28日である。
米国中東部にある州の名を冠した店では、此の日限定の品を扱うという。
連日の痛飲を鎮めんが為、例え不本意であろうとも久方振りに「食」ありきで件の品を持ち帰ろうと企む。
使用されるは、千葉と鹿児島産の本体と十一種類のハーブとスパイスという。
考案者である名誉大佐のレシピは門外不出と聞くが、然(さ)もあらん。
圧力釜と遺伝子組換大豆から抽出された油を用い、巷に知られた揚げ物は完成されるのだ。
"It's finger lickin' good!"
今では使用されているかは不明だが、当時はそう云われていた。
こんな脂ギッシュな物、誰が素手で喰うものか。
食後数分も過ぎると、何処か落ち着かないもやもやしたきぶんになる。
・・・胃腸が重い気がする。
何もしたくないと横になる。
患って動けないという負の場面を迫真に演じている様だ。
時間の経過と共に益益そういう気になる。
・・・もう駄目かもしれないと思い始める。
此の状態で眠れるだろうかと不安になる。
吹き出物も出てるし。
結論:
・・・そんな物は犬にでも喰わせてやれ。
(了)
本日ァ吉祥寺にある劇場での落語会でござんす。
昼間ッから駅前にあるなんてぇ蕎麦屋に入りましたが、蕎麦すら手繰らず「蕎麦抜き天麩羅蕎麦」、所謂(いわゆる)「天抜き」を「あて」に冷酒で杯を重ねまさァ。
◇越乃景虎(新潟・長岡栃尾)
◇一ノ蔵(宮城・松山)
油断してるてぇと遅れるてんで、千鳥足で会場に向かいますな。
『前進座劇場プロデュース「三人寄席」』
@吉祥寺南町三丁目・前進座劇場
手渡された小冊子にゃァ「古今亭半輔(落語)」と記されてたんですがねぇ、何故か此の方ァ高座には上がりませんでした。
名からして古今亭志ん輔師匠一門の前座の方なんでしょうがねぇ、何があったでしょうか、なんてぇ詰まらぬ心配をしております。
柳亭市楽◆松山鏡
マクラ小咄:
「鏡店(かかみゝせ)」を「嬶(かか)見せ屋」と読んだ田舎の方々、「えかくきでぇなよめっこ」を見せるもんと思い込みまして、翌年も同じ場所へ向かいますが、「琴三味線指南所(ことしゃみせん・しなんじょ)」に変わっておりまして、「今年ゃ見せん」と解釈しまして、来年まで嫁の命が持つか分からないと嘆く男を慰める言葉が「死なんじょ」。
本編:
「越後新田松山村、今の新潟県は松之山町(現・十日町市)、温泉がありますね」
古今亭志ん輔◆夢金
「斎藤佑樹と村上佳菜子が好きになれないんですよ」
「石川遼はいいんです、成績残してるから」
「斎藤佑樹、沖縄到着とかもうどうでもいいんですよ」
「村上佳菜子の笑顔がどうにも作られてる気がして」
「昼の吉祥寺ですよ」
「楽屋に行けば弁当が用意されているのが分かってるんですがねぇ」
「どうしても駅前でらーめんを食べてしまうんですね」
「そして、後悔するんです」
「弁当食べてる人見ながら、此方にしときゃァよかったなァって」
「同じ中央線の西荻窪ではよく飲んでますよ」
「西荻窪は夜が賑やかなんですが、昼は何ンンにも無いですね」
柳亭市馬◆笠碁
「昨日は二・二六事件の日でした」
「あの日は雪が降ってましたてんですから、今日の陽気が信じられませんね」
「亡くなりました(柳家)小さん師匠、当時麻布歩兵第三連隊機関銃隊所属でして」
「反乱軍側としての行軍ですよ」
「・・・まァ師匠は朝起こされて何だか分からない内に連れて行かれただけなんですがね」
「そういう経緯もありましてか、天皇陛下に対しては並並ならぬ感じなんだと思いますね」
「国宝になった際に、小さん師匠があの園遊会に呼ばれまして」
「取り決めがあったらしく、天皇陛下がお声を掛けなさるのは六名までだとお聞きしました」
「当時の橋本聖子さん、森進一さんが居りまして、次に小さん師匠が狸の置物みたいに立ってました」
「そしたら、侍従長の方が陛下に『落語の柳家小さんさんです』って紹介なさったんですね」
「陛下は『あ、そう』と仰りつつ、『最近、落語はどうですか』と訊かれるんですよ」
「小さん師匠、まさか声が掛かると思ってませんから、何にも考えて来てないんですよ」
「かなり緊張もしてたんでしょうね、小さん師匠の返した言葉が『はッ、近頃はッ、大分、良いようです!』」
「近頃良いようですって、病気見舞いじゃァないんだから」
お仲入りで御座ィます。
花島世津子◆奇術
「松旭斎すみえの弟子なんです」
「此の会に呼ばれた時に弟子の中から誰が行くか相談しまして」
「いちばん見栄えがいいのがいいだろうと云う事で、結果あたしが選ばれた訳ですが」
「いちばんで此れですから、後はたかが知れてますね」
世津子ねえさん、以前お見掛けした時よりも短髪になってらっしゃいました。
寄席と変わらずの内容でして、「破った日経新聞を元に戻すが、スポーツ紙になっている」奇術や「カードを用いた数字宛ての最後を外し、紙に開けた穴に自らの顔を入れて『クィーン』と言い切る」というサゲまでがいつもの世津子でござんした。
入船亭扇遊◆妾馬
「東京やなぎ句会という集まりが御座居まして」
「敬称略で申し上げますと、柳家小三治、永六輔、加藤武、小沢昭一、大西信行、矢野誠一」
「故人では江國滋、等錚錚(そうそう)たる顔触れでして」」
「一応、うちの師匠扇橋を宗匠に据えての会なんで御座居ますけれども」
「或る時、伊豆下田行きの列車に乗りまして温泉旅行も兼ねつつの句会がありまして」
「あたくしも師匠のお供で同行したんですが」
「伊豆急行は単線でして、上り下りが駅で擦れ違うんですね」
「あたくしらは下りで海側を、上りの方はてぇと山側を走っています」
「そしたら河津(駅名うろ覚え)で、向こうから来ますのが所謂、御召列車で御座居まして」
「其れまで海を眺めてらっしゃったんでしょうね、此方側を見てらっしゃいまして」
「其の内に誰かが気付いた様でして、『おい、あれ、そうじゃない?』的な」
「もうそれまで酒飲んでわいのわいの云ってた面面がですよ、直立不動で最敬礼なんですから」
「あちらの方でも此方側に知ってる顔でもあった様で、ゆっくりとこう手を振られてましたね」
「あたしは戦後の生まれなんですが、つられて思わず最敬礼でした」
追い出しが鳴りましてお開きで御座ィます。
此の後中央線に乗りまして西新宿の一角にありますなんてぇ羊肉専門店で喰い倒れ飲んだくれるンですがねぇ、丁度時間となりましてお後と交代で御座ィます。
(了)
本日ァ西新宿にあります高層ビルヂング四十七階での落語会でござんす。
生憎の曇天てんで、展望処からァ四方八方何ンにも見えやァしませんが。
元来は柳家喜多八師匠の会なんですがねぇ、実は二月五日に喜多八師匠入院の報が入りまして、急遽五街道雲助師匠の代演となりました。
当日配る小冊子も差し替えが間に合ったようで、しっかりと雲助師匠の名が入っております。
そして、助演(スケ)の蜃気楼龍玉師匠、前名が五街道弥助と申しまして、雲助師匠のお弟子さんなんてんで、期せずして親子会と相成りました。
『モリキド寄席第六弾~五街道弥助改め三代目蜃気楼龍玉誕生を祝う』
@西新宿二丁目・新宿住友ビルスカイルームB
柳家ろべえ◆元犬
撮影くるーが壁に凭れ掛かりまして一瞬電灯消えてしまい、ろべえあにさんは噺ン中で「・・・びっくりするじゃァないかッ」と隠居役としての台詞に本心を込めてました。
蜃気楼龍玉◆親子酒
「蜃気楼龍玉という名を襲名致しました」
