、高山であるにも関わらず神輿を背負った薄手の地元民が掛け声と共に登山道を登ってゆく。
何か失われた大陸に暮らす部族を眺めるような視線を投げかけていることに気付き、山頂へと双眸を向ける。
和太鼓と西瓜、夏らしい季語には違いないが、気温が10度に満たないことを除けば、時節はまっこと正しい。
※誰もが疑う証拠としかなり得ない画像ばかりだったことを予め断っておきます。
(了)