実家へ帰るべく、旅客機に乗り込んで離陸を待っている。
前方座席に座るコドモ、何が気に入らないのか慟哭にも似た咆哮を止めない様子。
通常、むずかるコドモは、
①まずは不遇をアピール。 ex: 「ヴぇ~ん」「ぎゃーん」
②しゃくり上げること数回。 ex:「えっぐえっぐ」「ひゃくっひゃくっ」
③母親を呼ぶ、もしくは環境・状況を否定。 ex: 「ままー」「やだー」「かえりたーい」
以上の三点をエンドレスで繰り返すのだが、このコドモ、①②③の動作中、長文を読み上げるが如く、現状を切々と訴え続ける。
コドモの口から語られる家族との数日間が赤裸々に語られる様は、親としてどう対処したらよいものか。
饒舌に騒ぐコドモはさっぱりかわいくない。
(了)
「実家の風呂が改装中」という理由で朝9時から4つ離れた後輩の自宅を訪ねる36歳、「哀しい出来事があった」と肩を落とす。
「聴いてよ」
えー? 婚約破棄ですか?
「違うよ。さっきここに来るまでのはなしだよ」
カツアゲされました?
「それはもう十年以上前のはなしだ」
(されたんだ) ・・・。
「ここ来る途中の坂を歩いてたらさ」
道玄坂ですか。
「そう、道玄坂でカラスに襲われた」
えー? ネタですか。
「違うよ。こう、後ろからすーって滑空して、くちばしじゃなくて脚だと思うんだけど、軽く頭にこつっと」
頭に何か付いてたんじゃないすか。エサとか。
「いや、呼んでないから。呼び寄せてないから。で、二羽目もこう、やっぱり背後からすーって滑空して、もう頭ギリギリのところでフェイント気味にスルーしてさ」
なめられてますねえ。カラス的に罰ゲームなんじゃないすかね。
「何の罰ゲームだ。君さ、渋谷長いんだから、何回かあるだろ?」
ありません。
「うっそ」
渋谷では日常的にカラスが人にいたずらしてると信じていた、彼のピュアな心を折りました。
帰りは油断せずお帰りください。
(了)
アイリッシュ・コーヒーやカフェ・ロワイヤル等、珈琲にアルコヲルが加味されている品は喫茶店ではよく見られる。
主人と奴隷の関係性で言うと、前者が珈琲で後者がアルコヲルである。
従属、隷属してこそ主が引き立つというコンセプトに相違ない。
ところ変わって、無国籍料理と銘打つ、その実ふつうの創作系居酒屋では軽い革命が起きる。
珈琲豆が焼酎に漬かっている。
他店ではあまり見かけないという物珍しさも手伝って注文を繰り返していると、「ほろ苦さが絶妙に調和する」という売り文句に騙され、気が付けばぐだぐだになってることもしばしば。
作り方はシンプル。
<材料>
■焼酎
市販されている通常のものでも結構だが、芋は止めたがいい。
■珈琲豆
調べてみると、「焼酎1リットルにつき20g前後」という。
がっつり焙煎した豆はより香ばしく、珈琲汁が抽出し易いという。(汁って言うな)
■容器
ラベルに「キッコ○マン」とあると、家族仲が険悪になるのは必至なので、無難なやつでひとつ。
<作り方>
①焼酎のボトルに珈琲豆を粒のまま投入。
怪我をしないように2メートルは離れること。
②72~120時間、じっと体育座りしながら待つ。
目を離すと台無しになるので移動は厳禁。
③100時間経過した頃、浮いていた豆は底へ沈み、液体が珈琲色になる。
やはり移動は厳禁の為、予め用意した干し肉で飢えを凌ぐ。
④珈琲色になり、全ての豆が沈殿したら完成。
ひとつでも浮いていたら、瓶ごと叩き割り、可及的速やかな改宗をお薦めします。
⑤豆を除き、液体を容器に移す。
125時間を経過すると、豆は漬け込んだ人間に恨みを抱くようになると言われています。
ゆめゆめ遺恨を残すことなかれ。
(了)
めっきり寒くなった。
嗚呼、頭痛がするよ。
もしかしたらヘアバンドがきつ過ぎるのか、カチューシャのサイズを間違えたのか、と自宅での格好、もしくは普段着を想像されるだけで赤面ものの理由をあげつらいつつ、こめかみをぐりぐりぐりぐりと。
痛飲に起因するのか、睡眠不足なのか、脳自体がやられているのかは不明だが、肩凝り等も考慮に入れつつやはり飲んでいる。
本日は久方振りに甲州街道を越えて北側へ。
久し振り過ぎてボトルを探す間にビールが飲めてしまう。
気が付けば、疼痛なんて何処吹く風。
睡魔だけをストッパーにして、今宵もそこそこに帰ります。
(了)
六本木にて忘年会をということで、オフィシャルサイトに掲載される各会場を眺めている。
「この部屋ジャグジーとかあるんですけど」
ほんとだ。5、6名まで同時に入れますだって、いやらしいな。
「いやらしくないですよ。ジャグジーに入りながらカラオケとかいいですね、ジャグカラ」
何でも略すな。ていうかそれ、もう完全にラブホじゃんか。
「いやいやいや、セレブですよ」
セレブはカラオケしないと思う。
「もちろん、リモコンとマイクは防水で。でないと、うっかり落として感電死しちゃうから」
だんだん貧乏くさくなってきた。そんなんで死にたくないし。
「足湯にはあれですよ、足の皮を食うメダカみたいなやつ」
何だっけ? ドクター・フィッシュ?