「初代も先代もろぉくな死に方してないそうで」
本編:
若旦那と共に禁酒を誓った筈の大旦那、女房に酒を強請(ねだ)る様が秀逸でさァね。
「婆さん、おい婆さん、お前最近綺麗になったなァ」
五街道雲助◆お見立て
「あたくしは代演で御座居ます」
「喜多八師匠、糞詰まりだそうで」
本編:
喜瀬川花魁が焦がれ死にしたと聞かされて号泣する杢兵衛大尽の様を見た喜助の談。
「・・・何です、今の。・・・鳩が居るのかと思いました」
お仲入りで御座ィます。
雲助・龍玉・ろべえ◆口上
ろべえ:
「龍玉あにさんとの想い出はと云いますと、・・・北千住の『はなの舞』でしたかねぇ」
「あにさんは店でいちばん安い焼酎を頼むんですが」
「つまみは要らないってんですね」
「あにさんが要らないってんですから、当然私も頼む事も出来ず、お通しをつまみに飲ってました」
「・・・龍玉あにさんは飲んでる時に箸を割らないんですよ」
「お通しにすら手を付けずに、其の儘朝まで飲んでました」
「お身体には気を付けて戴きたいです」
雲助:
「もう大分方々でやったんで口上は飽きちまいましたな」
「此の男は遅刻が多くてですね、『何で遅れたんだ!』って小言云うと」
「『風邪を引きました』って云いながら、酒臭いんですよ」
「我々の方で何かしくじると坊主になるってのがありまして」
「遅刻五回で坊主だって事にしましたら」
「五回坊主になってました」
「一度『辞めたい』って云い出しましてね、困ったンですよ」
「何でだって訊くと、『二ツ目になりたくない』ってんです」
「ようく訊きますと、『独り立ちしたくない』ってんですね」
「辞めるのは構わないンですがねぇ、こういう男ですから辞めて正業に就いても間に合わないだろうと」
「普通、辞めるって云われたら『二ツ目になるまで辛抱しなさい』って云えるンですがね」
「其の二ツ目になりたくないてぇから、もう如何し様も無いンです」
「丁度其の頃出会ったのが今のカミさんなんですが、間に入って執り成してくれまして、結果辞めずに済んだんですがね」
「うちの一門は五街道を継がせません」
「弟子全員、亭号が違いまして」
「一番上が桃月庵白酒、次が隅田川馬石」
「で、此れが蜃気楼龍玉でして」
「先代龍玉は六代目の三遊亭圓生師匠が『龍玉の型はああだった、ああいう型が龍玉だ』と噺の型を例に挙げられる程の噺家だった様です」
「ですが、初代も先代も酒で身を持ち崩したてんですから、まァ継ぐにも継いだりですなァ」
柳家小菊◆粋曲
「梅は咲いたか」
<都都逸>
「~犬の遠吠え新内流し~」
「~梯子段上がったり下りたり~」
「気前良く」
「羽織り着せ」
「三階節」
「品川甚句」
蜃気楼龍玉◆妾馬
「・・・口上では何を云われるか分からないので、相当に緊張感します」
「矢張り散散に云われてしまいましたが」
「まァこういう感じなんで、お付き合いを願っておきます」
本編:
八五郎、御広敷で取次ぐ若侍に名を聞かれて名乗ります。
「あっしゃァ八五郎てんです」
「・・・ハッチャン、アッ、テンダー?」(←うろ覚え)
追い出しが鳴りまして、会場を後にしますてぇと通路には療養中の喜多八師匠がいらしてます。
顔色の悪さは平常通りかと存じますが、患ってると聞いた後じゃァより悪くも見えますなァ。
くれぐれもお身体だけにはお気を付けなすっていただきたく。
昇降機を待つのももどかしく、四十七階から地上へと舞い降ります。
降りた先にゃァ創業して六十年以上を経るという都内最古の臺灣台湾料理専門店でござんす。
他所の店じゃァなかなか耳にしない品名を幾つか戴きまして、西新宿の宵は更けゆくので御座ィます。
(了)
◆煙腸(エンチャン)・・・ 甘味は目立つものの然程気にならず、添えられた白葱と共に別皿のつけだれで戴く
◆火鍋(ホエコ)・・・ 白菜、ブロッコリ、魚丸、米粉、木耳、もつ、海老、スープは薬膳的薄塩味
◆烏魚子(カラスミ)・・・ 橙色の隣には菓子風ミニマムに角切りされた大根に小さい紫蘇の葉が載る
◆老肉(ラオーバ)・・・ 豚の三枚肉を柔らかく煮込んだものに葱、トマト、ブロッコリ、芥子が添えられる
◇黄酒 ・・・ 紹興酒(老酒)
父と会う。
待ち合わせは徳島出身の大将が小出刃を振るう小料理店である。
十八時半過ぎに到着し暖簾を掻き分けるも、其処に父の姿はない。
めづらしく自分が待つ立場と相成る。
まずは冷酒で一献。
◇春鹿(奈良・福智院町)
酒飲みは箸を割らないという。
爪楊枝一本だけを頼りに、ちまちまと抓んでは飲んだくれ続けるのだ。
傍から眺めれば絵的にはどうにも締まらないのだが、満腹感を得ない為の「あて」への接し方とも云えよう。
待つ間に突き出しである味噌胡瓜の味噌も胡瓜も消失している。
手持ち無沙汰も甚だしいので致し方無く一合、もう一合と杯を重ねる。
やがて現れる父と合流し、後は流れの間に間に。
◆赤海鞘の塩辛 ・・・ 爪楊枝ユース
◆雑魚おろし ・・・ 此処で初めて箸を割る
◆関鰺 ・・・ 九州産
◆馬刀貝バター焼き ・・・ ショウケヱスで筒状の貝殻から出たり入ったりしていた奴の姿がオヲダアと同時に見えなくなる
どういう流れか、地元にある神社の「御神体」の話に辿り着く。
十年に一度表に出されるという其れは彼(か)の地に六十年以上暮らす父親でさえ、氏神氏子の間柄でありながら見た記憶が無いという。
私自身は拝殿の内装すら覚えていないが、父が云うには「平家物語~壇ノ浦の戦い」、「爆弾三勇士」等の絵画が飾られ、拝殿奥にある木枠の隙間には年代物の古文書が収納されていたと聞く。
当古文書は相当に時代が付いていたらしく、煤払いの折に町内の神社委員の方がうっかり手に取った刹那紙片が粒子状に砕けて散ったという。
・・・何か取り返しの付かない行為が素人の手によって十年に一度繰り広げられている様な気がしないでもないが、郷土史としても興味深いのは確かである。
そして、当の「御神体」は拝殿裏にある本殿に安置されているという。
父の話し振りを聞いていると、聖林(ハリウッド)的冒険譚における、主人公ではない知識不足の考古学者が功を焦る余りにうかうかと神具に手を出してしまい、眩い光に包まれて視力を奪われたり突然全身が燃え上がったり雷鳴と共に稲妻に打たれてみたり巨石が転がって来る中を全力疾走で逃げたりする様な展開を仄かに憂いている雰囲気がしないでもないのだ。(嘘)
(了)
本日ァ西国分寺駅南口より徒歩一分の会場にて落語会でござんす。
『第41回 都民寄席~都民芸術フェスティバル2011』
@国分寺市泉町三丁目・国分寺市立いずみホール
林家はな平◆味噌豆
本編:
「貞吉、山田さんちへ使いに行って来なさい」
古今亭志ん公◆鮑熨斗
本編:
「ちょいとお前さん、山田のご隠居から五十銭借りておいで」
瀧川鯉昇◆二番煎じ
マクラ:
「皆さんご存じないかもしれませんが、私共の町内に山田さんという大変親切な方が居りまして」
・・・無闇に山田率の高い仲入り前で御座ィました。
本編:
登場人物の多さでは類を見ない大根多でござんす。
下記ニ資料ヲ用イヅ記憶ノ限リニテ列記ス。
<壱ノ組>
◇月番 ・・・ 文句が多い上に何もしないが、誰からも苦情を云われない、酒五合持参
◇三河屋 ・・・ 鳴子を持たされる、小唄端唄を稽古中、葱好きと自称しながら肉ばかり喰う
◇黒川の旦那 ・・・ 拍子木を持たされる、謡の師匠、娘からの瓢(ふくべ)の酒を持参、年長
◇宗助 ・・・ 提灯を持たされる、猪肉持参、肉を食べてない上に煮立った鍋の上に座らされる
◇達 ・・・ 金棒を持たされる、燗番しながら冷やで泥酔
続く弐ノ組はてぇと、前半部における「どうぞごゆっくり」の台詞のみで人物描写はござんせん。
サゲの為だけに登場する見廻りの御役人は、煎じ薬と口直しを独りで飲み喰いしまして嫌がられまさァね。
お仲入りで御座ィます。
矢野誠一◆解説
・・・残念ながら前回と寸分違わず同じ内容でしたぃ。
三増紋之助◆江戸曲独楽
大独楽から始まりまして、扇子を用いた『末廣の曲』、木の輪抜け、続けて独楽の解説が入ります。
用意した刀ァぎらりと抜きましたら、客席から軽く悲鳴が上がりまして、紋之助師匠からは「僕の方がびっくりしましたよ!」との談。
こういう刀ァ持ち歩いているもんですから、APEC開催当時の空港では当然の様に咎められまして、身の潔白を明かす為に空港警察官二名の前で刃の上に独楽を乗せる藝を披露したてんですから、藝人さんてぇのは大変なご職業だなァと思いましたなァ。
〆は客席に降りまして、棒の突端に大独楽を乗っけての「風車」でした。
林家正蔵◆蜆売り
前回見た形(なり)は丸坊主で少し肥えた感じが口入屋の親方然と見えまして、此の冬の人情噺に合ってたんですがねぇ、今回痩せてしまっている上に髪が伸びており実年齢よりも若く見えてしまいまして、勝手ながら少し惜しい氣もしました。
サゲ:
「助けた甲斐も無ぇもんだな」
「貝も無ぇ? だから蜆売って歩いてんだ」
追い出しが鳴りましてお開きで御座ィます。
中央線に乗っかりますと、隣駅にあるなんてぇ「くらふとびあ」な店を目指します。
目当ての店に入るてぇと大変に混み合っておりまして、暫くは立ち飲みに甘んじておりましたら、やがて席へと案内されたんですがねぇ、卓と椅子が合ってねぇのか座りが悪ぅござんした。
それでも渇望した「くらふとびあ」を幾杯か重ねまして国分寺の宵は更けゆくので御座ィます。
(了)
徘徊癖が止(や)まらない。(断っておくが、老人性の其れではない)
本日は台東区に程近い千代田区である。
毎日が最安値という物品も山積みな倉庫然とした店にて底値で購入した冬用の品は、重量こそ然程でもないものの嵩(かさ)が容積があり持ち運び難い事この上無い。
其の儘電車ん乗ってまっつぐに帰りゃァいいのに、立ち寄った店にて着座と同時に中瓶と中皿と頼む。
当店では「包子」と書いて「ポーヅ」と読む。
卓上には七味唐辛子と和芥子が在るだけで、辣油の姿は無い。
婆ァ辣油持って来んかい等という暴言を吐く理由も嗜好も無いので、大人しく店の流儀に従って小皿に盛るは目にも鮮やかな鬱金(うこん)色である。
時間帯がずれ込むと行列が並びかねない店なので、早早に完食完飲し撤収。
次なる河岸は新宿区である。
選りすぐって揃えたつまらねぇ雁首を眺めながら、琥珀色の液体に鉱泉水と柑橘系果汁を加えた飲料を幾杯か。
更に同町内の店へと移動。
地階への階段を下り、引き戸を開けると客は疎らである。
鍋の中は寂しく、店側の残り物浚いを助ける結果に。
漂う京風だしが毛穴にさえ沁み入るようだ。
◇(無銘)(青森)
・・・ 瓶を拝見させて貰ったが瓶口辺りに貼られたラベルには「xxx仕込み」とあるだけで他の表記が一切無い。
以下の具材、前者が色が変わるほどに煮込まれて沁み沁みの方で、後者が後入れの味付け程度に沁み込ませの方。
◆豆冨
◆牛舌
少し度が過ぎたのか、顔がひやり冷たく感じつつも発汗する症状に見舞われる。
直ぐに恢復はしたものの、振り返れば連日の痛飲が肉体にダメヱヂを与えてるのは確かだ。
明日も明後日も明々後日も弥明後日(やのあさって)も飲んだくれる予定でいるのに、何という様だ。
まずは酒精に負けないカラダ造りから始めようと思う。(反省の色無し)
(了)
千代田区を徘徊している。
二月に新装開店したという店を冷やかす。
若造従業員より「定期券」と表記されたクーポンを手渡されて受け取る。
「通え」という意味に相違無い。
自分の意思には忠実に生きている積もりだが、まァ時間が合えば考えておこうと告げてその場を去る。
渋谷区へと移動。
丸太を並べてそれを「椅子」と呼称する乱暴な店である。
まずは一献、「冷や」を戴こうか。
「常温ですか?」と聞き返す従業員の言葉尻に被せ気味で「冷やで」と畳み掛ける。
無用な問答が幾度か続やがて諦めたように継がれる常温の酒。
後は決まりの品で。
◇喜久水 ・・・ 「冷や」
◆とり刺し ・・・ 酢橘を醤油皿に搾り入れおろし山葵と
◆つくね ・・・ 柚子の風味と粉砕軟骨こりこり食感
◆ゴンボ ・・・ 「ぼんぢり」ともいう
◆みょうが ・・・ 半身の片面には味噌が塗られ
◆大根おろし ・・・ 鶉玉子の黄身入り
「つくね刺し」なる品があったと記憶しているのだが、品書きから消えているようだ。
季節物だったろうか。
二軒目、同区内にある小料理店である。
此処では麦焼酎を貰おうか。
◆春牛蒡と蕗の薹の和え物
◆〆鯖
某国独裁者の傘を持つ映像が愛らしく見えてしまうのを、全て酒精の所為にして今日も生きているのだ。
(了)
本日ァ梅の花もちらほらと開き気味な湯島天神での落語会でござんす。
丁度一本で乗り換えなくゆけるてんで、寒風吹き荒む中を「都ばす」での移動と相成りました。
湯島の切通しより脇に逸れ、女坂から境内を目指します。
『百栄・一之輔ふたり会 ぎやまん寄席番外編 第14回』
@湯島三丁目・湯島天神参集殿
春風亭ぽっぽ◆初音の鼓
「(春風亭)小朝の三番弟子です」
「三太夫、三太夫は居らぬか」
「御前(おんまえ)に」
「うむ、三太夫、今宵は十五夜であるな」
「御意に御座居ます」
「して、お月様は出たか」
「これはこれは異な事を仰せれらます。お月様などと云うのは女子供の言葉。殿は大身なれば月は只月と仰せられます様願わしゅう存じます」
「成る程、余は大身によって、月は月と呼び棄てて構わぬか」
「御意に御座居ます」
「して、星奴等(めら)は」
「・・・この小咄は何回演ってもウケませんね」
「誰が演ってるのを見てもウケているのを見た事がありません」
「でも、私はそういうのが大好きです!」
ぽっぽねえさん、客席より御祝儀が付け届けられまして、「超嬉しい!」と下がってゆきます。
春風亭一之輔◆短命
入れ替わりの一之輔あにさん、屏風の向こうッ側で「幾ら入ってんだよ」とぽっぽねえさんに詰め寄る声だけが響きます。
高座に上がりまして、「中身はQUOカードでした」と言い放ちますが、勿論洒落で御座ィます。
「ぽっぽ、十一月から二ツ目昇進だそうで」
「そりゃァあたしだって二ツ目になった時は人並みに嬉しかったですよ」
「まァでも、それまで何があるか分かりませんね」
「小朝師匠が糖尿病で死んじゃうかもしれませんし」
「・・・人の生き死には洒落や冗談じゃァ云っちゃいけませんね」
「『駱駝』の兄貴もそう云ってます」
「次に上がる百栄あにさんは、昨日の上野鈴本演芸場での夜席のトリで千秋楽だったそうで、打ち上げで四時まで飲んでて、もう顔がパンパンです」
春風亭百栄◆誘拐家族
一之輔あにさんが仰ってた通り、「顔がパンパン」で寝起きの如き顔で御座ィます。
「『ももえ』という方は他にもいらっしゃいますが」
「日本でいちばん汚い『ももえ』と思っております」