「そう、たぶんそんな感じ。忘年会が終わる頃にはみんな骨になってますけどね、マイクだけ握ったまんまで。あはははは」
そんな年の瀬は嫌だ。
(了)
新宿新都心南端、丹下健三設計による高層建築の一画にあるデリ。
ハイソな方々が訪れるショップに、ひとりジャージ姿の男。
応対する従業員の態度が他の客とは明らかに異なる。
すがすがしいほどの上から目線。
ジャージだから? ジャージ差別?
はんたーい、なくそーう、すくおーう、ジャージ。
「あの」なんてひとこと発しただけで警備員を呼ばれかねない。
■蛸とオリーヴ
ぶつ切られた蛸とブラックオリーヴ。
蛸は食感だけで選ばれた食材だ。
■フェタとトマトのマリネ
山羊山羊感まっしぐらなチーズとドライトマトに何らかのビネガーが。
もすこし葉っぱ系も欲しいところだ。
■ポット入りシュリンプのリエット
海老にはそもそもラードはないのだが、豚か何かで煮られたのだろう。
そのままでもよいが、ミルクパンで温め溶ろかしてバゲットに乗せるとなおよし。
買うもの買ったらさっさと引き上げます。
(了)
明治記念館が会場というのに、うっかり徒歩で明治神宮へ。
行動と目的が一致してないことに気付き、腕時計を見る。
残された時間は20分。
タクシーを拾い、信濃町方面を目指す。
間に合う。
会場に案内され、つつがなく式は終了。
晴天とはいえ寒風吹きすさぶ中、庭園にて記念撮影。
期せずして逆光
新郎は偶然にも同じ学校、新婦は奇遇にも同郷。
いろんな縁でみんなつながっている。
おめでとうおめでとう、とうさん最近涙もろくてな。
末永くも幸せまっしぐらで。
(了)
シャンソン・バーへゆく。
とはいえ、シャンソン限定ではなく、種々のアーティストに扉は開かれているという。
オフィシャルサイトには、
「シャンソン・バーですが、バンド・ダンスパフォーマンスやお笑いなどの多様なジャンルの方々が出演しています」
とある。
かなりまとめたな。
MADELEINE AGENCY presents Rue de MADELEINE
入店早々、マイクを通した裏声が響く。
ステージを見れば、MC担当はタツノオトシゴというかなりシュールな世界が展開している様子。
トリを務めるはこの方。
いろんな意味で興味深いライヴ、歩いて家へ帰ります。
(了)
ハワイアーンなネーミングの店、何故かネット上では沖縄料理にカテゴライズされており、隣席には佐野史郎、メニューに載る料理は創作和食という軽いカオスに巻き込まれ、奈良産の熱燗も手伝って神山町の奥深さを知る。
■胡麻豆腐の揚げ出し
胡麻豆腐ってNGな方が多い中、揚げ出し作用で胡麻豆腐感は皆無に。
だったら普通の豆腐でいいじゃん、との言は作り手に申し訳ない。
■炙り〆鯖
そりゃ熱燗も進みますよ、と手酌酒。
酢橘を搾って身をほぐす。
■百合の根卵とじスープ
百合の根のしゃきしゃき感が卵とじ。
胃腸に優しげなスープが中締めに相応しい。
最後まで沖縄テイストはゼロのまま、若い女子と赤ワインを飲んでいる佐野を置いて、徒歩で帰ります。
(了)
酔いが回った深夜、誰かに電話するという行為を久しくしていない。
不意に携帯を手にして訊いたのが、
「ピザ屋の営業時間」
という、そんなんネットで調べればええやん的などうでもよさ全開な内容で軽い後悔が。
その節は曖昧な回答をどうもありがとうございました。
(了)
きょうはまっすぐいえにかえりました。
よるはさいきんおぼえたまほうのれんしゅうです。
けろけろけろたーん!