『笑点』における番組初めのご挨拶を思いッ切りねがてぃぶにした自己紹介と亭号の名乗りを幾つか披露します。(「一家亭離さん」等等)
本編:
塾帰りの中二女子を誘拐した来年三十の男、父親に身代金を要求するが「五十万」と人質ががっかりするほど安いわ、「蓑田です」と本名を名乗るわ、「こんな立場だけど、あなたに敬語使う気全然ないし」と十四歳から言い切られるわと散散な展開に。
お仲入りで御座ィます。
春風亭百栄◆弟子の強飯
本編:
前編、六代目三遊亭圓生の物真似で通しますが、此の方の役どころが受験を控えた高校生てんですから、此れだきゃァ落語という演芸様式だけに許された話藝でしょうなァ。
「師匠から水カステラが付け届けられますと、弟子から強飯が贈られたという『弟子の強飯』という御目出度い一席で御座居ます」
春風亭一之輔◆抜け雀
「最近、池袋演芸場に出てるんですが、今日は凄かったですね」
「池袋の昼なのに、浅草の夜みたいな」
「お客さんのほとんどが年配の男性で、後は控え目な女性ばかりです」
本編:
旅籠相模屋主人は迂闊にも度度文無しを泊めてしまい、女房おみつから罵られながら物差で脅され、文無し空ッ欠からは怒鳴られ詰られるも、文無しの発する女房への中傷にさえ逆らい、「おみっちゃんの事をそんな風に云うな!」等と恐妻家ながら愛妻家の面目躍如たる噺の流れでしたぃ。
追い出しが鳴りまして、当会お開きで御座ィます。
元色町の湯島だけありまして、乙なつんぺんの店もあるなんてぇ聞きますがねぇ、あたしの今日の目当てはてぇと、熱した石皿の上の豚肉を箸で掴んで蒸した白菜の上に載せまして肉の上ッ面には醤蝦(アミ)塩辛をちょいと載っけた品なんてんで、寒空に託けて鱈腹滋養を摂りましょうかねぇ。
(了)
Hirayama Ikuo (1930-2009)
"Bukkyo-Denrai No Michi, Hirayama Ikuo To Bunkazai-Hogo"
18/1/2011-6/3/2011
@UENO-KOEN, Tokyo National Museum
(End)
brunch&dinner;
//Avocado Cheese Burger
//Kona Beer FIRE ROCK Pale Ale
@ITABASHI-ku
本日ァ縁遠い遠隔地にて、厳格な抽選の上に当選した無料の落語会でござんす。
朝まで飲んだくれての昼席鑑賞は辛う御座ィますが、寝る体力が無い所為か早起きしまして、「林家」なんてぇ何処ぞの一門みてぇな名の朝鮮料理屋でがっつりノセてから悠悠と会場に馳せ参じまさァね。(読み方は「りんか」ですがね)
『第41回 都民寄席~都民芸術フェスティバル2011』
@小平市美園町・ルネこだいら大ホール
春風亭朝呂久◆饅頭怖い(序)
「趣味はダイエット、特技はリバウンドです」
橘ノ圓満◆うそつき村
「円く満つると書きまして圓満で御座居ます」
「師匠は橘ノ圓(たちばなのまどか)といいます」
「私が二ツ目の時に此の名前を戴きました」
「私で三代目で御座居ます」
「先代は八十年前に亡くなっておりまして、私もお会いしたことがありません」
「二代目圓満は、四代目圓蔵師匠の門下で橘家の亭号でした」
「此の方・・・噺は下手だった様です」
「東北巡業中に消息不明となったと聞いております」
「初代圓満は、二代目圓遊師匠の門下で三遊亭の亭号でした」
「此の方も・・・下手だった様です」
「限界を感じたのか、廃業してしまいました」
「が、嘉亭圓満と亭号を変えて高座に出戻っておりました」
「其の後、四国巡業中に消息を絶ったと聞いております」
「先日、仕事依頼がありまして、『地方を廻ってくれないか』と云われております」
「皆様のお顔を拝見出来るのは今日で最後かもしれません」
五街道雲助◆子別れ
「あたしの師匠は先代の金原亭馬生で御座居ます」
「お分かりにない方には、古今亭志ん生の長男と申し上げております」
「それでもお分かりにない方には、古今亭志ん朝のお兄さんと申し上げております」
「それでもお分かりにない方には、池波志乃のお父さんと申し上げております」
「それでもお分かりにない方には、中尾彬の義理のお父さんと申し上げております」
雲助師匠は馬生師匠より幾つか提示された名跡の中から「いちばん強そうだ」と思って今の名を選んだそうでして、他には、「満州亭馬賊」、「御池家金魚」、「鋳掛屋バケツ」、「横目家助平」等等、「ろくなのが無い」なんてぇ云います。(字面は適当)
本編:
実は番頭さんの「木場へ木口を見にゆくのを付き合え」というのは狂言でして、全ては熊五郎と亀を引き合わす為の演出だったてんですねぇ。
・・・へえーとしか云い用がありません。
雲助師匠演ずる別れた女房てぇのがどうにも「気立ての好いおカミさん」に見えませんで、雲助師匠は此の噺ィ好きじゃァねぇのかしらと勘繰りました。
お仲入りで御座ィます。
矢野誠一◆解説
「アンケート結果の用紙をいただきまして眺めておりましたら」
「毎年何枚か『解説は要らないのではないだろうか』と仰る方があります」
「辛抱していただいて、お付き合い下さい」
「八代目の(桂)文楽師匠と懇意にさせていただいておりまして」
「神田明神下に今でもあります『神田川』という鰻屋に呼んでいただいた事があります」
「文楽師匠は『もう耳が殆ど聞こえないんだけど、此の歳になると聞くべき事はもう無いんだ。だから聞こえなくても相手の喋ってるのを聞き深く頷いた後で、近頃は大体そうですよって云ってるんだよ』と仰ってました」
「成る程と思いましたね」
「で、此れを何処かで使おうと思いまして」
「先年亡くなれました、歌舞伎研究家の戸部銀作さんとお会いする機会がありまして」
「戸部先生、物凄いお喋りなんですけど、何云ってるか全然分からないんですね」
「『矢野さん』と呼ばれて、後がひとつも分からない」
「で、此処だと思いまして、深く頷いてから『近頃は大体そうですよ』って云いましたら」
「戸部先生、『そうかい? 僕が最初に頼んだアイスクリームがまだなんだけど』」
東京ボーイズ(菅六郎、仲八郎)◆歌謡漫談
「天気が良ければ晴れだろう、天気が悪けりゃ雨だろう、雨が降ろうと風が吹こうと東京ボーイズ朗らかにー」
◇謎掛け問答 ・・・ 「吉幾三」の件(くだり)で必ず沈黙するのは前振り
◇内山田洋とクールファイブ『中の島ブルース』
昔昔亭桃太郎◆カラオケ病院
桃太郎師匠、左目に眼帯着用にて高座に上がります。
「今月の九日に二階から落ちましてね」
「昨日復帰したんですよ」
前座が高座脇に置いた茶碗を持った桃太楼師匠が云います。
「何だ此のセコい茶碗は」
「野良仕事に来てんじゃねぇんだ」
本編:
◇星影のワルツ
◇お久しぶりね
追い出しが鳴りまして、お開きで御座ィます。
此の後、母と三姉妹が経営するなんてぇ女ばとるの激しそうな茶店にゆきまして、腹ァ攀じれる程に笑わせて戴きました。(妄想)
「死んだお祖母ちゃんに謝って!」
「止めなさい、たか子!」
お次は東へ、新宿を目指しまして飲んだくれる手筈なんですがねぇ、丁度時間となりましてお後と交代で御座ィます。
(了)
川崎在住という後輩、訊きもしないのに寝不足の理由を説明してくれる。
「昨日ですね、僕のルームメイトの友達が夜中に来たんDEATHよ」
初めから物騒な物言いだな。
「やさぐれてますからね」
えーと、登場人物は全員野郎と断定してもいいかな?
「何か屈辱的ですね。その通りですけど」
それで?
「友達の友達と云っても、そいつは初対面でして」
ほう。
「深夜に泥酔した状態でうちに来まして、一度ルームメイトの部屋に入ったんですが」
はあ。
「しばらくしたら部屋から出て来て、『そちらの部屋で寝かせてくれませんか?』って云うんですよ」
何故?
「ルームメイトの部屋は僕の部屋より狭い上に物が散乱してまして、寝る場所が無いらしいんですね」
うん。
「まァしょうがないから寝かせますよね」
ふぁーあ。
「欠伸しないで下さいよ」
今のは相槌だよ。
「・・・で、そいつが『この部屋、居ますね』って云いやがるんですよ」
何が?
「僕も『何が?』って訊きましたよ」
何て?
「『お婆ちゃん』って云ってました」
えーと、誰の?
「誰っていうか、老婆って事ですよ、僕には見えませんけど」
んー? その野郎、初対面で泊めてもらってる上にそんな発言をするのか。
「でも、『このお婆ちゃん、いいひとだよ』って云ってたから安心しました」
・・・。
どれだけ「いいひと」でもひとんちの部屋に居座っているのは穏やかではないだろうに。
(了)
凡例:
◆=餌付け
★=未食
◆キムチ三種
◆特製サラダ
◆ナムル三種
★前菜三種
★有機サンチュ
◆厚切り上タン塩
◆塩焼ねぎカルビ
◆上カルビ
◆上ロース
◆ハラミ
★海鮮焼(烏賊、帆立)
◆ホルモンミックス
◆冷麺
◆デザート(シャーベット)
さてさて千代田区である。
空腹である状態を愉しむ年齢に差し掛かって来たと断言しよう。
其れは満たされた六腑の儘で酒精を飲んだくれても旨くない事に起因する。
此の日、二十一時も過ぎた頃に野に放たれた地鶏を手捕まえにして羽根ェ毟って丸裸にして細ッかく切り裂いて串刺しにして熾った炭火でバーニングされた肉片を喰らおうとカウンタアだけの店を訪ねる。
どういう思想の店か不明ではあるが、男性店員の誰もがスキンヘッドである。
突き出しは、公魚(わかさぎ)の南蛮漬け。
苦味と酸味と辛味が腔中に在るとなると、矢張り一献酌まずばなるまい。
◇麒麟山(新潟・津川町)
炭焼かれた串物として、手羽先、捏(つくね)、梅紫蘇、獅子唐をいただく。
つくねに軟骨感が無いのは少少寂しい限りではあるが。
品書きに載らない酒を求め、絵的にネオ何とかにも似た党員を呼ぶ。
「あー、そっすねぇ、蔵元が酒屋を呼び付けて瓶詰めさせたっていう限定のがあるんすけど」
党員の話す言語が日本語にも聞こえないが、独逸語ではなかった事に安堵すると同時に其の品を頼む。
◇豊盃 限定酒(青森・弘前)
續けて一合。
◇酔鯨(高知)
程好い時刻に追い出され、夜半に降り出した雨を高速で避けながら、段々上がる梯子酒は止しとし、大人らしくおとなしく帰路に着くのである。
(了)
自分の書き記した走り書き、殴り書きの類の文書をもう一度推敲し清書する行為は嫌いではない。
いや、寧ろ好んで行う。
買い物に行くと仮定しよう。
直前に書き込むのであれば、記憶にも新しいが為に失念の憂いもなく、内容と表記の差異は然程重要ではないと考える。
此処で問題視するのは、過去に書き込んだ記憶も手書きの書体も曖昧な文字の羅列である。
恥を忍んで申し上げるが、私の書いた文字は漢字仮名混じりの日本語でありながら難読である。
達筆などという畏れ多い表現とは縁遠い、速記にも似た完全オリジナル版略字と云っても過言ではない。
そして何よりも致命的なのは、書いた筈の本人が読めないという点にあると云えよう。
更に事態を複雑化させているのは、書き記す行為により記憶から抹消している脳のメカニズムにある。
読めない文字の書き込まれた紙片を前にして私は考える。
此れは疑いも無く自筆である。
第三者としての視点で他人事の様に眺めると一枚の絵画にも見える。
主張皆無なシュルレアリスムである。
当然メッセージ性は秘められているが、作者本人にすら伝わらない。
既にメモとして用を為していない。
結果として買い物を諦める。
数日が経過した或る日、買うべき物に気付いて再び書き記す。
後日、改めて見直し難読と判断し全てを諦める。
此の行為を幾巡か繰り返した果てに買い物は達成されるのだ。
が然し、今は其の何巡目かの過程に居る。
私は何を買おうとしているのだろうか。
そもそも此れは買い物メモなのだろうか。
人名にも見えない事もないが、読めない文字を名乗る知り合いなぞ存在するとも思えない。
いや、知己である人の名は文字に著す理由が無い。
自室で発見されるメモの大半は「買うべき物の品名」であると信じている。
室内を見渡しても、現在不足している物品は思い付きさえもしない。
重要ではないのだろうと考える。
文明の利器が及ぼす功罪は、外部記憶に頼ったばかりに忘却と保存が対になった結果にある。
自分に限って云えば、手書きの文字は外部媒体でさえないのが現実なのだ。
・・・私には優秀な書記が必要である。
(了)
何かに呼ばれる様な心持ちで訪ねる地階の店、未だ十八時を少し過ぎたばかりだというのに席は既に埋まっている。
申し訳無しと云わんがばかりに両手拝みの大将に見送られ、通りへと舞い戻る。
迷い無く目指した先の店でも満席と告げられるが、席割りを取り仕切る女将より暫し待てと云われて座るキャッシャア横の椅子。
十五分後にはたった一つだけ空いたカウンタア席に案内されていた。
振り返ると、後に続く待機の客が数名所在無く立っているのが見える。
まずは一献と冷酒を一合頼み、やがて出て来るはじっくりと茹でられ塩胡椒で塗されたほろほろの牛舌を摩り下ろされた山葵で戴く。
◇一ノ蔵(宮城・松山)
全てをやっつけ、三十分弱で店を後にし、続く二軒目。
つまらねぇ顔を幾つか眺め、此処も立ち去って先に向かった地階の店へと再び。
流石に二十三時も過ぎると客は減っており、樂樂着座と相成る。
とは云え、代償として大鍋に煮えた具も激減しているのだが。
まずは葛豆冨から戴こう。
花鰹に醤油が掛け回されており、山葵が添えられている。
冷酒を飲まずばなるまい。
◇豊盃(青森・弘前)
◇陸奥八仙(青森・八戸)
京風だしにてよく煮込まれた里芋、雁擬き、玉子、竹輪麩を練り芥子で戴く。
程好く飲んだくれて勘定を済ますと、帰りしな何故か大将の甥が勤めるという六本木の伊太利亜んな店の電話番号だけが記された紙切れを渡され、此の情報を頼りに店の名を調べようとする気概を天啓を待つが如き心持ちにて帰路に着くのである。
(了)
※"filhos" フィリョース(葡) ・・・ 小麦粉と溶き玉子を混ぜ油で揚げた菓子
ぜんこくのあまいものがだいきらいなみなさん、こんにちは。
きょうは「むすりむぶんかけん」では「しけい」もありうるぶっそうなぎょうじのひです。
このいべんと、しょくばでは「かんきょうがたせくはら」とにんていされており、くうきのよめないじょしの「ぎり」いがいにぶっぴんのうけわたしのけはいすらありません。
このひ、そとでのらんちをおえてじせきにもどってきますと、なにやらちいさなふくろにつめられたちゃいろいぶったいがですくのうえにおかれているのにきづきます。
なんだろうとおもい、てにとってみます。
「こくとう、です」
なにをぅ?