みちゆくひとをかえるにかえちゃいます。
ごめんね、わかいかっぷるたち。
かつてかっぷるだったかえるのうえをくるまがはしります。
だいぶさむくなってきたけど、みんなもかえるまじっくにはきをつけてね!
(おわり)
木戸銭の安さに釣られたわけでもないが、爺趣味まっしぐらの身としてはひとつ寄席でも見てみようと、職場の近所であることも手伝って足を運ぶ。
中目黒落語会、略して「中落」(実話)
手製の高座が愛らしい
古今亭 菊六■まんじゅうこわい
この世に怖いものは何ひとつ無いと断言する男の表現方法が、
「怖くないから喰える」に特化している。
蛇に始まり、蟻、蜘蛛、猫と続き、思い出したかのように心底怯えるのは表題の通り。
古今亭 菊六、実は学習院卒で、11代目市川 海老蔵とは家族ぐるみの付き合いという。
本人談だと自慢でしかないが、扇遊師匠の言質だからよしとする。
入船亭 扇遊■厩火事
亭主の本心が知りたいとかつての仲人である旦那に相談する髪結いの女房。
仲人の旦那はふたつのエピソードを語り聞かせる。
①唐(もろこし)、自らが有する厩舎が焼けてしまい愛馬が焼け死んだにも関わらず、留守を預かっていた弟子に怪我が無かったかと心配する孔子。
②麹町、高価な瀬戸物を運ぶ妻が階段から落ちるが、妻よりも瀬戸物の心配をする旦那。
「お前の亭主はどっちかねえ」
「あたし、やってみます!」
「やってみますって、おい!」
髪結いの女房は帰宅後、早速亭主が大事にしていた皿を割る。
「何てことしやがんだ! っていうかお前、怪我はしてねえか? 大丈夫か?」
「・・・あんた、あたしの身体を気遣ってくれたのねえ」
「だって、おめえが働かねえと俺さ、昼間っから酒飲めねえじゃん」
扇遊師匠、昭和28年生まれで、北の湖とは同い年。
菊六と市川 海老蔵の話とかぶるのかと思いきや、ただ同年なだけという。
「自分がやっと真打になったと思ったら、向こうはもう年寄ですよ」
「仲入り」とは、インターミッションですな
寄席には決して来ない「三ぼう」がいるという。
『つ○ぼ』
さっそく放送禁止用語から始まる。
聴覚に障害のある方は来ないのは当然至極。
「ご親類、ご友人にそのような方がおりましたら、失礼をお詫び致します」
『けちん坊』
銭払ってまで笑いに行く奴の気が知れねえ、という理由で。
「ご親類、ご友人にそのような方がおりましたら、失礼をお詫び致します」
『泥棒』
「ご親類、ご友人にそのような方がおりましたら、失礼をお詫び致します」
古今亭 菊六■転宅
日本橋浜町の妾宅に上がり込んで、家主が残していった酒膳を飲み食いする盗人。
妾であることに嫌気がさしたという菊に「あたいを連れて逃げて」と誘われ、半信半疑ながら夫婦の杯を交わし、夫婦だからという理由で菊に持ち金全額を預かられてしまう。
翌日、妾宅に嫁を迎えに来るも誰もいない。
向かいの煙草屋に「菊がいないんだけど」と尋ねると、「昨日のうちに転宅した」との回答。
「あの女、何者なんすかね?」
「お菊さん? なんでも、義太夫の師匠らしいよ」
「ぎーだゆうー? 道理で上手くかたりやがった!」
扇遊師匠、二度目の登場
入船亭 扇遊■片棒
吝嗇家で高名な大店の主人、三人の息子の誰に身代を譲るか決めかね、番頭の進言を取り入れ、自分がこの世を去った時にどんな弔い方をしてくれるかを長男・次男・三男に尋ねる。
①長男、派手な葬式を企画し、高級膳、車代、土産、等数々の身代を潰しかねない浪費で弔うと宣言。
②次男、祭にも等しい式典を催し、鳴り物で女を踊らせ、先代のカラクリ人形を乗せた山車で町を練り歩き、最後には花火を打ち上げるという。