となりのせきにすわる「わかいおとこ」がいいました。
おとこは「こくとう」からつくられた「あめ」とわかりきったせつめいをくりかえします。
「くろいんですよ」
これはなんなんだ。
「ですから、あめです」
どういうことなんだ。
「さしあげます」
どういうつもりなんだ。
「いや、べつに。とくにいみはありません」
せくはらか?
「えーと、いみがわかりませんが」
ぱわはらか?
「いや、ぼくのほうがこうはいですから」
わかぞうはなみだめになっています。
そのときはじめてひとのこういをふみにじるしつもんをかさねていることにきづきました。
・・・わるかった、ゆるしてくれ。
「いや、え? なんですか」
おわびにこれをやろう。
「あ、ありがとうございます」
ぼくは「ばなな」のはいった「ちーずけーき」をわかいおとこのてのひらにのせると、なみだをみせないようにそっとそのばをはなれるのでした。
さようなら、あまいものをのぞんだひとびと。
ぼくはこくとうあめをくちにほうりこむと、ゆきのふるざっとうのなかをかさもささずにかけぬけるのでした。
(おわり)
"The Men Who Stare at Goats"
(2009/BBC Films/94)
Director;
Grant Heslov
Starring;
George Clooney as Lyn Cassady
Ewan McGregor as Bob Wilton
Jeff Bridges as Bill Django
Kevin Spacey as Larry Hooper
Robert Patrick as Todd Nixon
...All hippies died.
"Starsky and Hutch"
(2004/Warner Bros./101)
Director;
Todd Phillips
Starring;
Ben Stiller as David Starsky
Owen Wilson as Ken 'Hutch' Hutchinson
Vince Vaughn as Reese Feldman
Snoop Dogg as Huggy Bear
Juliette Lewis as Kitty
Chris Penn as Manetti
Will Ferrell as Big Earl (uncredited)
...The director's malice, it feel.
(End)
えェ、冷てぇ雨降りでござんす。
本日ァ団子坂上での落語会でして、最寄り駅ァ千駄木となっております。
『図書館寄席』
@本郷図書館2F
会議室の体な室に椅子がびしっと並べられております。
手作りに見える高座は意外としっかりと据えられておりまして、図書館側主催者の意気込みが感じられまさァね。
図書館長のご挨拶から始まりまして、演者ひとりだけの寄席が始まります。
春風亭柳好◆牛褒め
柳好師匠と照明が近い所為か絵的にかなり暑そうに見えまして、熱演に支障がありそうです。
「此処千駄木は(立川)談志師匠のお膝元で御座居ますね」
「よくご近所を散歩されているそうですね」
「私、危険地帯に足を踏み入れております」
「ご縁というのはあるものでして」
「水族館の館長さんとお会いする機会がありましてですね」
「此の方、『皇族の方とは海洋生物の研究仲間』と仰るんですね」
「うちの師匠、(春風亭)柳昇は戦争行ってますから、皇族の方てぇのはもう特別な存在な訳ですよ」
「で、其の館長さんに、もし皇族の方とお会いする会でもありましたらご一緒させていただきたいと申し上げましたら、まァ云ってみるもんですね、お招きいただきまして」
「私と師匠でですね、赤坂御所にある一室に行きまして、秋篠宮様の前で一席伺ったんですよ」
「普段の師匠だったら高座で緊張するなんて在り得ないんですが、殿下と紀子様を前にしてもうガチガチでした」
春風亭柳好◆二番煎じ
「先輩がいい羽織を着ておりましてですね」
「尋ねてみると、古着で五千円て云うんですよ」
「どう安く見積もっても三十万円はすると思ったんですが」
「よっく見てみると、紋がですね『菱形に縦棒一本』なんですよ」
「此れは山口組の紋なんですねぇ」
「私、三年前に所帯を持ちまして、新婚旅行は波照間島だったんですね」
「先程申し上げました館長さんから、『折角だから島民の方に落語を聴かせていただきたい』と云われまして、そういう段取りとなったんですが」
「当日、島の民宿で朝御飯をいただいておりましたら、島内放送が流れまして」
「ぴんぽんぱんぽーん、『本日は落語家の春風亭柳好さんが新婚旅行の為、xx旅館に滞在しております。皆様お誘い合わせの上、xx旅館xxの間までお越し下さい』、ぴんぽんぱんぽーん」
「朝御飯が喉で止まりましたね」
「兄弟子は(春風亭)昇太なんですが」
「ご案内の通り独身でして」
「以前、結婚したい好みの女性を尋ねましたらですね」
「『女子アナか女優』って云ってましたね」
「いい加減、目を覚ませと」
何処ぞの番組のような打ち合わせ済ではない、あどりぶのみでの謎掛けを幾つか披露しましして、お開きと相成ります。
団子坂下にあるなんてぇ「てきさす」るーつな店で「ぱて」と「あぼかど」を「ばんず」に挟んだ品を求めた後に蕎麦屋に上がりまして、焼き立てくりすぴぃな蕎麦味噌を目の前に置きつつ、越後の酒でも戴きましょうかねぇ。
(了)
既にそういう歳を過ぎているのに、何の因果か食べ放題の店に来ている。
しかも韓国焼肉、期間限定にて八千円が四千円になるという。
となれば、通常営業時には絶対に行かないと思うのだが。
以下の品目を自由に喰い散らかせるのだが、小生寄る年波の所為かさほど肉慾も無く、ただ網奉行が小皿に向けて放る肉片を啄ばむ雛の如き立ち位置にて焼き場方面へは箸さえ伸びないのが現実である。
凡例:
◇=餌付け
◆=未食
<焼物>
◇厚切り上タン塩(一回のみ)
◆特上カルビ
◇黒豚カルビ
◇地鶏
◆上ロース
◇豚トロカルビ
◆イカゲソ焼
◆上ハラミ
◆中落カルビ
◇ホルモン
◆上ミノ
◆レバー
<野菜・一品>
◆野菜焼
◇キムチ
◇サラダ
◇オイキムチ
◇もやしナムル
◇カクテキ
◆チヂミ
◇キムチ盛り合わせ
◇ユッケ
◆キャベツ
<スープ・飯>
◆クッパ
◆石焼きビビンパ(二名様に一つで一回のみ)
◆ごはん(大盛も)
◆わかめスープ
<デザート>
◇マンゴーアイスチョコバナナ
全品目の半分も食しておらず、飼主泣かせな雛である。
其の分、アルコヲルは過剰摂取しているので容赦願いたい。
満腹感の得られぬ食べ放題の場を去り、課金制(当たり前)の店を目指して飲んだくれるしかないのだ。
(了)
空腹感の訪れを待つ間、永年腑に馴染んだカフェイン含有物を流し込み續けていると、中世欧羅巴におけるマリィ嬢が民衆を氣遣う想いが一片も無いがばかりに斬首に処せられた経緯と同じが如く、自他問わず負の変化に気付かないまま安寧と惰性に過ごしてしまい、事態は既に洒落では済まない状況にまで発展している事もしばしば。
此処は一つと一念発起し、大いなる流れに身を任せたつもりが、結果濁流に呑まれただけだったりもして、反省も無ければ回顧も無いのが現実である。