③三男、出棺の時刻を偽って告知し、膳を出さないばかりか香典は頂くという吝嗇振りを見せ、棺桶すらも漬物桶で代用するという。
「お前だけだ、わしの気持ちを分かってくれるのは」
「でも、父上、棺の担ぎ手はさすがに私ひとりじゃ無理です。ここは人足を雇います」
「そんな勿体ない! わしが棺から出て担ぐ!」
いやいや、扇遊師匠の鳴り物演技が素晴らしく、いつまで続くのか血管とか切れたりとかそういうのは問題無いのか救急車を外に待たせてあるのかと心配になるくらいのテンションで終了。
東横線と井の頭線で帰ります。
(了)
目指したはずの店があまりにも男ふたりというシチュエーションを拒絶するので、致し方無しと別の店を探す。
とりあえずビールと出てきたのは、プーケットラガー。
■パッマウアサイムー
湯剥きした茄子と鶏肉の炒め。
品名はもちろんタイ語なので、どこからがナスでどこまでがトリなのかは不明。
ビールが進む。
プーケットラガーが空いたので、チャーンを頼む。
■カイチャオム・サップ
チャオムなる野菜に卵を絡め、多めの油で揚げ焼き。
チャオムが何なのか分からないまま、玉葱っぽい食感を味わう。
甘辛酸味のソースがないと実は無味。
■トムガーカイ
筍と鶏肉の優しいトムヤムクン風味。
とはいえ、ココナッツミルクの白さに騙されると意外に辛い。
沈むレモングラスは食べない方向で。
■カオマンガイ KHAO MAN KAI
鶏がらスープで炊いたであろうライスに蒸し鶏が乗る。
にんにく生姜と彼の地のスパイスが混ぜ合わされたソースを掛け回して食す。
満腹中枢がほどよく警報を鳴らし始めたので、タクシーで次に移動します。
(了)
銀座、15時01分。
とある記念パーティーに出席。
会はつつがなく終了し、移動。
2軒目、有楽町二丁目、和食レストラン。
同僚がひとりの従業員を指差して、似ている有名人を思い出したい様子。
「ほら、あれ、染五郎の妹だか姉で、幸四郎の娘でさ」
・・・松たか子?
「そう! それそれ、それに似てる。かわいいなー」
回りくどいにも程がある上に、松には惹かれない旨を述べると暴れだす同僚。
3軒目、銀座四丁目、餃子房。
さんざん食い倒したはずなのに、テーブルの脚が曲がるほどの品々が並ぶ。
大皿に盛られた麻婆豆腐は、赤を通り越して黒い。
4軒、5軒と回り、何故か上野にいる。
6軒目、上野二丁目、韓国料理店。
夜中の3時に焼いた豚肉と、煮込んだ豚肉を食べている。
睡魔に襲われた連れが、背もたれの無い椅子から転げ落ちそうになったところで解散。
嗚呼、まだ始発は動いてないよ。
とりあえず歩けるところまで歩こうと、不忍池に背を向け歩き出すのだった。
(了)
出張中の父と会う。
午前中の会議を終え、午後からは美術館めぐりをしようと目論んでいた父だったが、自社の会長に捕まり、「次期会長に誰を推挙するか」と父自身の進退すら左右しかねない意見を求められたという。
「俺は誰でもいいんだけど」
誰でもいいんだったら、現会長にもう一期よろしくって言えばいいじゃん。
「厳密に言うと、ルール上は交代の時期なんだ」
会長特権で曲げちゃえばいいじゃん。
「それはまずいだろ。それが通らなかったら立場上あれだし」
じゃあ、現会長に決めてもらえばいいじゃん。
「それは俺も言った。現会長は言葉にはしないけど、俺に決めて欲しい雰囲気があってな」
じゃあ、それっぽい候補立てればいいじゃん。
「ところが、他の連中は年齢的に若過ぎる。若い役員が会長職に就いた前例が無い」
何それ、めんどくせー。
「俺がいちばん面倒臭いよ」
そりゃそうだ。若いってどれくらい若い?