という訳でもないが、初めての店に来ている。
遠眼にて看板を読むと「いちころ」と読める。
何て物騒な名だろうと軽く戦慄してみたが、其れは誤読であった。
引き戸を開けて暖簾を潜ると筒の中に入れられたきぶんになった。
鰻の寝床とは正に此の形状を指すのだろう、厨房に沿ったカウンタアと四人で座るには狭過ぎる卓が平行に並んでいる。
出迎えた女将より取り合えずと云われ、カウンタアの禁煙席に通される。
其の席にて灰と煙が敬遠されるのは、目の前の専用鍋には煮込まれた具が幾つも晒してあるから。
やがて卓上が片付けられると、改めて席へと案内される。
壁に貼られた品書きに「皮剥」とあるので、女将に肝付きか否か尋ねると「当たり前でしょう」と諭される。
成る程、では冷酒ではなく「冷や」から始めるとしよう。
◇真澄(長野・諏訪)
◇玉乃光(京都・伏見)・・・ 備前岡山雄町米
実は当店「おでん屋」と謳う。
であれば頼まない理由は何処にも無い。
◇大根
◇昆布
◇つみれ
◇袋(薇、白滝、玉葱)
◇焼豆腐
◇竹輪麩
◇じゃが芋
◇焼売巻
最後に頼んだ「饅(ぬた)」は八丁味噌にも似た赤褐色の芥子酢味噌で和えてあって、葱と鮪と若布がくんずほぐれつしており、やたらと酒が進む。
二十一時半を過ぎるか過ぎないかという頃、二人の中年男性が訪れた。
両者とも黒縁眼鏡で、此処が二軒目という体である。
時間も時間だし追い出されるかと思いきや、普通に着座させ、注文を訊いている様子。
当店二十二時にて閉店という。
大将と女将のふたりが気の毒なくらいに休みなく働いており、しかも客の回転率は決して宜しくなく、誰もが長ッ尻である。
黒縁らと入れ替わる体にて店を出る。
外で吐く息は白い。
折角の酒が燗冷ましに為った心持ちにて、仕切り直しと河岸を変えるのだ。
(了)
お寒ぅござんす。
夜半から雪になるてんですがねぇ、傘も無けりゃァ笠も在りゃァしませんで何の足拵えもしておりませんで。
下々や外界との接点が無ぇもんですから、今日の空模様の変遷が分からないンでさァね。
あーばんらいふに雪なんざ邪魔ッ気ですがねぇ、こいつァ初物てんで無条件に喜ぶべきでしょうかねぇ。
初雪や鳶転んで河童の仔
なんてぇ古今亭志ん生師匠が仰っておりましたが、此りゃァ音と響きの語呂ばかりで何の意味もありませんやね。
本日ァ水天宮様近くでの二ツ目勉強会でござんす。
『日本演芸若手研精会 第354回 如月公演』
@水天宮前・日本橋劇場
入船亭辰じん◆子褒め
此の前座のあにさんが毎度毎回申し上げる筈の、「携帯電話、その他アラーム等音の出る機器~」云々の口上が無かった所為か、会場では携帯電話の着信音が鳴りまして、偶さか云わない日に限って許してしまうという無念な一席でした。
柳亭市楽◆大工調べ
棟梁の啖呵で中喝采が出ました。
三笑亭夢吉◆佐野山
「相撲協会の一件には本当に心を痛めております」
「まァあたしが一言物申す訳じゃァ御座居ませんが、此処は一ツ落語を聴いて戴ければと」
「寛政年間に谷風梶之助という横綱が居りまして」
と此処でマクラから本編に入る訳なんですがねぇ、此りゃァ別名『谷風の情け相撲』と云いまして、谷風関が親孝行の佐野山関の為に勝ちを譲るという、八百長取組の「ぱいおにあ」なんてぇ噺なんですなァ。
古今亭志ん吉◆代脈
「先日、落語協会のホームページで自分のPRビデオを見てましたら、自分には幾つか癖がある事に気付きました」
「台詞の合間に『えー』と云ってしまうんですね」
「此れはお客様に耳障りだろうと悩みまして」
「私と同じ此の悩みを持った噺家が居りましてですね」
「八代目桂文楽師匠なんですが」
「黒門町と同ンなじ悩みなんで御座居ますよ」
「・・・だから何だと云われたら、其れまでの話なんですがね」
「もう一ツ気付いたのがですね、普通に話しているンですが、こう下手(しもて)に向いておりまして」
「まァ此れは生来骨格が曲がってるてんで、整体にゆくなりカイロプラクティックでどうにかなるンでしょうが」
「ずっと下手なんて、常に隠居が話してるみたいですね」
お仲入りで御座ィます。
入船亭遊一◆鼠
本編:
「『旅人は行き暮れだけの群雀(むらすゞめ)』」
春風亭一之輔◆居残り佐平次
「二階席はだいぶ空いてますね」
「あ、ひとりいらっしゃいました」
「あー、皆さん、別に振り返って見なくてもいいです。むしろ見ないで下さい」
「皇室の方ですか?」
本編:
「ちょいと、居残(いの)どーん」
「へーい」
「十三番でお座敷ですよー」
「よォン、大将、どうしましたァ、よッ、はッ、だだだだだだだだ(機銃掃射の手付きで)」
追い出しが鳴りまして外へ出ますてぇと、半蔵門線に乗りまして移動しますな。
李氏朝鮮王朝時代に支配階級でした兩班(やんばん)様式の店で立膝ァ片手出しで飲んだくれやしょうかねぇ。
(了)
赴いた喫茶店にて挽いて貰った珈琲豆を自宅にある珈琲メヱカアで淹れている。
詳細な経緯は失念したが、此のマシヰンは自ら購入した物ではないようだ。
数年間キッチンに眠っていた遊休品を今更ながらに据え付けたに過ぎない。
それにしても、挽き売りの豆を買い求めたのは数年振りである。
当時はペヱパアフィルタアを利用した淹れ方をする為の挽き豆導入だったと記憶している。
其れも数える程度でしかない。
珈琲メヱカアを所有していたのに、である。
今思うと使い方を知らなかったようだ。
裸の儘で本体のみを受け取り、添付されていたであろう説明書は手に入らなかった。
いざ使い始めると其の簡易さには即座に馴らされ、ただただ瞬沸性に呆れるばかりである。
今憂うのは、此の器械を失う事である。
より良い物に買い換えるという発想が皆無な為、次に手に入れるまで悠久の時を過ごさねば為らないかと考えると憂鬱にもなる、未だ壊れる気遣いすらないのだが。
求める事物に価値を見出せず、ただ與えられるが儘に過ごす者へ下賜される事物は淡く儚い。
(了)
"The OneChanbara"
(2004/Tamsoft)
"a cowgirl in a bikini who wears a scarf and wields a sword"
"Rule of Rose"
(2006/Punchline)
director;
Yoshiro Kimura
"an abandoned mansion"
"The Hangover"
(2009/Warner Bros./100)
director;
Todd Phillips
starring;
Bradley Cooper as Phil Wenneck
Ed Helms as Dr. Stuart "Stu" Price
Zach Galifianakis as Alan Garner
Justin Bartha as Doug Billings
Heather Graham as Jade
Ken Jeong as Leslie Chow
Mike Tyson as Himself
...Heather doesn't grow old surprisingly.