「四十代」
それは若造だな。
「そう、だから無理。結局、今の会長は周りから『続けて欲しい』って言われたいだけなんだ」
話戻ってるし!
「そうだよ。だから困ってる」
もうさ、根回しして現会長もう一期で決定! はい終了!
「それしかないな」
ところで、美術館は行けたの?
「ぎりぎり間に合った」
何を見たの?
ムンクかよ。
父の心象風景を表現するには最適な画家とも思う。
(了)
唐突な話で恐縮だが、図書館員の業務は主に以下の四つに分けられるという。
①資料収集業務
②資料整理業務
③資料提供業務
④資料保存業務
読んで字の如くといった内容だが、当日、図書館員との待ち合わせを反故にされたのは、どれにも当てはまらない以下の理由。
「これから滞納者と会わなきゃならなくなったから」
何の? 本の?
21時からという時間もさることながら、役所仕事とも思えない追い込みっぷりに、戦々恐々とする。
ひとりやさぐれて、酒精に逃げようと不健全な店を目指すのだった。
(了)
ざわざわ感が残る喫茶室、向かいに座ったまま十数分に渡って携帯電話をいじり倒した後、やおら顔を上げて口角を開く男。
「僕の友達、名古屋でJR職員なんですよ」
また唐突だな、君は。
「あれ? 鉄っちゃんの話してませんでしたっけ?」
たぶん、してないんじゃないかな。君、ずっと携帯いじってたし。
「まあいいですよ、やっぱり電車好きみたいですよ」
自由だなー。でもさ、JRって鉄っちゃんは採らないって聞いたけど。
「そうですか? うちの父親も旧国鉄職員ですよ。しかも重度の鉄」
昔は緩かったんじゃないかな。
「ひどいんですよ、うちの父親は。家族で旅行に行くじゃないですか。で、ポートレートっていうか駅舎に飾ってある誰かが撮った写真とか剥ぎ取って持って帰るんですよ」
えー?
「あと、うちの実家の屋根裏には電車の信号機がぶらさがってます。あれは子供ながらにやばいと思いました」
鉄の中の鉄。
いちばんやってはいけないタイプの鉄が現職というのもいかがなものか。
(了)
艱難辛苦って何だっけ銀杏みたいなやつ?等と的外れなコメントをしつつ、コーラが飲みたいと居酒屋で騒ぐ36歳、ため息と共に未来の嫁についてとつとつと語りだす。
「かーねーがーなーいー」
知ってますよ、そんなこと。今日も親から飲み代借りてきたんでしょ?
「自分のだってば、管理されてるだけ」
いくつになったんでしたっけ?
「君の4つ上だよ」
知ってますよ。素で返さんといてください。
「もうさー」
何でしょう。
「靴を投げるんだよ」
誰が? あー、嫁が?
「そう。『ひとり暮らしは貯金できないから実家に戻れ』って、ずっと言われてたんだけど、まーふらふらとしていっこうに帰らなかったらさ」
いいかげんにしろと靴を投げるんですか?
「外にだよ」
えー?
「玄関出たらすぐに隣んちでさ、50代ぐらいのおっさんが住んでるんだけど、敷地内にバンバン入ってくわけ、靴が」
おっさんもびっくりですな、靴がころころころころと自分ちに入ってきて。
「そしたらおっさん、たまたま帰宅したタイミングで、ちょうど嫁が振りかぶって靴投げてるとこ見られて、ぼそっと、いやあれは笑ってたな、『地獄だな』ってひとこと残して家に入ってった」
たぶんじゃなくて確実に笑ってたな、それは。
(了)
社食にて。
皆に遅れて客席に到着し、トレイを置く。
「あ、やっぱり」
やっぱりて。
「絶対、鰻を喰うと思ってた。もう100パー、ていうか20パー増しで」
何だ、その数値は。
「鰻が出てる日は必ず頼むでしょ?」
それは否定しないけど。だって丼物って楽じゃん。
「いや、他の丼はスルーしてるの知ってる」
君は何か、ファンか。その辺はスルーしといて。
「いやいや、何が言いたいかって、君の場合さ、山椒の袋をわしづかみでしょ。いつか『お一人様一袋でお願いします』って書かれるって、絶対」
それも面倒だな。
次回から5袋にとどめ置こう。
(了)
馬堀海岸に来ている。
品川から京浜急行の快特に揺られ、堀ノ内で乗り換えて幾つか。
海が見えてくる。
曇りがちな太平洋
南国情緒あふれる風景
近代的な建造物が見えてくる
実は風の噂で、水木しげる先生が出展している聞き及んでいたのだが、
それらしき作品はカゲモカタチモなかった。
騙され系? 何の為に?