"Cowboy Bebop the Movie; Knockin' on Heaven's Door"
(2001/SUNRISE, Bandai Visual/115)
director;
Shinichirō Watanabe
starring;
Kōichi Yamadera as Spike Spiegel
Megumi Hayashibara as Faye Valentine
Unshō Ishizuka as Jet Black
Aoi Tada as Ed
Tsutomu Isobe as Vincent Volaju
Ai Kobayashi as Electra Ovilowa
Mickey Curtis as Rasheed
Yuji Ueda as Lee Sampson
Renji Ishibashi as Renji
Antônio, Carlos and Jobim flies over the sky in Mars.
(End)
"Due Date"
(2010/Warner Bros./95)
Director;
Todd Phillips
starring;
Robert Downey, Jr. as Peter Highman
Zach Galifianakis as Ethan Tremblay (Chase)
Michelle Monaghan as Sarah Highman
Juliette Lewis as Heidi
Jamie Foxx as Darryl
RZA as Airline Screener Marshall
Danny McBride as Western Union Employee Lonnie
Charlie Sheen as Charlie Harper
"Leave your comfort zone"
"Forrest Gump"
(1994/ Paramount Pictures/141)
Director;
Robert Zemeckis
starring;
Tom Hanks as Forrest Gump
Robin Wright as Jenny Curran
Gary Sinise as Lieutenant Dan Taylor
Mykelti Williamson as Benjamin Buford "Bubba" Blue
Sally Field as Mrs. Gump
Haley Joel Osment as Forrest Gump, Jr.
What happened to your lower lip?
(End)
夕餉の為の空腹感を待つ間に十時間が経過している事に気付く。
振り返れば昼近い午前中に掌の大きさもないクロワッサンを食したきりである。
無論過食なぞ望まないが、少食過ぎるのもまた憂いのひとつと云えよう。
こういう時こそ「和」に頼るのが最善と考える。
千代田区にて生やかした根を薙ぎ払って辿り着く港区である。
下り坂の途中にある年季の入った色合いの暖簾をくぐると席は全て埋って見えた。
がしかし、威勢のいい女将に手招きされ、カウンタアの角の空席に案内されどうにか着座。
自らが思い描くべき筈の品を全て外部に委ね、以降は女将の薦めに全て従う。
◇突き出し三点(いぶりがっことクリームチーズ、しらすの三杯酢、なめこと小松菜の煮浸し)
◇白子ぽん酢(温)
◇皮剥の造り(肝付き)
◇魳(かます)の塩焼き
◇早瀬浦(福井・若狭)
◇寫楽(福島・会津)
◇北雪(新潟・佐渡)
◇加茂金秀(広島・東広島)
◇鳳凰美田(栃木・小山)
気付けば、米から生成された醸造酒しか受け付けなくなっている。
・・・いや違うな、それは好んで飲んでいるに過ぎない。
自国の素晴らしい食文化を自らの意思で堪能しているだけである。
文明とは選択肢の多さで右往左往させる力を持つと知っているから、年功による限定的な選別をしているのだ。
大人に許された偏った嗜好で今日も生きている。
(了)
「人只麵包有效非也」
・・・そりゃァまァ麺麭(パン)ばっかりだと飽きちゃうからねぇ。
連日の鶏の水炊きにも幾分か飽いており、不意に梅安先生が時折拵えていた浅蜊と大根の鍋仕立てを思い出す。
此処で云う梅安とは、池波正太郎作『仕掛人・藤枝梅安』における鍼医者である。
然し小生、当作品を一読したという履歴は無い。
聞き覚えだけを頼りとして詳細なるレシピを調べる手間さえ省き、改めて食材を選び取ると未だ完治しない眩暈とふたり連れで夕餉の膳に向かうのだ。
買い求めた「活き浅蜊」の外装には「砂抜き済」とある。
「済」と断った割には「海水に似た塩水を作れ」とある。
しれっと黙殺し、殻諸共鐵鍋へ集団入水させる。
煮込むに連れて潮(うしお)な香りが漂い始め、頃合いで公孫樹切りにした大根を沈め、刻んだ油揚げを浮かべる。
ひと煮立ちするのを待つ間、一昨日より開栓している地酒を鍋に入れたり、口に入れたりしている。
料理酒と飲酒が同銘柄というのも贅の限りではあるが。
食後にざっくりとリサーチした本来の梅安レシピは以下の通り。
鍋:土鍋
出汁:昆布、味醂
食材:浅蜊の剥き身、千六本に刻んだ大根、油揚げ
味付:醤油
薬味:七色蕃椒(七味唐辛子)
・・・まァ食材が同じでも行程が違うとこうも色合いが異なるものかと感心せざるを得ない。
当方では喉が荒れ気味でもあるし、生姜醤油で食すと致そう。
非日常的に健康的な生活を送らざるを得ないのは、日常的に不健康だからである。
過剰にヘルシィなのは、常時アラートが鳴りっ放しな状態とも云えよう。
一刻も早く適度に不健康な暮らしに戻りたいと願う今日此の頃なのである。
(了)
此の日、食は更に細くなっており、昼餉を軽食に済ませようと近隣の喫茶室へ赴くも、只着座しているにも拘わらず、其の儘座っても居られない程の眩暈を覚え、暫くは口も利けない状態であった。
自分に何が起きているのかは分からないが、少なくとも大人しくしようと思う。
さて、先夜に引き続いての同じ食材での夕餉である。
如何せん霙鍋は手数が掛かり過ぎるきらいがあるので今回は見送ろう。
鐵鍋を昆布だしで煮立たせ、公孫樹切りにした大根と角切りの豆冨、手羽元と共に青葱と白髪葱に分けた長葱を煮込む。
煮上がるまでの間、酒精で満たされた杯を重ねていると、日中動けなくなった目眩に再び襲われた。
がしかし、今回は程好く廻った酔いもあってか、酩酊を装った振りで遣り過ごしてみる。
・・・病は氣からとは良く云ったもので、其の後は何事もなかったか如き身上で飲み続けている。
幾度も杯は空となり、鍋の中身も底が見える程に影形を失っている様子である。
やがて眼窩と鼻腔の間に昏倒の予感を察し、倒れ込む格好で朝に居た場所へ帰るしかないのだ。
(了)
体調が戻らない。
発熱が伴わないだけの諸症状が続いている。
それでもアルコヲルは摂取したいと杯を重ねるのは文字通り地元の地酒である。
とは云え、如何にも其ればかりでは矢張り心許無く、医食同源を大義と掲げ、滋味のある食材を選んで帰宅。
用意した鐵鍋にて昆布だしのみで拵えた湯豆冨の後、鬼卸しにて粗く摩り下ろした大根を丸ごと一本入れて手羽元と長葱の霙(みぞれ)鍋とする。
卸し入れた大根の滋養なんぞは加熱によって悉く破壊されている気もしないでもないが、買い求めた其れの辛味が思いの外強く、生食に不向きと判断した上での全機投入である。
舌が駄目になってる所為か塩加減も儘為らぬ。
まァ加減の効かなさも無限の振れ幅と思えば、此の世界もさぞかし広かろう。
案ずるだけ大儀である。
其れは浪一ツ立たぬ大海に浮かぶ小舟が如き、何の拠り所も無いながらに悠然とした心持ちの船出に等しい。
時節柄、揺ら揺らと漂う淡雪を眺むるが如き風情も相俟って杯は重なり厳寒の宵は更けてゆくのだ。
(了)