それにしても幾らかの収穫はあったので、よしとする。
暗くなったので帰ります
(了)
鍋の恋しい季節に違いない。
肌刺す寒気すらも会食に相応しいと新宿に集合。
全員いるのか。これで全員か。ほんとにこれで。
蓋を開けてみれば、10人。
敵は9人、と心中既にサヴァイヴァー。
■自家製腸詰
添えられる長葱がワイルドなまでに輪切りなのは、これからの闘いに備える為だ。
■水餃子 (10個入り)
ひとりひとつのはずが何故か全員に行き渡らないのは、己の油断の所為だ。
■合菜載帽
①我先にと、クレープ状となった玉子の薄皮を掌に載せ、甘味噌を皮の内側に塗る。
②配分も考慮せず、好みで白髪葱を載せる。
③誰よりも先んじて、五目野菜炒めを存分に取り、薄皮で包む。
④周囲からの白い視線を気にせず、貪り喰う。
■酸菜火鍋(ファンツァンホークォ)
煮立つ前、味見と称して食い尽くせ!
・・・たいへんおいしゅうございました。
都営新宿線、JR山手線、京王井の頭線に乗って帰ります。
(了)
新宿にある北京料理店へ行く運びとなり、予約を一任される。
「じゃあお願いしますね」
了解。で、何人だっけ?
「8人です」
予約取れたら連絡するよ。
「あ、4人追加でお願いします」
12? 分かった。また後で。
「もうひとりいいですかね?」
13? 分かったー。後でー。
「欠員出ました、1名脱落です。風邪とのことです」
えーと、12か。じゃあ現地で。
目当ては11月から3月までという期間限定の鍋、酸菜火鍋(ファンツァンホークォ)。
説明には、「満州風漬け物の和え寄せ鍋」とある。
豚肉、鶏肉団子、蟹、烏賊、牡蠣、帆立、酸菜(発酵白菜)、春雨、等が特殊形状の鍋で煮込まれ、薬味ががっつり混ぜ込まれた甘辛酸味の味噌(紅腐乳)で食す。
8+4+1-1=12
敵は11人かと眠れぬ夜を過ごす。
(了)
NHKを観ている。
『爆笑問題のニッポンの教養』
「File-016 生き残りの条件≠強さ 数理生態学 吉村 仁」
いわゆる素数ゼミについての自論を語る吉村教授。
13、17年周期で大量発生するセミは生き残りの条件を、発生周期を他のセミと重複させないことに帰結した。
生き残りの条件は、個体の強さに比例しないという。
自然界には不確定要素が満ち満ちているのだ。
例えばアリ、3割だけが働き、7割は「ニート」という。
「働かないアリ」の存在は知ってはいたが、7割もいるとは、よくもまあ社会が成立しているものだ。
うろ覚えながらに幾つかの例を思い出す。
オオツノシカ ・・・ 4メートルもある己が角が重過ぎて絶滅
サーベルタイガー ・・・ その名の通りの長い牙が邪魔過ぎて絶滅
君らもう少し何とかならなかったのかね。
旧ソ連における外科医デミコフが生み出した双頭の犬にはそれなりに意義があったのだろうが、絵的には狂気の科学者がうっかり創っちゃった系にも等しい。
何の役にも立たないパーツはやがて身を滅ぼす。
余計なのが付いたレッドリスト掲載の生物たち、生き残れー。
(了)
およそ十ヶ月振りに品川を訪れる。
港南口から出て、インターシティ方面に歩いてゆくと、藁と畜が発する独特の臭気が漂い、何処かもの悲しい鳴き声が響く。
あまり知られていないが、駅前屠畜はここで行われる。
駅前留学でさえ縁遠いのに、屠畜なんて対岸にもほどがある。
もちろん中に入ったことは無いが、屠場見学の話を聴くと、たいへん興味深い単語が幾つも出てくる出てくる。
「避けようとした水たまりは真っ赤だった」
「腰に牛刀を挿した解体業者の背筋は割れている」
「コンテナいっぱいの内臓」
何だかいろいろつらいので、「ツンデレいっぱいの内装」と都合よく変換して、無理ぐりファンタジー方向に修正するも、メルヘンとは真逆方向の文字群に心痛は隠せない。
まあ細かい作業は職人に任せてとりあえず、と駅前の韓国料理店に入るのだった。
(了)
しばらく過ぎて、「最後にいつ会ったか」が最初の話題となるも、遠い過去にすがるよりも近況をと話し始める。
「車をもらったんですよ」
すごいじゃん。
「軽なんですけどね」
もらったんだからさ。
「まあそうなんですけどね」
実は車検切れとか?
「それもそうなんですけどね、実はその車、父親の知り合いからもらったんですけど」
軽四って聴いてたのに三輪しかない。
「いや、タイヤは四つですよ。どうやらその人の娘が前に乗ってたらしいんですよ」
年頃の。
「たぶん我々と同じくらいです。で、その娘がですね、実は自・・・」
あっ、ごめんごめん、よく分かった。
「その話を受け取って乗って帰る車中で父親から聴かされて」
今更要らないって言えない。
(了)
きのう、くらぶにいきました。
こわいおにいさんやきれいなおねえさんがたくさんいました。
きれいなふくをきたおねえさんはやたらとおさけをすすめてきます。
ともだちはおねえさんからおさけをかってたみたいだけど、ぼくはやめときました。
ともだちとはぐれてしまい、しばらくはべつこうどうです。
なんじかんもいたみたいで、きがつくとあさでした。
おなかがすいたので、あるいてかえります。
だめ!ぜったい!
(おわり)
神楽坂を歩いている。
歩道沿いに「飯店」と銘打つ店舗がある。
ショーケースを覗くと、見るだけで胸がいっぱいな品々が並んでいる様子。
「60分以内に完食すると無料」という。
要予約という餃子100個分の通称「まくらぎょうざ」(2.5キロ=9600円)
文字通りに一升分の「一升炒飯」(5840円)
単品としての「餃子100個」も同価格(9600円)
「ジャンボ」という表現が似つかわしくないほど安価(630円)
殺されても行かない店リストに掲載。
総武線と井の頭線で帰ります。
(了)
期せずして井の頭公園へ。
米とビールを欲する選択肢としてたどり着いた約束の地。
それなりに混雑している様子。
カウンターから見える厨房に設置されている、カレー攪拌マシーンの巨大さに圧倒されながら席に着く。
渇望していたビールと共に年甲斐もなく大盛をオーダー。
素揚げした秋野菜とよく煮込まれた角煮
結果、満腹中枢は初期に警報を鳴らし始めるも、設定上食材を残せない為、無理ぐりに完食。
件の公園から見える大島 弓子先生の住まうマンションを眺め、井の頭線で帰ります。
(了)
ガンダム世代にとっての富野 由悠季は神と同義であるというのは周知の事実だが、再放送世代とはいえ、ただの一話も観たことがないのに特に理由もなく、半永久的に制作されるであろうシリーズの黎明期を知っている彼らは歴史に立ち会った感があり、それはそれで羨ましくもある。
「インタビューするらしいの」
富野をですか?
「うん、来月号の企画で。しかも、わたしの上司はリアルにガンダム世代でね」
上司にとっては神じゃないすか。
「そうそう、話してる彼も目とかうるうるさせながら信者みたいな感じで言うわけ」
本人は会いに行かないんですか?
「かなりの勢いで行きたいらしいんだけど、公私混同になっちゃうからね。ぶっちゃけ行っても何もすること無いし」
いろいろ口は出しそうですけど。
「そう! インタビューの写真撮るだけで、『富野さんはもえる人だから、背景は赤で』ってもう現場にまで来そうな勢いでさ」
「燃える」なのか「萌える」なのか、区別が付かない。
どっちでも同じか。
(了)